4 すげかえ、大歓迎です
アルヴェイン国王とて、王子に嫁いで来たはずの姫を王弟――こぶ付き男の後妻にと提案するのはためらわれた。若くて初婚の王女に対して失礼千万。ガルディアから激怒されても仕方ない。
だが考えてみれば、フェリスベルトは誠実で真っ当な男なのだ。
国王自身は弟として信頼している。政務をある程度担わせて過不足なくこなす能力もあった。第二王妃の子だったことと兄との年齢差からか、遠慮がちに補佐に回ってくれているのが不憫だ。その上妻に先立たれたとあり、良縁があるならば再婚して幸せになってもらいたいと前から思っていた。
「リュティシア王女、話を聞いていただけますか」
新たな婚約者候補となったフェリスベルトはみずから口を開いた。せめてそうしなくてはリュティシアに対して不誠実だと思う。
「せっかくアルヴェインへお迎えしたあなたを、このまま送り返しては友好国の名にもとる。そうせずに済ませるため、できることはないかと方策を探したのです」
婚約のすげかえを兄王に相談されたフェリスベルトは、しばらく考え込んだ末に「アルヴェイン王国のためになるなら」と了承した。だがそれは自分の身もしみじみ振り返った末の決意だ。
エドゥアルドを産んで命を落とした妻のことは、ずっとフェリスベルトの心に影を落としている。しかし母を知らない息子に家族というものを教えてやりたいとも思ったのだ。
「リュティシア王女は明るく優しげなお方です。このエディもあなたの行動力やお人柄を慕っているようだ。あなたのような女性がそばにいてくれたら、私はとても嬉しい」
静かに想いに沈むリュティシアは、ティーカップのふちをツ、と指でなぞった。
「――私のお相手がセミオン殿下でなくとも、国同士の約束が果たされることには変わりない。そうおっしゃるのですね」
「とても失礼な申し出なのは理解しています。私は以前に妻を迎えたことがあるし、息子もいる。それにあなたより十歳も年上だ」
フェリスベルトは切々と訴えた。
「しかしセミオンとの結婚を強行しても夫婦の間にわだかまりが残ります。遥々隣国からお迎えしたあなたに不幸な生活を送らせるぐらいなら私との婚姻を、と陛下は考えたのです。元より拒絶されることを見越してはおりますが、念のために提示した案なのをご承知おきください」
「いいえ。とても素晴らしいお考えですわ」
晴々した笑顔になったリュティシアはフェリスベルトを見つめた。
「――は?」
「それならすべてが丸くおさまりますものね。陛下の慧眼に感服いたしました」
優雅に言い切るリュティシアに、全員がうろたえる。
外務卿は「ガルディア本国に諮ってもいないのに」と。
王は「元はセミオンの我がままなのだが」と。
フェリスベルトは「事態が丸くおさまればそれでいいと? リュティシア王女は自分の気持ちを押し殺すつもりなのか」と。
そしてエドゥアルドは……話がまったくわからなくて。
でもリュティシアは満面の笑みで言い切った。
「そうなれば私、エドゥアルドさまの家族ですもの。こんなに嬉しいことはありませんわね!」
「かぞく……?」
「ええそうよ。エドゥアルドさまのお父さまと私が結婚したら……あら、私ったらもしかして、お母さまになるの?」
ポッと頬を染めて照れるリュティシアの言葉にエドゥアルドは大歓喜だ。
「わあ、お母さま! ルチチアひめさま、お母さまなの? うっわーい!」
やっぱりリュティシアの名前は発音できないのだが、無邪気な歓声が庭園に響いた。
✻ ✻ ✻
「言わせていただきますがリュティさま。『私、お母さまになるの?』とか照れてる場合じゃないですよ」
外務卿に引きずられるように退席し部屋に戻ったリュティシアに、ユーニスは今日も小言をかました。
「リュティさまが結婚するかもしれないのはフェリスベルト殿下です。エドゥアルドさまじゃありません!」
「そうだけど……フェリスベルトさまって紳士で大人で、セミオン殿下よりよっぽどいいと思わない?」
「……否定はしません」
侍女の身で不遜ではあるが、ユーニスだって内心で男の値踏みはしている。
セミオンはたぶん甘ったれで自尊心が強い。きっと自分を褒めたたえ、文句ひとつ言わずに付いてきてくれる女性が欲しかったのだ。体力腕力に勝り意見をハッキリ言うリュティシアとではうまくいかないのが目に見えている。
リュティシアがリュティシアらしく暮らせる結婚を、ユーニスは望んでいた。これでも主人を敬愛してやまないから。
「……だからって勝手に承諾してしまってはいけませんよ。リュティさまの婚姻は国事行為なんですからね」
本当にそれ。
あの時、笑い合うリュティシアとエドゥアルドに外務卿は顔を引きつらせていた。リュティシアが一存で決めていいことではない。
「この件は至急ガルディアへ報告し判断をあおぐのでアルヴェイン国内ではまだ内密に」
そう捨て台詞を残してリュティシアを回収した外務卿は、今頃必死に本国へ書面をしたためていることだろう。
だがそこには――リュティシアは乗り気なこと、フェリスベルトは信頼できそうな人物であること、そしてフェリスベルトの連れ子がもうリュティシアになついていることなども書き連ねられるはず。
外務卿だって、リュティシアの幸せを願っているのだ。
✻ ✻ ✻
リュティシアの幸福を左右する男として急浮上したフェリスベルトは、ぴょんぴょん跳ねて喜びを表現する息子エドゥアルドに手を焼いていた。
王宮の一角を占める王弟一家の居住区。そこに暮らす人は、使用人をのぞけば二人だけだ。だがそれが三人に増えるかもしれない。エドゥアルドは母親ができるのが楽しみすぎて、歌い踊っていた。
「おっかあさまー! おっかあさまー!! ねえ、お母さまってどんなものなの? ぼくルティチアひめさま、やさしくて好き!」
お茶会の間エドゥアルドを包んでいたあたたかいまなざしにはフェリスベルトも気づいている。
席中にリュティシアはそっとハンカチを出し、自分の皿のクッキーを一枚つまんだ。そしてフェリスベルトへ許可を求める視線。小さくうなずき返したらクッキーをエドゥアルドのおかわりにくれたのだ。
(自分の婚約の行方が話されていたというのに……それよりもエディのおやつが気になったのか?)
なんとも豪胆。それとも――。
(どうせ政略結婚するしかない、と人生を諦めている可能性もあるな)
王族ならば命じられるままに結婚するのが当たり前だ。フェリスベルトだって最初の結婚では国内貴族の力関係をかんがみて相手を選んだ。妻となった人に恋などしていなかったが――それなりの愛を育んだと思う。
「お母さま、か……」
エドゥアルドの母親となったことで命を落とした、前の妻。あの人はそれで幸せだったのかと、フェリスベルトはずっと自問している。
だが産みの母を知らないエドゥアルドは、ただただ未来に希望を見出していた。
「お母さまって、いつもいっしょにいてくれるの? おねんねも?」
「それはどうかな」
この話がまとまるとしても、リュティシアはエドゥアルドの養育係になるわけではない。フェリスベルトに嫁ぐ、というのが一義的な役目だ。つまり――夜はフェリスベルトと過ごすのが当然なのであり。
(いや。彼女が望まないなら、そういうことは)
なくても仕方ない。王国の世継ぎなら甥たちがいるし、またエドゥアルドが無事に育つよう努力すればいいのだ。そこは〈育成〉加護持ちとしてのリュティシアに期待していいだろう。
だから周囲からは新たに子を生せと要求されずに済むはずだ。そうであってほしい。
妻になった人にまた死なれてしまうのを――フェリスベルトは怖れているのだった。




