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鉄屑と人間機関車  作者: 森のくまさん
第2章:国内JBCF・最強のアシスト編
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第19話:ポイント獲得への計算式

 「二ポイントじゃ、一生ここ(E3)の住人だ」

 日本CSCでの激闘から数日後。サイクルショップ・カジの油臭い作業場で、駆はJBCFの公式ポイント表を睨みつけながら、静かに歯を食いしばっていた。

 チームのエースである岩田先輩は見事に「十位以内(優勝)」をクリアし、一発でE2への復帰を果たしていった。しかし、アシストとして山で自爆した駆のリザルトはリタイア(DNF)。手元に残ったのは、ルールに則って出走者に等しく付与された、わずか「二ポイント」の出走ポイントだけだった。

 JBCFのE2昇格規定。それは、各レースで「十位以内」に飛び込むこと。

 他人のために風を引き、ボロボロになってリタイアを繰り返すだけでは、どれだけ走っても獲得ポイントは二点止まり。いつまで経っても最低カテゴリーのE3に据え置きのまだ。高校の部活を去り、高体連のエリート街道を往く一ノ瀬の「誰の記録にも残らないリタイアを一生繰り返してなよ」という嘲笑が、呪いのように耳の奥でリフレインする。

「オーナー……俺、このままだと、いつまで経っても上に上がれません」

 駆が顔を上げると、作業台でホイールの振れ取りをしていた梶オーナーが、タバコを咥えたままフンと鼻で笑った。

「当たり前だ。お前はチームのために自爆したんだからな。だが、お前がその二ポイントをドブ板のように踏みしめて岩田を勝たせたお陰で、チーム内にお前のための『巨大な貸し』が溜まった。ロードレースのヘッドワークってのはな、レースの中だけじゃねえ。チームの人間心理をコントロールすることも含まれるんだよ」

 梶は油まみれのウエスで手を拭くと、一枚の新しいレース要項を駆の前に突きつけた。

 一ヶ月後に開催される、実業団E3・群馬サイクルスポーツセンター(群サイ)ロードレース。

「岩田がE2に上がった今、うちのショップチームの次のエースはお前だ。今度は、残された大人の常連ども全員がお前のアシストに回る。だが駆、勘違いするなよ。群サイは伊豆と同じ、上るか下るかしかない山岳レイアウトだ。長い平坦なんてどこにもねえ。お前に純粋なクライマーのような軽快な登坂力はない。お前自身が十位以内に滑り込むための方程式を頭の中で組み立てろ」

 群サイのコースマップを指でなぞりながら、駆の脳内コンピューターが高速で回転を始める。

 一周六キロメートル。スタート直後のきつい下りと、S字ヘアピン。そこから後半のダラダラとした上り基調、そして最大斜度十パーセントを超える「心臓破りの坂」を経てゴールへと戻る過酷なレイアウト。普通に走れば、上り坂でクライマーの軽い走りに一瞬で置いていかれる。

「……上り坂で、勝負はしない」

 駆の目が、獰猛に細められた。

「群サイは道幅が狭く、曲がりくねったテクニカルな下りが続きます。あそこに大人数の集団が一斉に突入すれば、カーブのたびにブレーキを踏まされて縦一列に細長く伸びる。後方の選手は、立ち上がりの猛烈な加減速で勝手に脚を削られる。……だから、五周目の下り区間で、先輩たちに集団を一列に引きちぎるほどの猛烈なハイペースを作ってもらいます」

 集団が縦に限界まで伸びきり、コーナーの連続で後方がパニックを起こして足が止まった一瞬の牽制。

「後半の上り基調から、最後の『心臓破りの坂』にかけて、アタックじゃなく、俺が一人で時速四十五キロメートル以上の巡航を維持し続けます。あいつらが『どうせ最後にタレて捕まる』と油断している間に、下りで稼いだ秒数計算のまま、単独で逃げ切る。……ゴール前五キロからの、超ロングスパートです」

 上り坂を登る力ではなく、「コーナーの連続による集団の立ち上がりの遅れ」と「ルーラーの独走による一定スピード」を掛け合わせた、数学的な完全犯罪。そのためには、一年目のあの重いクロモリバイクで、霞ヶ浦の吹き晒しの強風に立ち向かい続けた体幹の強さが、絶対に必要だった。

「ふん。少しは汚い頭が回るようになってきたじゃねえか」

 梶がニヤリと獰猛に口の端を吊り上げた。

 公式記録はわずか二ポイント。

 しかし、雑草の少年は諦めるどころか、その底辺の数値から、大人の実業団たちを騙し切って「十位以内での昇格」をもぎ取るため、冷静に計画を練り上げ始めていた。


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