↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄屑と人間機関車  作者: 森のくまさん
第2章:国内JBCF・最強のアシスト編
PR
17/25

第17話:メトロノーム殺し

 一本の坂をクリアしても、すぐに次の奈落が、そして次の壁が牙を剥く。

 それが平坦ゼロの地獄、日本CSCの洗礼だった。

 六周目の急下り区間で、時速八十キロメートルの超高速ダウンヒルを敢行した駆の人間機関車は、下りきった勢い(慣性)をそのまま次の登り返しへと繋げ、メイン集団に対して「十五秒」の決定的なリードを奪い去っていた。

 そしてレースは、泣いても笑っても最後の五キロ――最終周回の七周目へと突入した。

 この一周の中にも、まだ数回もの険しい上り坂と下り坂が波のように待ち受けている。

「駆……! 後ろ、追撃のトレインが組まれ始めたぞ! 奴ら、本気で獲りに来てる!」

 駆の真後ろにつく岩田先輩が、引きちぎれそうな呼吸の中で叫んだ。

 振り返る余裕はない。だが、背後からは「昇格」を絶対に諦めない実業団の大人たちや、格上エリートの一ノ瀬たちが、死に物狂いで踏む数十台の集団の爆音が、風に乗って確実に迫りつつあった。十五秒あった差が、十三秒、十秒とジワジワ削られていく。

 上り坂、下り坂、そしてまた上り坂。

 伊豆の容赦ないアップダウンが繰り返されるたびに、駆の太ももの筋肉は限界を超え、微かに痙攣を始めていた。自らのリザルトは最初から捨てている。だが、ここで自分がタレれば(失速すれば)、後ろの岩田先輩が一瞬で風の暴力に晒され、集団に飲み込まれて終わる。

(まだだ……まだ踏める。俺の心臓は、このためにある……!)

 駆は、コース内に点在する無数の激坂の入り口に差し掛かるたびに、あえて腰を下ろしたまま、上体を水平に伏せる独走フォームをとった。

 そして、サイクルコンピューターのワット数だけを睨みつけ、機械のように正確な「一定のハイペース」を刻み続けた。

 普通のアマチュアは、後ろから追撃が迫ると焦って坂でペダリングを乱し、自滅する。しかし、駆の刻むメトロノームのような一定の高出力は、追ってくるメイン集団の心理をジワジワと、確実に確実に追い詰めていた。

 追う側の心理として、「目の前の逃げが全くスピードを落とさない」という現実は、凄まじい精神的プレッシャーになる。しかも伊豆のコースは小刻みなアップダウンの連続だ。駆を捕まえるために坂のたびに無理な急加速(アタック)を強いられる追撃集団の大人たちは、駆に追いつく前に、自分たちの脚を猛烈に削り取られていた。

「クソッ……! なんであのクビ男はタレないんだ!? 坂のたびに足が削られる……っ!」

 集団の中で追撃を指揮していた一ノ瀬も、伊豆の度重なるアップダウンと駆の刻む殺人的なペースの前に、激しい無酸素運動で顔を真っ白にしていた。

 残り一・五キロメートル。コース最後の難所、通称「心臓破りの坂」の激坂区間に突入した。

 追撃集団との差は、わずか五秒。すぐ後ろに、ライバルたちの荒い息遣いとギヤの金属音が迫っている。

 だが、そのメイン集団の足は、度重なるアップダウンでの無理な追撃によって、すでに全員が限界を迎え、棒のようになっていた。そこからさらに駆を追い抜くためのアタックを打てる者は、もう誰一人として残っていなかった。

「岩田さん……っ、ラストの、下りと平坦です……! 行って、ください……!」

 激坂の頂上を越えた瞬間、駆の肉体は完全に限界を迎え、全ての血の気が引いて視界が真っ黒に染まった。車体を大きく右側に逸らし、失速していく駆。

 その駆の左肩を、今まで完全に風から守られ、体力を限界まで温存していた岩田先輩の漆黒のバイクが、猛烈な勢いでかすめていった。

「おおおおおっしゃあぁぁぁ!! 駆、最高の仕事をありがとおぉぉぉ!!」

 岩田先輩の爆発的なスプリントが、伊豆の最後の直線へと解き放たれる。

 足をすり潰されたライバルたちに、岩田先輩の背中を追う力はもう、全く残されていなかった。駆が仕掛けた伊豆の山岳戦術は、最後の最後で、完璧な完全犯罪として成立したのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。