第6話:魔改造の相棒
「自分の乗る機材を、他人に任せるな。ネジ一本の締め具合が、時速八十キロで生死を分ける」
梶オーナーの厳しい言葉と共に、駆の「魔改造」への挑戦が始まった。
店の奥にある物置は、まさにジャンク品の山だった。型落ちの変速機、擦り切れたサドル、スポークが数本曲がったホイール……。一般のサイクリストから見ればただのゴミだが、駆にとっては宝の山に見えた。
「おい、そこにある箱から、デュラエースの七九〇〇系(※一世代以上前のシマノの最高峰コンポーネント)のリアディレイラーを引っ張り出してこい。傷だらけだが生きてる」
梶の指示を受け、駆は油まみれの段ボール箱を漁った。見つけたのは、確かに擦り傷だらけだが、極限まで肉抜きされたアルミとカーボンの美しい塊だった。
「駆、お前のクロモリフレームは『重い』。それは変えられない物理だ。だがな、駆動系の摩擦抵抗を限界まで減らし、ホイールの『転がり』を良くすれば、スピードに乗った後の巡航速度はカーボンすら凌駕する」
駆はパーツクリーナーとブラシを渡され、中古のパーツを一つずつ磨き上げるところから始めた。真っ黒な古いグリスを落とし、新しい最高級のオイルを注油する。すると、それまでゴリゴリと鈍い音を立てていたベアリングが、まるで嘘のように滑らかに、いつまでも回り続けた。
サドル位置の調整もミリ単位で行われた。
「ルーラーのポジションはクライマーとは違う。少しサドルを後ろに引き、上半身を深く前傾させる。風を受ける面積を極限まで減らし、体重をペダルに『乗せる』ためのフォームだ」
梶の指導のもと、駆は工具を握り、自分の手でワイヤーを張り、変速の調整を繰り返した。何度も失敗し、指先が油で黒く染まり、ワイヤーの端が刺さって血が滲んだが、不思議と苦痛はなかった。
城南高校の部活では、一ノ瀬たちは親に買ってもらった最新バイクをショップに丸投げして整備させていた。だが、駆は今、自分の相棒の「心臓」と「血管」を、自分の手で繋ぎ直しているのだ。その事実が、駆に強い誇りを与えていた。
三日間の作業の末、ネイビーのクロモリバイクは、全く別の生き物へと生まれ変わった。
傷だらけの最高峰ギヤ。徹底的に泥を落とされ、滑らかに回る型落ちのディープリムホイール。そして、駆の体型に合わせて限界まで低く突き出されたドロップハンドル。
それは、ピカピカの展示車のような華やかさは微塵もない。しかし、戦うためだけに機能を研ぎ澄まされた、野生の獣のような凄みがあった。
「……できた」
駆は、生まれ変わった我が相棒を見つめ、静かに息を呑んだ。
「ふん、少しはマシな顔になったな」
梶がタバコを咥えたまま、仕上がりをチェックして不敵に笑う。
「骨董品の鉄屑が、お前だけの『重戦車』になったわけだ。よし、駆。機材の言い訳はこれで終わりだ」
梶は店裏の固定ローラー台(※自転車を固定して室内で漕ぐ練習機材)を指差した。
「明日からは、この店に集まる『変態ども』に混ざって走ってもらう。覚悟しておけよ」
自分の手で組み上げた、世界に一台だけの魔改造クロモリ。そのハンドルを握りしめた駆の胸には、部活をクビになった時の絶望はもうなかった。あるのは、この相棒と共に、あの風の向こう側へ行ってみたいという、純粋な飢えだけだった。




