2 嫌なのはお互いさま
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「――リュティさま、さっそく〈剛力〉を発揮したのはまずかったですよ。ついでに第二王子をぶん殴ったのも、いけません」
遠慮なく苦言を呈したのはリュティシアの侍女ユーニスだった。
気を失って倒れるフリをして婚約者を殴ったこと、彼女にはバレている。ユーニスは専属侍女として広間の隅に控え、すべてを見ていたのだ。
リュティシアと同い年のユーニスは気心の知れた仲良し。身の回りを整えるだけでなく、何かと大ざっぱなリュティシアを補佐するために一緒にアルヴェインへやって来た。
案の定リュティシアは初日から加護〈剛力〉でやらかし、婚約破棄騒動を起こしてくれた。ユーニスは頭が痛いのだが本人はケロリとしている。
「だって人助けをしたのに婚約破棄ってどういうこと? 何よセミオンさまったら、公衆の面前で吹っ飛んだからって私のせいにして。器が小さいわ!」
「いえ、あの状況ですよ。面目丸つぶれですって……」
普通の王子さまならプライドが粉々になって当然だ。セミオンをかばったユーニスへ、リュティシアは唇をとがらせる。
「まだ挨拶もしていない義理の兄夫婦が亡くなってしまうのは嫌でしょう? 助けられるものは助けないと」
「それはそうですけど。せめて悲鳴をあげて『逃げて!』と叫ぶぐらいにしてほしかったです」
それならセミオンがヘソを曲げることもなかったはず。今さら言っても後の祭りだが。
ひとまず王宮の賓客となったリュティシア。与えられた部屋はゆったり広く、応接室と居間と寝室と侍女の部屋とが備えられている。その居間に食事を運んでもらい、リュティシアは気楽な夕食を楽しんでいた。ガルディアからの一行を歓迎する晩餐会が中止になったからだ。
主役の片方が公の場で婚約破棄を宣言したのだから、晩餐会どころではない。何もなかったように祝宴を開くほどの心臓をアルヴェイン国王は持っていなかった。今頃は甘ったれ第二王子の所業に頭を悩ませていることだろう。
「ふーんだ。あんな方、私だって嫁ぐのはごめんだわ」
「はあ……でも王族貴族の結婚てそんなものじゃないですか? どんな相手でもとりあえず縁だけ結んどけ、ていう」
「わかってるけど! できれば素敵な方がいいんだもの。あーあ、この結婚どうなるのかしら」
互いに不満を持ちつつ、とりあえず婚姻は成立させるのだろうか。
それともリュティシアが帰国するはめになるかもしれない。結婚の前に帰されただなんて、とても不名誉な経歴だ。
リュティシアは〈剛力〉持ちではあるが、心だけならそれなりに乙女だった。どんな婚約者に会えるのか夢を見ながら隣国まで来たのに、対面するなり「馬鹿力」と罵倒されるなんて納得できない。リュティシアは猛抗議した。
「自分より強い妻に恥をかかされた? そんな風に拗ねる殿方なんて幻滅だわ!」
「まあ実際リュティさまの方が絶対に強いですし、それを受け入れてもらえないのは困りますね」
男らしさにこだわり過ぎていじけるなんて、とても男らしくない。
「ああ不愉快! ……それよりユーニス、私のこと『かっこいい』って言ってくれた可愛い子は誰なのかわかる? 王族でしょ?」
「あのお子さまには嫁げませんよ、まだ六歳ですから」
「嫁がないわよ!」
さすがにあの子の成人を待つつもりはない。たんに可愛いからお近づきになりたいだけだ。親戚のお姉さん、あるいは叔母さんとして遊んでみたいじゃないか。
「あれはエドゥアルドさまです。王弟殿下フェリスベルトさまのご子息ですね」
「そう……おしゃべりをたしなめていらした方は王弟殿下なの? 陛下の弟君にしてはお若いわ」
「二十九歳です。陛下と十四歳の差があるのは、お母上が違うからですよ。陛下の母君は最初の王妃さま。その方が亡くなられた後に妃に入られたのがエリセテさまで、今の太后さまです。エリセテ太后さまのお子さまがフェリスベルトさまとなりますね」
「……ユーニス、全部頭に入ってるの?」
つらつらと返答があってリュティシアの食事の手が止まった。そのへんのことはいちおうリストを見せられ教わったが、実際の人に会ってから覚えようとおざなりにしていたのだ。
「当然です。リュティさまが把握してないだろうと思いましたから」
「ああんユーニス、頼りになる!」
「ご自分もしっかりしてくださいよ!」
ユーニスは主人だろうがおかまいなく叱りつけた。だって公の場においては侍女の身で助け舟など出しにくい。本人が対処してくれないと困るのだ。
リュティシアは本国で愛されていた。両親と兄姉たち、臣下の皆。揚げ足を取ろうと狙う連中などいなかった。それにもし物理的に危険な目にあったとしても、加護を発動してぶっ飛ばせばいい。なのでリュティシア本人は油断しまくりで生きてきたのだった。
だがここはアルヴェイン。王族に嫁ぐべくやってきた隣国の姫に対し、どこから反感が出るかわからない。自衛のためには付け入る隙を与えてはならないのだ。
「今日で皆さまの顔は覚えたから、だいじょうぶ。欠席なさったのはエリセテ太后さまだけよね」
「控えめな方のようですね。今の陛下の母君ではありませんし、いろいろ遠慮なさっているのかもしれません」
「あと、フェリスベルトさまの奥さまは……王族のリストになかった気がするけど」
「お亡くなりだそうです。エドゥアルドさまをお産みになった時に」
ぽろ。
リュティシアのフォークから肉が落ちた。とんだ無作法にユーニスがため息をつくが、リュティシアは瞳を揺らして愛らしいエドゥアルドを思い出していた。
(――お母さまを知らないのね。でも元気で利発で、お父さまと仲が良さそうで。ああなんて健気なの!)
末姫として育ったため、リュティシアはいつもお世話される側だった。だが近年になり甥や姪が生まれ、赤ちゃんや幼児の可愛さにメロメロになっている。
エドゥアルドは一番大きな甥よりもちょっと下で、幼さを残しつつ成長いちじるしいお年頃。
「ああもう! 抱きしめてあげたい!」
「……つぶしちゃ駄目ですよ」
「剛力は発動しないでやるから!」
エドゥアルドとお近づきになりたくて、リュティシアは身もだえした。
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広間での式典の最中に天井から落ちた燭台は、鎖の一部が劣化して切れたのだと判明した。かなり古い物ではあるので、ひとまずは事故だと周知されている。
しかし危険にさらされたのが王太子夫妻なだけに疑念と憶測を呼んでいた。すわ暗殺か、と宮廷が色めき立ったのだ。
もしや犯人なのではと噂されてしまっている筆頭は――第二王子のセミオンなのだが。
「私はあんな姫と結婚したくありません!」
自分の状況をわかっているのかいないのか、我を曲げようとせず父王に談判しているところだった。
リュティシアに殴られた鼻には赤い痕が残っていてやや痛々しい。そんな息子をながめ、王は疲れた声だった。
「リュティシア王女はもうアルヴェインに来ているんだぞ。今さらどうしろと言うんだセミオン。この婚姻は国同士の約束、それを破棄するとなれば多大な賠償を要求されても仕方ない」
「……帰国させられないというなら、他の王族との結婚にすげかえればいいじゃないですか」
息子の無茶な提案に王は眉間をもむ。
今の王家に未婚の男子はセミオンしかいなかった。臣下に降りて公爵家を興した元王族でなら相手を探せなくはないが、それを王族に含めてガルディア側が認めてくれるとは思えない。
ガルディア王国は小国ながら、武にすぐれ独立を守ってきた歴史があった。もめたい相手ではない。
「おまえしかおらんだろう。我がままを言うな」
「いやいますよ、ちょうどいい人が――奥方を亡くし、息子がいる。ねえ?」
「セミオン、それは……」
「はは、本当にピッタリだ。あの子は〈育成〉の加護を持つ姫に育ててもらえばいいんです!」
セミオンは軽く言い放った。




