幕間 かつての云々 【柵】
元居た世界の空気を少しでも感じていただければ(メソラシ
【拡散型・挟界性限定境域】、略して【挟域】と其処は呼ばれている。
かつては古くから神話やおとぎ話に於いて、新しくは噂伝えの都市伝説などにも語られる、異界やら天上やら竜宮やら裏世界やらと云った【異世界】のことを専門的に『そう』指している。
用語の頭に『拡散型』と叙述が付くのは、事実『それ』は拡がる為でもある。
一定量以上の自意識を備えた生物には、無思慮に於いて発生する不観測とされる【放出型・定着性自意識】と類別される『物質』が実存する。
それらは本来ならば命を終えた後に茫洋と空中を漂い、大気圏などの磁流に則って北東の方角へと流れる非観測領域に値する、概念上はアストラルラインとも呼ばれることもあると推定される『ヒトの行き着く先』に流転して混じることで拡散する。
しかし、【狭域】へ侵入または漂着した彼らは、程無くして流れ着く『べき』場所へと辿り着いた存在と適しても過言では無い。
彼ら自身の発する思考または思想のイドは、【定着性自意識】がその渦動によって発する重力、正確にはマテリアルが自律的に備えている【引き寄せ、引き離す力】に則ってその性質を明白に顕わとし、その【挟域】へとお互いに干渉を共鳴し合うことになるのだ。
つまりは、ヒトの生きる数だけその【挟域】は実存する。
しかし当然、それだけの実存数を『成立』させるには、空間上のリソースが足りない。
其処で【定着性自意識】の備えている【引き寄せ・引き離す力】が働きを齎し、似通った思想によって構成された【挟域】を重複させるのだ。
重複したことで【挟域】は『空間としての足りない幅』を自ら競合共立させ、そうすることによって最も適した【世界】へと『成立』してゆくのである。
場合によっては、この重複し競合共立した世界同士で喰い合わせを執って、一種のバトルロワイヤルのように生存権を賭けた場合もあるらしい。
あるらしいが、其処はまだ優しい方だ。
こういう重複と共立は『そういう現象』として自然淘汰されることが法則的にも至極普通のことなので、大概誰も把握できないうちに『混ざって』元の分岐は消失してしまうのが妥当なのである。
さて、そうして『拡散』していたはずの『異世界』だが、今から100年以上前に『ひとつ』確立していた。
其処が、多宝天壌女学院を裏から支配していた【魔法使い】を『自称』する者たちが棲息していた、かつての【領地】である。
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「喪失、したそうです」
「……それは、困ったわね」
此処は多宝天壌女学院、その一角にある学院長室。
学院と名は馳せても、実質的な都市を内包している『政令指定都市』の長が住まう部屋なので、立場としては市長室とも呼べる部屋だ。
件の都市は事実広大で、所沢から多摩湖を跨ぎ東大和へ。
読む側が地図を備えて説明を受けると云うのならば、縦に西武ドームを呑み込んでモノレール上北台駅ギリギリまで、横に東村山の狭山から青梅街道新青梅街道を呑み込みつつ横田米軍基地ギリギリまでが件の学園都市である。馬ッ鹿じゃねぇのか。
此処まで大規模な都市改造を施したりすれば、現地住民からやんわりとでもシュプレヒコール喰らいそうなくらいにはヘイトを集めるのであろうが。
そこいらを指定したのは、当時政府の『上客』であった【自称魔法使い】の面々であった。
彼らは自分たちの血を絶やさないために、日本人の中に稀に現れる、後に烏丸が名付けた【魔導刻印】を発現させた婦女子らを国へ対して要求していた。
その過程で選別と教育、並びに寄り性質の上々な少女らを欲したが故に建てられた、其処はいっそ『農場』と呼んでも過言では無い。……胸糞の悪くなる話である。
嫁と云う名目の実状奴隷を欲するそれらを跳ね除けることも選択肢にはあったのだが、彼らの棲まう空間は膨大な未開発地域に値する。
他国の目を気にせずに開発可能な実験場にも流用できる、資源採掘も進んでいない肥沃な世界。
当時は第二次の大戦にて、大敗を喫していた国家には、僅かな犠牲だけで享受できる恩恵を跳ね除けることも出来なかった。
実質は既に国内に潜んでいた自称魔法使いが国家内情に手を貸さなかったために大敗にも繋がった、という事実もあったのだが、身中で蟲を育てるわけにもいかない国家としては、彼らの要求を呑むほかに手段も実力も無かったのである。
まあ、そんな彼らの現状は、といえば。
既に何処かで語られた通りに、どこぞの色黒白髪によって腑分けも済んでしまっているので問題は無い。
「彼の事ですから、色々と暗躍してる最中で『今もその過程で【挟域】への鍵を閉ざしたままだ』という見方をする人も多そうですけど」
「本気で暗躍しているっていうのなら、こんな真綿で絞めるような真似はしないでスパッと終わってるわよ。それが誰かへの献身だと云うのなら別だけど、あの子は基本的に思考回路は単純だし」
「ですよねー」
そんなかつての【自称魔法使い】らの支配していた世界を丸ごと掻っ攫った烏丸が、現在行方不明となっていることで国家が普通に混乱に陥っていたりしていた。
此れまでの倫理を無視した物言いから一転し、『個人の要求』という比較的穏やかな交渉で事を済ませられるようになった供給事情からの、半年も経たないうちでの混迷である。
確かに一部の者たちには思考回路が読めてもいるが、実際の『出来ること』の幅が一定値を超越しているからこそ、烏丸を危険視する者たちはその認識を改められない。
交渉代表らは大概が頭を抱えて苦悩&胃痛の日々だ。ナンテコッタイ。
年嵩の学院長と対峙している、お互いに烏丸の人格も知っているジャスパー クリソプレィズはそんな交渉人らの苦悩も知らずに快活に笑い飛ばした。
学園都市に配された魔法世界(自称)からの勤続一年にも満たない新任教師だが、彼らを裏切って烏丸の側へ着いた希少な生き残りである。いや、死んだわけでは無いが。
自身の身の振り分けを、野良の鵼にでも遭遇したかのような状況の中でしっかりと嗅ぎ取れたその嗅覚は凄まじい程度であり、その差配加減も相俟って現在も学院内でそこそこの立場を伴って勤務できているのだから、今更公人の胃が死に絶えようとどうでもいいのである。いや、死んだわけでは無いが。
「となると、本人も意識しない、外部からの手管で連れ去られた、と見るのが妥当でしょうね。ジッサイ、彼の周囲で関係者並びに無関係者が総じて10名足らずが同時に失踪していますし」
「確か、現場は進学先の高校だったわよね。となると、関係者は火坑さんに空五倍子さん、更に国定采配の次縹さんと半鵲さん、かしら」
「幼馴染と恋人と愛人と暗殺者が纏まって消える時点で『彼が何かした』という見方をする者が多いのですが、流石に彼でも後に自分の首を絞めると判った上での逃亡なんて選択肢に入れないでしょう。そもそも『逃げる必要』が無いですし」
『財産の献上』という国家要請が在るモノの、そこらへんは健常に生活するうえで保障を受けるための支出、要は国民保険や年金などの支払いと同義の領分で在り、『丸ごと』『今すぐ』差し出せと追い立てられているほどでは無い以上は烏丸だって聴く耳くらいは持っている。
逆に言えば、相応の支払い能力を提示できている以上は見咎められることも無いのだから、烏丸からすれば自分の印象を悪くする行動を執る必要も無いのだ。
加えてあった『別口』の国家要請は、烏丸からしても『渡りに船』の誘い文句でもあったらしい。
彼の本領は研究者且つ学術家で、彼自身もそれを前面に推し出している。
『自分の領分』として【魔導刻印】のサンプルである多宝天壌の女子生徒らの、自由意志を尊重して貰う取り計らいを提示している。
別口は別口で国家が抱える『別の火種』の解決に繋がる糸口であるために、国側も烏丸へ強硬手段を執れずにいるのだ。
なんだかんだで、お互いに弱みと旨味を掴み合っているらしいので、それを破綻させることもお互いにメリットが無いのである。
件の『別の火種』が何かした、という可能性も微粒子レベルで存在するが……。
そっちもそっちで『別の個人』で在るがために、懸念の外側であるはずである。恐らく。
「ま、わからないことは考えていても仕方が無いわ。こちらは元々予定していたことを、済ませることに留めましょうか」
「ですね。彼が『居なくなった』ことで口出しも増えるでしょうが、未だ不透明なことを盾にして牛歩で分譲を進めましょう」
政令指定都市であり学園都市である多宝天壌女学院は、その後ろ盾に無茶な要求を求める自称魔法使い共が実力を明かされて主権を削られたことで、国の主導が入ることに決定を下されていた。
元々は先にも述べた通りに、未開発地域と資源採掘を見込まれた国側が手揉みで足元を見る対応だったことに、有頂天となっていた彼らからの『要求』であったので、それは仕方がない。
問題点は、今も通う、各地から集められた『サンプル』に値する女生徒らだ。
【魔導刻印】はマンパワーをエネルギーや現象へ手っ取り早く転換できる、新しい資源科学に相当する。
こだまが空間に干渉してオゾン層を疑似的に造ったように。
いおりが烏丸との距離を中継点無しに計って見せた通りに。
こはくが重金属製相当の高層ビルの如き怪物を一刀両断したように。
多少臨界点を突破しただけの制御で、数百人規模で再現できるかもわからない『現象』を、一手に引き受けられるのである。
そんな化け物揃いなわけではないが、『そんな』レベルの現象再現の可能性を秘めている少女たちを、国側が野放しに等するわけもない。
元々無茶な要求で学園都市の土地を確保されていたわけだから、其処を国側が主権を主張するのも当然の話で、その要求を突っ撥ねる気など居合わせている権力者の誰もが持ち合わせていなかった。
地元のマフィアンコミュニティレベルの暴力が相手取っている程度ではなく、強権で采配を振るわれれば吹けば飛ぶほどの差異が生まれるのが『国家』相手という意味が通じないほど、彼らは近視眼的なわけでもない。
しかし、それで少女たちの人権を反故にされることに涙を呑むほど、倫理を捨てているわけでも無いことは確かであったがために、彼らは烏丸に保護を願い出たわけである。
まあ、自称魔法使い共に『嫁という名目』の『家畜』として少女たちを振る舞ってきた者たちの後続なので、其処を突かれると非常に耳が痛むのであろうが。
「半鵲のように家名を振るわれると厄介でしょうが、其処はそもそも烏丸くんを個人で狙っていますしね。他の名家も利権を主張するほど老いた方々は既に黙した様子ですし、なんとかなるかもしれません」
「……錫町はどうかしら。あそこに口出しされたら、ちょっとわからないわね……」
「……ああ、『魔王様』ですか。彼も未だ若いですし、こっちのことには気づいてないかも知れませんが……。佐賀は遠いですからねぇ……」
烏丸が学園都市を『領分』と主張したのは、年頃の少女たちに対する下心があったわけではない。
ジャスパーが少なくとも知る限りでは、彼自身が目を掛けているのは近しい立ち位置に居るこだまやいおりくらいの者であり、他は『今』だけなら抑えて置けるから、という『モノの序で』で保護を謳っているに過ぎない。
先にも述べた『別口』への対抗手段のひとつとして必要なサンプルとしての見方も有るのかも知れないが、少なくとも彼の父親の様に非人道的な研究に手を染めようとはしていないことは明確に知っていた。
其処に口出しをしてきたのが『半鵲』、つまりはこはくの家。
『烏丸』の分家であり、烏丸の『実母』が今も引き籠っている血筋であった。
彼女は己の息子を微塵も信用しておらず、危険だと判断してこはくへ暗殺を依頼した。
中継となった国側からしても、上手く事が済めば少年ひとりの命で済ませられて【挟域】の主権も獲れる美味しい話であるがために見過ごされている。
彼女が『されたこと』と、烏丸の内情を知ればその判断も間違いとは言い切れないのだが、こはくは中等部入学時の本人に逢って絆されてる状況であり、実のところ『烏丸千歳』の言い分を聴く味方など居ないのが現状だ。
そもそも暗殺が成功したとして、烏丸自身が楔となって留めている父親から施術された高濃度の呪詛が彼の完全なる死によって流出し、彼自身が検算した被害領域が大体本州の半分を汚染するだろうから『死なない』選択を取っている。
その辺りは彼自身が明かしていないために、誰も知り得ていない事実ではあるが。
ちなみに『錫町』は現在も佐賀を支配している魔王だ。
配下に四天王が居たりするが、今はまあどうでもいい。
学園都市と国が最も懸念している『最悪』は、其処より少し南に居る。
「まあ、最悪其処までに話が進む前に、もうちょっと手前の丹鉢や八雲が出張って止めるはずでしょう。近場には楠さんも居ますし、九墨さんにも話を通して貰えるようにお願いしておきます」
「お願いするわね。……ハァ、長野や上総だって無視できないはずなのに、どうして子供ひとりを目の敵にしちゃうのかしらね、今の国は……」
「御しやすいと思ったからじゃないですか? だから足元を掬われるのでしょうけどねぇ」
烏丸を通じて知り合った『個人的な知り合い』に手形を振りつつ、ジャスパーは数多くの『懸念』を忘れ切れない学院長に僅かばかりの同情を寄せる。
某伝説の賭博師の科白では無いが、死中に活を求めて生き延びた身である彼からすれば、どうしようもないことはどうしようもないので考えても仕様が無い、としか言えない話だ。
「そうそう、その上総絡みの話ですけど、例の仮想空間拡張実験、舞台は舞浜で決定するそうです」
「ああ、例の……」
ジャスパーが連想で挙げた土地は、多宝天壌と同じ様に【狭域】の介在する土地だ。
同じように学術機関としての形式を伴った指定政令都市として存在し、この辺りの土地以上に『異常』の蔓延った『忌地』。
国家からは【咎の忌地】と、ある種の【存在】を因果とする形容を付随して呼ばれ続けている其処と、それに近しい『市域』が名を浮上させたことで、学院長は更に不安を煽られたような顔を見せていた。
「……大丈夫なのかしら? 実証実験自体は前々からあったとはいえ、成功を果たしたのは烏丸くんでしょう? 本人不在のまま続投されたら……」
「どうでしょうねぇ、『挟域を更に定着させて忌地を押し込める』なんて。彼みたいなファクター失くして成功するとも思えませんが、」
しかしサーバー名自体はもう既に決定しているそうですよ、と締めたジャスパーもまた、不安げに苦虫を噛む様に顔を歪めていた。
烏丸含む金城らが異世界に召喚されて、1週間ほどの話であった。
根本的には『現実』ですが、技術水準、倫理水準、寛容性と私らの位階と比較すると色々と多分上位互換くらいにはなっています
その分、現実を浸食する脅威とか、対抗組織の連携とかが密なのでややギリギリな綱引きに、
ぶっちゃけ【自称・魔法使い】なんぞそれらの中でも低位な程度。先立って触れられていたであろう【魔女】が最上位ですね。間にも魔王とか錬金術師とか陰陽師とか魔術師とか怪異とか魔法使い(真正)とか吸血鬼とかが居るので一般人からすれば比べようが無いのですが
そして生まれる舞浜サーバ…冗句です☆




