6 契約両親
「お好みがわからなかったので……お口に合うかどうか」
「とてもいい香りですのね」
ひと口いただく間もリュティシアは横目にエドゥアルドを気にしていた。お茶をかけて火傷させるわけにいかないから。
カップを置いたリュティシアは、そっと後ろに控えるユーニスを示した。
「私の侍女、ユーニスです。ガルディアからついてきてくれました。もしフェリスベルトさまとのご縁がつながれましたら、このユーニスにもお目をかけてやってくださいませ」
「こちらこそよろしく。私の従者トルカートのこともお見知りおきを」
「……もしかして彼、お強いのでは」
控えているトルカートの立ち姿が気になって訊いてしまった。何が起こっても対応できる重心の置き方なのだ。やはりデキる護衛なのだと思う。
しかしユーニスがかすかに舌打ちしたのがわかった。確かに姫君らしくない目のつけどころ――でもでもだって、ガルディア騎士団員とリュティシアはよく組み手をしていたから!
「ほう、おわかりになりますか?」
しまった。フェリスベルトが意外そうにしている。リュティシアは微笑んでごまかした。
「……身のこなしが鋭いな、と思いましたの」
「とても頼りになる男ですよ。そうか、ガルディアは武の国でもありましたね」
「ええ、私も皆の鍛錬を見慣れておりますので」
「お母さま、たたかうの? こないだもカッコよかったもんね!」
無邪気な視線がワクワクしてリュティシアを見上げる。「たたかう」かと言われるとまあ闘えるのだが、いちおう否定しよう。
「私、試しに剣を持ったことはありますけど。お稽古はしていなくて」
実際、剣はあまり扱えないのだ。リュティシアはいつも素手で問題を解決してきたから。逆に質問して話をそらす。
「エドゥアルドさまは強くなりたいのですか?」
「うん。ぼくね、パユミオお兄さまをまもるんだ」
パユミオとは、パルミロ王太子のこと。
従兄弟にあたるその人が即位し国を率いる頃にはエドゥアルドも大人になる。まだこんなに可愛いのに、国王を支え守る存在になろうと考えているのが健気でリュティシアはキュンとした。
「ご立派ですわ」
「えへへ。お父さまも、へいかのためにがんばってるんだもん!」
そのひと言で、エドゥアルドが父親を尊敬しているのがわかる。リュティシアはフェリスベルトに深い信頼を抱いた。
「お子さまに真っ直ぐ向き合っていらっしゃいますのね」
「子育ての大変なところは皆が受け持ってくれているのです。私はあまり」
「国の重責を担う背中を見せるのも、なかなかできることではありませんわ」
リュティシアの口調はやわらかい。だがこの王女だって国を背負ってアルヴェインへ嫁いできているのではないか。まだ若いリュティシアが秘める覚悟のようなものを感じてフェリスベルトは目を伏せた。
「私との縁談は……失礼なことだと思う。お断りいただいてもいいのですよ」
「どうしてですの。フェリスベルトさまは立派な方です。それにエドゥアルドさまのことも、私は大好きでしてよ?」
それを聞いてエドゥアルドがリュティシアにギュッとする。笑ってじゃれ合う二人をながめたフェリスベルトは、どうにも胸がしめつけられて仕方なかった。
✻ ✻ ✻
待つこと数日。ガルディアから正式な返書が届き、リュティシアとフェリスベルトの婚約は認められた。
外務卿によれば、向こうの国王夫妻は事の成り行きにひっくり返って驚き、軍を招集しかけたらしい。
「どうしてそう血の気が多いの?」
我が両親ながら、さすがガルディアを武によって守る家だと思う。
だが婚約破棄された瞬間すかさずセミオンを殴り返したリュティシアがそれを言うのか。ユーニスは視線を泳がせ、外務卿は咳払いした。
「姫さまがエドゥアルドさまをお気に入りだということで、踏みとどまったそうですぞ」
「よかったわ。私、お相手がセミオンさまでなくなって喜んでいるんだもの。フェリスベルトさまの方が断然素敵!」
「それに――恩を着せておけば、後々リュティシアさまの立場が強くなりますので」
「……そういう計算はあるのね」
もちろんだ。愛娘を嫁がせるのだから、大切にしてもらわねば困る。何かあれば取り返すことも辞さず、という姿勢を突きつけての婚約許可なのだった。アルヴェインとしては飲まざるを得ない条件だ。
「じゃあ私もう、晴れてエドゥアルドさまのお母さまだわ!」
「いいえ忘れないでください、その前にフェリスベルトさまの妻なんですよ」
ユーニスは注意するが、リュティシアの耳はそれを右から左へ聞き流していた。
✻ ✻ ✻
「お母さま、これからよろしくおねがいしますっ」
話がまとまり、本格的に家族となる覚悟を決めたリュティシアとフェリスベルト。父から教えられたのか、エドゥアルドはきちんと挨拶してみせた。
今日顔を合わせたのは家族になる三人だけだった。場所は最初に面会したあのプライベートガーデン。気楽に、なごやかに話したいので散策しながら会うことにした。
「こちらこそどうぞよろしく、エドゥアルドさま」
「もう母親になるのだから、エディに敬語は使わないでください」
「ああ、そうですわね」
フェリスベルトの指摘にリュティシアは目をしばたたく。
「では……エドゥアルド、と」
「お母さまもエディってよんでよ! お父さまとおそろい!」
こてん、と首をかしげて甘えてるエドゥアルドにリュティシアはあっさり白旗を上げる。ならば「エディ」で決まりだ。
「ではフェリスベルトさまも、私にざっくばらんに接してくださいませね?」
「……というと」
「丁寧語はおやめになって。なんなら私のことも愛称でリュティと呼んでくださってかまいませんけど」
「リュティ……いや、なんだか照れるな。まずはリュティシア、から始めてもいいだろうか」
「ぼくはお母さまってよぶよ?」
「ふふ、望むところだわ、エディ!」
義理の母子は手を取ってクルクル踊り、ついでに追いかけっこを始めた。
植え込みの間をひらり、ひらりと舞うように逃げるリュティシアが楽しそうで、フェリスベルトは目が離せなくなる。
緑がかった黄色い瞳のリュティシアと、淡い緑の瞳のエドゥアルド。
二人は年こそ十三歳差で姉弟でも通用するが、意外に母と子としてしっくり馴染んで見えた。そう思うとふたたびフェリスベルトの胸がざわざわする。
(二人の仲が良いとなんだか苦しい。何故だ)
ありがたいし嬉しいことなのに。
(――前の妻に、申し訳ないと感じているのだろうか)
フェリスベルトは切なさに目を細めた。昔、手のひらからこぼれていった命はもう取り戻せない。あれはあれで――穏やかな日々だった。
「――フェリスベルトさま、教えてくださる?」
いきなりリュティシアが駆けてきてフェリスベルトの腕に触れた。物思いに沈んでいたフェリスベルトがハッとなるのを優しく包むように笑う。
「向こうに咲いている花、私が知らないものなんです。ガルディアは高地で涼しいから、こちらとは植物も違いますのね。アルヴェインのことをいろいろ知りたいわ!」
リュティシアは、新しい婚約者のそこはかとない憂うつに気づいていた。
だからことさら明るく近づいてみる。せっかくなら一緒に幸せになりたいから。
(――やっぱり再婚なんてするつもりがなかったのね。なのに国のため、エディのために責任を果たそうとしているんだわ)
フェリスベルトは前の妻をとても愛していたのだろうか。今もその愛は胸にそのままあるのかもしれない。だったら。
(私はエディの母になれれば、フェリスベルトさまの妻じゃなくても――そう伝えた方がいいのかしらね?)
わりと真剣に検討する。それは白い結婚、というものだ。
リュティシアは恋だの愛だの男女のことだのに興味がないので、ぶっちゃけその方が気楽だと思う。
庭園を並んで歩いていくと、「お父さま、お母さま!」と嬉しそうに呼ぶエドゥアルドの声がした。二人はとりあえず「両親」にはなったらしい。
でも「夫婦」になれるのかどうかは、まだわからなかった。




