30 反転
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王子二人は気晴らしのため運動をと勧められて剣を振りに行ったのだった。なのに互いの姿が見えたとたん、吸い寄せられるように戦い始めた。
息子たちが起こした事件の報に、王は言葉を失った。フェリスベルトが駆けつけて励ますも打ち沈んで身じろぎもできない。
「傷は深くないようです。お気を確かに」
とはいえ怪我の部位が気になる。目。そして顔だ。生還したとしても治り具合によっては王太子の地位に影響するかもしれない。いったい二人に何が起こったのか――。
「へいか……」
侍従の案内で国王執務室におずおず入ってきたのは、ふるえる小さな声だった。
「エディ? それにリュティも」
「陛下、突然のお目通り、失礼いたしますわ」
エドゥアルドを連れて入室し、深く一礼したのはリュティシアだった。事件を目撃した者として報告せねばならないことがある。
「こんな場合ですので、用件のみ申し上げますわね。パルミロ殿下とセミオン殿下には――何かしらの魔法が掛かっていたのだと思います。」
「リュティ? どういうことだ」
その言葉で国王は顔を上げた。が、フェリスベルトの疑問に口を挟むことはない。このまま直言を許されたと判断し、リュティシアは続けた。
「最近のお二方の状態は明らかにおかしかったかと。先日パルミロ殿下にお会いして、エディは『黒い』と怯えましたの。そして先ほども――戦うお二人を『真っ黒に染まっている』と」
「黒い……」
国王はやっと声を絞り出した。リュティシアは厳しい目で至高の人を見つめる。
「エディ。陛下のご様子はどう見えて?」
「へいかも、ちょっとこわい」
体を縮こまらせたエドゥアルドの言葉にフェリスベルトは目を見開いた。どういうことだ。息子は何を言っている。
「エディ、何が見えているというんだ?」
「フェルさま。先ほどエディが手を触れたら、怪我をした殿下たちを包んでいた黒い影が晴れましたのよ」
「……なに?」
「陛下も最近、妙に胸がふさいだりなさいませんこと? もしそうなら、このエディと手をつないでやってくださいませんでしょうか。お苦しみが晴れるかもしれません」
王はその申し出に眉をひそめた。何を馬鹿な、と思う。だがすぐに手を差し出した。甥と手を取るだけだ。怖れることはない。
「エドゥアルド、おいで」
「……はい」
リュティシアとともに進み出て、エドゥアルドは王の手に手を重ねる。
「……お、おおっ」
「兄上!」
国王がもらしたうめき声にフェリスベルトは焦った。何がどうしたのか、まったくわからない。だが慌てる弟を片手で制した王の顔色はいきなり明るくなっていた。
「どうしたことだ……スウと気持ちが軽くなったぞ」
「は? 本当ですか」
それでもまだ半信半疑のフェリスベルトは息子の顔をのぞき込んだ。父に笑いかける、ホッとしたような顔。
「もうへいか、こわくない」
「なんだって……」
「不思議でしょう、フェルさま? エディが消してしまえる暗い影。もうなんらかの魔法なのではないかと。そんな晶化術はありませんの? 私にはわからなくて」
リュティシアが考えた結論。それはアルヴェインにおいて編み出された特別な魔法なのでは、というものだった。
人を黒い影で包み、心をあやつる。そんな呪いのようなこと魔法としか思えなかった。しかも何故かエドゥアルドはそれを解いてしまえるのだ。
みずからの気鬱が取りのぞかれて、王は戸惑い考えた。
「心に働く――それは晶化術より他にあり得ないが。しかしあれは負の澱みを吸い出すもので」
「いいえ!」
いきなりフェリスベルトが叫んだ。その頬が強張っている。
「反転晶術――取り出し集めた負の結晶を、反転させて人に流し込めば――!」
フェリスベルトが関わってきたのは、機械へと反転させ働かせる使い方。しかし理論上は人間に使うこともできるはずだ。
施術された者の中にその苦しみは溜まっていく。
黒く。真っ黒く。影に飲み込まれあやつられるほどに。だからそれは禁術となっているはず。
「――ジェレミアスはどこにいる」
低い声で王は問うた。
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リュティシアは走った。隣ではフェリスベルトがエドゥアルドを抱き、同じく駆けている。三人で王立結晶院へ向かっているのだ。
「――リュティシアが行かなくてもいいんだが」
「何をおっしゃるのフェルさま。こういうのは毒を喰らわば皿までと言いますのよ」
「まあ、乗りかかった船とも言うな」
そしてエドゥアルドを連れているのは、どうやら件の反転晶術が効かないらしいから。子どもを巻きこみたくはないが、ジェレミアスに対抗する手札の一枚として仕方なく抱いてきたのだった。もしフェリスベルトが動けなくなったら助けを呼びに行くぐらいならさせられる。
王宮の廊下を走る、王弟一家。そんなものを見て誰もがポカンと見送る。だが急ぐのだ。パルミロとセミオンの一件は宮廷に広まっているはずだ。
この犯行にジェレミアスが関わっていないわけがない。王子二人を担当していた晶術師はジェレミアスひとりだ。もしその目的が王子二人の暗殺なら、成功不成功にかかわらず逃亡を企てるだろう。早急に確保しなくては。
「どうしてこんなことをしたのか……問い詰めなければ気が済まない」
珍しくフェリスベルトが攻撃的な言い回しをした。
だがそう感じるのも無理はなかった。ジェレミアスは母エリセテ太后の信任も篤く、幼い頃からそばにいた人物。いつから何を考えていたのか、狙いはなんなのか知りたかった。
「――ジェレミアスはいるか! 勅命である。急ぎ御前へ!」
結晶院に踏み込むなり大声で呼ばわったフェリスベルトに、晶術師たちはうろたえた。いつもおだやかな王弟殿下が血相変えて、しかも一家総出とは何事だ。でもキョロキョロしつつ、下問には答えようとする。
「ジェレミアス殿――おい、誰か知らないか」
「ええっと、さっき確か倉庫の方に」
「倉庫か、わかった」
フェリスベルトはツカツカと急ぎ足で向かう。「呼んで参りますよ!」という制止は無視してリュティシアも小走りについていった。
――だが踏み込んだ倉庫はもぬけの空だった。
「くそっ、逃げられたか?」
踵を返すフェリスベルトの肩を、抱かれたままのエドゥアルドがキュッとつかむ。その声が怯えていた。
「あそこ、くろい」
エドゥアルドが指さすのは、奥の壁だ。首を縮こまらせながら嫌そうに見つめている場所には何もないのだが――。
「隠し扉でもありますの? そういえば前に来た時も、ジェレミアス殿は見当たらなくて……」
「そうか! この先にまだ部屋が……?」
それとも隠し通路か。すでに王宮から出てしまっていたら目も当てられない。
「どのあたりだ、エディ」
「あのね、そっち」
「いや、おまえは手を触れるな。その黒いのが消えてしまったら手がかりがなくなる」
息子の指す壁を探っていき、フェリスベルトが一つの石を押した時、ゴトンと手ごたえがあった。思いもしない軽さで壁が開く。
「本当に隠し扉……!」
「地下への階段だぞ。だが結晶灯火で明るい……ジェレミアスめ、こんな所があったとは」
足を踏み入れようとして、フェリスベルトは迷った。リュティシアとエドゥアルドはここに置いていった方がいいのではないか。だがリュティシアは首を横に振る。
「私の〈看破〉は働いておりませんの。だから危険はありませんわ」
「そうなのか……?」
「ええ。一緒に参りましょう」
リュティシアは自信満々に言い切った。
本当はちょっと不安だ。〈看破〉は無くなったのかもしれない。フェリスベルトに過去を吐露し、「それでいい」と言ってもらえて胸のつかえがおりたから。
でもここで待っているなんて嫌だ。フェリスベルトに何かあったらどうする。それに安全な後方で控えているなんて〈剛力〉姫の名折れというもの!
「さあ、行きますわよ!」
真っ直ぐに見つめられて、フェリスベルトは苦笑いでうなずいた。




