7 嫁姑のご対面
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今日、リュティシアは少し緊張していた。これから向かうのはエリセテ太后の宮なのだ。
エリセテ太后といえば、先王の妃にしてフェリスベルトの実母。
――つまりこれは、嫁と姑の顔合わせ!
「リュティシア、そう硬くならないでほしいな」
「そんなの無理ですわ」
形式だけの夫婦になる可能性はあるが、これでも後妻に入る身だ。不安が湧くのは仕方ない。
エリセテは先妻と距離を保ち、何も口を挟まなかったという。それは愛や信頼からなのか、拒絶なのか、はたまた無関心だったのか。しかも今回は隣国の姫などといきなり再婚することになった。どう思われているか、さすがのリュティシアでも気になってしまう。
「おばあさま、やさしいよ?」
手をつないでくれるエドゥアルドにまで心配されてしまった。リュティシアはちょっと反省する。
「そうなのね。エディのことを大切にしている方なら、私も仲良くできると思うわ」
「うん!」
ぶん、と大きく手を振るとエドゥアルドがきゃあきゃあ笑う。その声は石造りの廊下に反響し、遠くまで届いた。
リュティシアにも少しずつ様子がわかってきたアルヴェインの王宮は、あまり華美ではない。この奥の宮の廊下も絨毯が敷かれているわけでもなく石がむき出しで実用的だ。
アルヴェインは農耕と漁業といくらかの貿易で地道に暮らす国。どちらかというと素朴な文化が根付いている。宮殿もそんな国民性を映してか、綺羅綺羅しくはなかった。
その廊下の向こうから暗緑色のローブの男が歩いてきた。立ちどまり恭しく頭を下げられて、フェリスベルトはにこやかな笑顔だ。
「――ジェレミアス、母上のところに顔を見せてくれたのか」
「ご機嫌うかがいをさせていただきました。目立ったご不調はなく、治療は必要ございません。ご安心を」
その声にはリュティシアも聞き覚えがあった。広間で結晶灯火から人を遠ざけていた壮年の男だ。
「晶術師の方ですわね。先日はお声がけありがとう」
「おお、王女殿下は私のことを覚えておいでで」
ジェレミアスは驚きをもってリュティシアを見つめる。フェリスベルトの婚約が調ったと聞いて、実は気をもんでいたのだが。
「晶術師のローブと、そのお声。もちろんわかりますわ」
「さようでございますか……私は王立結晶院で働かせていただいている者でして」
「また謙遜しているな。リュティシア、このジェレミアスは結晶院の副長官なんだよ」
フェリスベルトが口添えする。今エリセテの元を訪れていたというし、ジェレミアスは晶術師の中でも高位なのだとリュティシアにもわかった。
「晶術師たちを束ねるお立場でいらっしゃるのね」
「いえいえ、長く勤めているというだけで……もうエドゥアルドさまと打ちとけたご様子、きっとエリセテさまもお喜びでしょう」
ジェレミアスは手をつなぐ義理の母子に目を細めた。そっと脇へ道をゆずられ、リュティシアは会釈し歩き出す。
少し離れてからジェレミアスはしみじみとつぶやいた。
「加護の国から来た姫君……なかなかに聡明なお方のようだ。きっとフェリスベルトさまとエドゥアルドさまを幸せに導いてくれるだろう」
これから家族となる三人を見送るジェレミアスのまなざしは、とてもやわらかく揺れていた。
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そしてリュティシアを迎え入れてくれたエリセテ太后は気さくな微笑みの女性だった。ひと目会ってすぐにリュティシアの肩の力が抜ける。エリセテはたんに控えめで、隠遁生活を好む人だとわかったのだ。
ちょっと裕福な家庭ぐらいの素朴な内装に調えてある、こじんまりした居間。エリセテは手ずからお茶を淹れてくれた。添えられたベリーのパイはお手製ではないけれど、とお茶目に笑う。
「わざわざ来ていただいてありがとう。あなたをお迎えする式典に出なかったのは……ほら、セミオン殿下は私の血すじではないから、ご遠慮申し上げたのよ」
エリセテは困ったようにまなじりを下げる。
そうだった。この人も後妻の立場にあり、なさぬ仲の息子を国王になるまで見守ってきた女性。出身は下位貴族だとも聞いたし、とにかく遠慮がちなだけなのだ。どうやらリュティシアに対してものんびりとかまえてくれているらしい。
「フェリスベルトをどうかよろしくお願いします。派手なことは苦手な子だから面白味はないと思うけど」
「母上」
いたずらな顔で告げ口されてフェリスベルトは渋面になる。だがリュティシアはニッコリ笑った。
「でしたらフェリスベルトさまに嫁ぐことになってよかったと思います。私の国は質実剛健の気風がありますので」
「そうだわ、ガルディアの方ですものね。あと……加護をお持ちだとか。エドゥアルドのことも愛してくださると嬉しいわ」
「お母さまとぼく、もうなかよしだよ!」
エドゥアルドはギュッとリュティシアにくっついてみせる。エリセテは安心したように笑った。
「まあまあ、すっかり甘えてしまって。〈育成〉の加護のお力なのかしら……?」
「そんなこともないかと。ただエディが素直な良い子なんですわ」
「そうなのね。ごめんなさい、アルヴェインには加護を持つ人材はあまり現れないので、よくわからなくて」
それも無理はない。加護とは、自然の間に満ちる息吹が特定の生命へ遍在したもの。山あいのガルディアならともかく、人が築いた文明の広がる町ではほとんど失われた力だ。
だがアルヴェインではかわりに晶化術という魔法が発達してきた。人間の中にわずかに残った自然の息吹を増幅して使うらしい。みずからの持つ息吹を感じ取れるか否かが晶術師の才能の有無となると聞いてもリュティシアにはピンとこなかったが。
「私には晶化術のことがまだあまり……先ほどジェレミアスという方とすれ違いました。高名な晶術師ですのね?」
「ええ。ジェレミアスと私は長い付き合いなのよ」
エリセテはうなずいた。
ジェレミアスとエリセテが出会ったのは、町の小さな晶術院だそう。人々を治療するための晶術院がアルヴェインの町には点在していて、心の不調は晶術院、体のことなら療術院と使い分けられているらしい。
まだ身軽な貴族の娘だった頃のエリセテは、貴族の義務として支援する晶術院へたまに出入りしていた。そこで見習い術師だったのがジェレミアス。
「とても腕のいい術師だと思っていたわ。そうしたら案の定、王立結晶院に引き抜かれて王宮で再会するんだもの。それ以来よく診てもらっているのよ」
「まあ……すごい方でしたのね」
「フェリスベルトのことも小さい頃から診てくれていてね。この子はわりと我慢強かったけれど、勉強でわからないことがあると悔しくて泣いたりもしたの。そういう時にはジェレミアスが心を鎮めに来てくれたものよ」
「やめてください」
子ども時代のことまで話題にされて、フェリスベルトが慌てて止める。
今はこんなにおだやかなフェリスベルトが泣いて悔しがるなんて。リュティシアはクスクス笑ってしまった。困った顔をして目をそらすフェリスベルトは、いちおう婚約者へ見栄を張っているのかもしれない。年上の自分の方が大人でいなくてはならないから。
(やはりフェリスベルトさまは優しい――でもちょっと可愛いところもあるのね)
それが知れただけでもエリセテの所へ伺候した甲斐があったというもの。もうすぐ姑となる控えめな女性は、リュティシアの手をそっと取りニッコリ笑ってくれた。
「私は表舞台に出ないようにしているけど……この国や王宮のことで何かわからなかったら相談してちょうだい。息子や孫のためでもあるのだから、遠慮しないで」
「ありがとうございます。心強いですわ」
「ねえおばあさま、このあいだね、おにわでお母さまとおいかけっこしたの。おばあさまもやる? みんなでやろ!」
お話ばかりでつまらなくなったのか、エドゥアルドがウズウズし始める。さすがに嫁姑そろって駆け回るのは――想像したのかフェリスベルトが声を殺して笑い始め、リュティシアはちょっとふくれつらをしてみせた。
エドゥアルドとだけでなくフェリスベルトとの関係も、少しだけ距離が縮まったような気がした。




