第18話:鉄砲玉の二ポイント
伊豆の地獄を生き残った男たちのリザルトは、ロードレースの現実を物語っていた。
ゴール後、サイクルショップ・カジの岩田の名前がコールされた。駆の命懸けの山岳牽引によって、限界まで体力を温存できた岩田が、ゴール前のスプリントを圧倒的な力で制したのだ。見事「十位以内」をクリアし、E2への一発返り咲きを果たした。
一方で、新堂駆の名前は、完走者リストのどこにもなかった。
リザルトの欄に刻まれていた文字は、「DNF(途中リタイア)」。
岩田を解き放った直後、駆の肉体は完全に機能を停止し、ペダルを回すことすらできずにコース脇の芝生へと崩れ落ちていた。
「おい、駆! 立てるか!」
パドックに戻った駆のもとに、表彰台から降りてきた岩田が駆け寄ってきた。その手には、優勝者だけに与えられるクリスタルのトロフィーが握られている。
岩田は自分のことのように興奮し、駆の泥まみれの肩を壊さんばかりの力で叩いた。
「お前のおかげだ、駆! あの連続するアップダウンで、時速二十二キロのベースを維持し続けるなんて正気の沙汰じゃねえ。おかげで俺は上のカテゴリーに戻れる。お前は最高の『人間機関車』だ!」
駆は、スポーツドリンクを喉に流し込みながら、腫れ上がった太ももをさすって小さく笑った。
「リタイアしたのは悔しいですけど……岩田さんが勝てたなら、俺の作戦は成功です」
その時、パドックの通路の向こうから、城南高校のジャージを着た一ノ瀬が歩いてくるのが見えた。
一ノ瀬の顔は、かつてないほど屈辱と怒りで歪んでいた。今回は実戦経験を積むためにE3レースにスポット参戦していたが、駆の作った狂った山岳メトロノームのせいで足をすり潰され、惨敗を喫したのだ。
一ノ瀬は駆の前でピタリと足を止めると、冷たい眼光で駆を睨みつけた。
「……新堂くん。君のせいでレースがめちゃくちゃだよ。ロードレースは自分が勝つために走るものだ。なのに、君みたいに自分の順位を最初から捨てて、他人のためだけに自爆するなんて……そんなの、ただの嫌がらせだよ。そんな走りを続けてたら、君は一生、誰の記録にも残らないまま消えるだけだ」
駆は一ノ瀬の目を真っ直ぐに見返し、静かに、しかし力強く言い放った。
「嫌がらせじゃないよ、一ノ瀬。これが、俺のロードレースだ」
「っ……!」
一ノ瀬はそれ以上何も言えなかった。だが、フッと冷たい笑みを浮かべて背を向けた。
「……まぁいいや。実業団の泥仕合に付き合ってる暇は、僕にはないから。僕は高体連の王道を往く。君はそこで、誰の記憶にも残らないリタイアを一生繰り返してなよ」
一ノ瀬たちが去った後、サイクルショップ・カジの軽トラックの荷台で、梶オーナーはタバコを咥えながら、JBCFの公式リザルトのスマートフォン画面を駆に見せた。
駆の着順の横には、確かにDNFの文字。しかし、そのすぐ下に、冷徹なポイント規定に基づいた数字が躍っていた。
『獲得ポイント:2pt』
「リタイアだろうが何だろうが、スタートラインに並び、チームのために肉体を削って戦い抜いた証拠だ」
梶は煙を吐き出し、不敵に笑った。
「一ノ瀬のバカ坊主は『誰の記録にも残らない』と言ったがな、お前が今日走った事実を『二ポイント』として明確に記録してる。この地味で泥臭い二ポイントの積み重ねこそが、上のカテゴリーへ、そして世界へお前の足跡を繋ぐ本物の道だ。駆、悔しいか?」
「……いえ。嬉しいです」
駆は、画面に表示された小さな「2」という数字を見つめ、拳を強く握りしめた。
一発昇格のような華やかさは一ミリもない。しかし、自分の走りが、この過酷な実業団の世界に確かに刻まれたのだ。
公式の記録に残る、最小で、しかし重い二ポイント。
誰の記録にも残らないと嘲笑された『人間機関車』は、この小さな二ポイントを武器に、実業団の大人たちを這い上がるための本当の戦いを、ここから始めるのだった。
一応、ルール調べてますが私自身は自転車乗らないのでおかしな所は沢山あるかもしれませんが
お話として読み飛ばしてください




