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星を埋めた少女  作者: 神木ジュン
王都編2
105/105

101話 それは突然の3

「ついてこなくて結構」


 レティシアは不機嫌そうに言い放つと、談話室を出た。自分の発言の何に対して気が障ったのだろうか。彼女は思考がわかりやすい方ではあるが、やはり女性の扱いは難しい。ヴィンセントはため息を一つ吐くと、隣の書庫へと向かった。


「これはヴァスバード侯爵」


 書庫に入ると、司書服を着た男がこちらへとやってくる。


「すまない。軍人でもないのに面倒な仕事を頼んでしまって」

「なんのこれしき」


 司書は軽く笑う。


「書物に関することは我々の仕事ですし、ご令嬢が読まれた本を覚えることくらい、たいしたことではございません」


 実はこの閲覧にあたり、ヴィンセントは司書にあることを頼んでいた。その一つが、レティシアが読んでいた書の記録だ。司書が手渡してきた紙には、書物のタイトルとその書の分野がずらりと並ぶ。


(歴史、宗教、文化、伝承、戦記……なんとも、地味な細工をしたものだ)


 目的が何か推測できないようにしてるのだろう。だがそれでも見えるものもある。


「……国外の書の割合が多いな」

「ええ。お嬢様はまずはじめに国外についての文献があるか、尋ねられました。特に分野は指定されておりませんでしたが」


 なるほど、とヴィンセントは頷く。


「彼女の挙動で気になったことはあったか?」


 そしてもう一つ、念のために読書中も含めてレティシアの挙動も観察してもらっていた。


「これといってありませんでしたね。それぞれの棚の分野を教えて差し上げたあとは、何冊か選んで席で読書されてましたが、どれも同じペースで流し読みされていたようでしたし」

「そうか」

「ああ。ですが一度だけ、読書中、書を取り落としていましたね。無言でしたけど、驚いたような表情をしているように見えたので、虫でもいたのではないかと。しばらくしてまた読み始めていましたから。それと、その後でしたか。書を棚に戻す際に一冊だけ恐る恐る片づけていらっしゃいました」

「それがどの書物かわかるだろうか?」

「少々お待ちください」


 司書は真っすぐにある棚に行くと、一冊の文献を取って戻ってくる。


「驚かれていた書はわかりませんが、後者ならこちらです」

「国外の信仰についてか。……すまないが、少し読んでいってもいいか?」

「ええ。もちろんです」


 ヴィンセントは文献を手に、席に座る。星詠(ほしよみ)は長いこと魔女の呪いを解くための研究をしており、これはまだ他国への往来が非常に困難な時代に、命がけで他国へ渡った星詠がその国の宗教や呪いについて調べたものをまとめた古い書だった。なぜレティシアは怯えていたのだろうか。文献をパラパラと流し読みしていたヴィンセントは、ある文章に目を止めた。


(人形を身代わりにして本人に降りかかる災厄を回避する……?)


 それは東方の信仰についての記述の中に記されていたものだ。呪いを掛ける方法としても人形が使われることが書かれていた。より強めるためには


(そういえば)


 ふと。ヴィンセントは、王都の劇場でレティシアが人形のことを、『夜な夜なひとりでに動き出しそうな気味が悪いモノ』と話していたことを思い出す。


(なるほど、だから書を触ることにも怯えていたのか)


 気分悪そうな表情からしても、彼女は本当に人形を不気味がっていた。それは例え文章であっても同じらしい。読書中驚いていた一冊も、恐らくこの文献だろう。ヴィンセントは文献を戻すと、書庫を後にした。





「レティシア嬢は僕が責任を持って、きちんとラインベール公爵の元まで送り届けました」


 預けていた剣を受け取り、腰のベルトに付けたヴィンセントの元に、エレンツィオがやってくる。その顔には大変満足そうな笑みを浮かべて。


「お前の執念もなかなかなものだな」

「執念とは心外ですね。そもそも僕を仲間外れにしたのは大将ですよ」


 エレンツィオの言い分に、ヴィンセントは小さくため息を吐く。この男はあの面通し際に呪陣の捜査をしていたため、護衛の面子から外していたのだが、それを知ってからというもの、事あるごとに「次は絶対にオレに声を掛けてください」と煩かった。

 ただ、今回この案内役を任せた理由はそれではない。レティシアはどうもエレンツィオが苦手なようなので、彼を接触させれば、警戒心が阻害されて行動に粗が出るかもしれないと思ったからだ。


「ところで、レティシア嬢の様子を観察していてどう思った?」

「何か目的があるだろうとは思ってましたけど、それが強い目的だったかというと、そうでもない気もします。読書後は少々疲れている感じでしたけど、六刻(じかん)も読んでいればさすがに疲れるでしょうし」


 そもそも文献から得られる情報なんてたかが知れていて、なおかつこの膨大な量の文献を見た瞬間、六刻以内に目的のものを探し出し、調べるのは難しいと理解するだろうはずだと

 エレンツィオは真面目な見解を示す。


「私はイーツカルツェ公爵に報告に行く。お前は談話室を元に戻しておくように」

「はーい」


 エレンツィオに指示を出すと、ヴィンセントは歩きながら思考を巡らせる。


(強い目的ではないか……)


 それはヴィンセントも感じたことだ。彼女が読んでいたという書の一覧を見る限り、探っていたのは戦争に関する書物。大方機密が見られなかったために、第五区で使われた兵器を特定し、武器商から黒幕を特定しようという計画だったのではないか。武器関係は軍の管理下にあるから、彼女はどうやっても探れないのだが。


(それなら問題はないが……もしも黒幕に魔女がいると気づいたのだとしたらーー)


 レティシアは軍が後で書物の内容を調査すると見越して、誤魔化すために国内外、分野問わず無作為に書物を読んでいた。それはわかっていた。しかしなぜ、あからさまに嘘だとわかる宗教や信仰に関する書を混ぜたのか。そのうえ、彼女が恐怖を感じただろう、人形の記述を見た後もあの文献を読み続けている。それがどうにも引っ掛かっていた。

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