3 婚約に関する実際的な提案
✻ ✻ ✻
翌日、リュティシアは王宮の庭園へ招かれた。内密に相談が、と国王から申し入れがあったのだ。
となるとそれは外交事案に違いない。リュティシアひとりではなく、ガルディアから同行して来た外務卿も同席することになった。ついでにユーニスも後ろに控える。
案内された庭園は王家のプライベートガーデンだった。こじんまりしているが手入れが行き届き、そこここで花が咲いている。そろそろ初夏を迎える風がさわやかにそよぎ、気持ちのいい空間となっていた。
緑の中に足を進めたリュティシアだったが、すぐに可愛らしい声が迎えてくれた。
「ルティティアひめさま、こんにちは!」
エドゥアルドだ。やや舌足らずで名前が正確に言えていない。「ルティティア」と呼ばれてしまったが、リュティシアはニッコリした。
「まあエドゥアルドさま。お会いできて嬉しいです」
軽く膝を折り、紳士に対する礼を取ったらエドゥアルドはハッとしたようだ。胸に右手を当て、貴婦人への一礼をきちんとやり直す。でも顔を上げたらモジモジしているのがわかった。言いたいことがあふれて抑え切れないのだった。
「あの……あのね、きのうはとってもかっこよかったです!」
「お褒めいただいて恐縮ですわ。王太子殿下ご夫妻にお怪我がなかったか気に掛かっておりますけど……」
「それはご心配なく」
そっと近づいて言葉を添えたのは王弟フェリスベルトだった。
青年期を過ぎ、落ち着いた大人の風格をかもし出す男性であるフェリスベルト。だが息子の肩に手をやり微笑む頬がぎこちない。ある理由があって緊張気味なのだ。
しかしリュティシアは甥夫婦を救った人。あらためて頭を下げる。
「二人とも無事でした。リュティシア王女のおかげです。私からもお礼を申し上げます」
「とっさに動いてしまい、差し出た真似だったと恥じ入りました。お許しいただけて感謝いたします」
「とんでもない。それよりあなたのお体を案じていました。もうよろしいのですか」
「なんともありませんわ。驚きのあまり倒れてしまいまして……」
「無理もありませんよ。さあ、あちらでお座りください」
社交辞令の応酬ではあるが、フェリスベルトの態度も言葉も、紳士的で誠実だとリュティシアは判断した。こんな人が相手ならよかったのに。どうしてセミオンが婚約者なのだろう。
リュティシアはうんざりしたのを隠してフェリスベルトについていく。奥の木陰にしつらえられたテーブルで待っていたのは国王ひとりきりだった。そばには給仕のメイドが控えるだけ。あまりに簡素な面会だ。
「ようこそ。昨日は失礼があり、大変すまなく思う」
立ち上がった王の言葉にリュティシアは微笑みと一礼のみで応えた。
国王として、息子の不始末には困ったことだろう。リュティシアはあえて内容に言及しないことで「なあなあに済ませてもいいですよ」と意思表示したのだ。さて、それに対してどんな提案がなされるものやら。
席についたのはリュティシアとガルディア使節団代表の外務卿。相手はアルヴェイン国王と王弟、そしてその息子――というよくわからない顔ぶれだった。茶と菓子を出した後にメイドも人払いされてしまう。
「私の侍女も席を外しましょうか?」
「いや、かまわない――あなたの信用する者ならば」
お墨付きを得てユーニスはそっと数歩後ろに立った。
たぶん侍女ごときにできることは何もないが、これは婚約破棄どうのこうのの話し合いに違いない。一人でも味方が多くいた方が心強いだろう。リュティシアのためにさりげなく圧を飛ばす気満々だ。
「まず、このような場所で会談を開いたことをお詫びしたい」
王は口を開いた。
「このエドゥアルドが伸び伸びしていられる環境でお会いいただきたかったのでな。執務室では堅苦しくていかん」
「エドゥアルドさま、ですか」
妙な理由だ、と本人に目をやったらエドゥアルドはお菓子を目の前にしてウズウズしていた。リュティシアは吹き出したくなるのをこらえる。
「陛下、お茶とお菓子をいただいても?」
「あ、ああもちろん」
許しが出るまで我慢していたエドゥアルドの顔がパアッと明るくなる。リュティシアはカップへ手を伸ばしつつ話しかけた。
「エドゥアルドさま、お茶をご一緒させていただきますね。これはお好きなお菓子ですの?」
「うん! じゃなくて、はい! ぼく、このジャムのクッキーだいすきなの!」
丁寧語を使おうという努力がすぐに霧散してしまうエドゥアルドが愛らしい。大きなクッキーを両手で大事に持ち、あむ、とかじりつく様子も最高だ。リュティシアはまなじりをとろけさせた。
「――して、どのようなお話でしょうか」
リュティシアがエドゥアルドにデレているので、仕方なく外務卿が口火を切った。
なるべく冷静な口調を心掛けたが、昨日のセミオン王子の態度はガルディア王国に対する侮辱だ。それに皆の愛するリュティシア王女を「馬鹿力女」と罵るなど、万死に値する暴言。外務卿は内心たいそう憤慨している。
「愚息が犯した無礼、お詫び申し上げる」
王の謝罪は率直だった。
こんな事態になってしまったら、ごまかしはきかない。広間に居合わせたのは高位貴族たちのみだが、その面前で外交使節団に恥をかかせたのだ。
リュティシアに対する無法は、ガルディア王国そのものを侮ったことになる。だが、そう解釈するのは待ってくれと伝えるための会談だった。
「我が国としてはこの婚約を違えるつもりはないことを明言しておく。破棄するなど、ガルディアとの信義にもとる行為だ」
「さようですな」
外務卿は深くうなずいた。釈明をいったん肯定する。が、聞きたいのは次に続く言葉だった。セミオン自身は態度をあらためるのか。リュティシアへ謝罪し夫婦関係を構築する気はあるのか。
しかし王は眉間に深いしわを寄せた。
「セミオンは……何やら意固地になっておって」
「とおっしゃいますと?」
「愛らしい末姫だと聞いていたので、守るべき、かよわい女性を想像したらしい。行動力のあるリュティシア王女の様子が心底意外だったようでな」
リュティシアはあいまいな微笑みを浮かべ黙っていた。それに関しては悪いことをしたと思う。だが外務卿は冷ややかに問い詰めた。
「ではセミオン殿下の婚約破棄の意思は変わらないのですな。我が国の王女を蔑み、あらためぬと。そのような御仁に我らの大事なリュティシア姫を渡すわけには」
「待たれよ。リュティシア王女をアルヴェイン王家へ迎えたいという我が願いもまた変わらぬ。いや、本人に会ってみていっそう人柄に惚れ込んだ」
いや、リュティシアに惚れられるような人柄があっただろうか。王の言葉を聞きながら心の半分はエドゥアルドのおやつを気にしている王女なのに。
エドゥアルドはお茶をこぼさず飲めるのか。クッキーのおかわりを欲しそうにしているけれど、あまり食べさせては食事に響くだろうか。
渦中の人のくせにそんな態度なのがリュティシアだ。だが王は探るような目をする。
「エドゥアルドのことが気に入ったようで何より。〈育成〉の加護を持つと……子ども好きになるものなのかな」
「陛下、それは」
外務卿はその示唆で察した。この場にエドゥアルドが呼ばれている理由。
王家にリュティシアを迎えたいのは変わらないが、その結婚相手はセミオンではなく――。
「もしや私に、こちらのフェリスベルトさまとの結婚をお勧めなさいますの?」
リュティシアが笑顔で言い放ち、王と王弟はそろって息を飲んだ。
その通り、アルヴェイン国王が匂わせた内容は明け透けに言えば「婚約者の取りかえっこ」。
セミオンが言い出した、第二王子の代わりに婚約する王族男性とは――フェリスベルトのことなのだった。




