27 王立結晶院
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晶術師が事件に関わっているかもしれないと聞いたリュティシアは、フェリスベルトにおねだりをした。王立結晶院へ連れていけというのだ。
「私、晶化術のことをあまり知りませんもの。きちんと理解したくてと言って案内を乞えば、普段フェルさまが接している方以外とも自然にお話しできません?」
「調査のために、ということか」
やはりリュティシアの行動は積極的で勇ましい方向性になるのだが、それも一理あるとフェリスベルトは考え込んだ。
早く犯人を見つけ出し、安心してリュティシアとの式を迎えたい。もし犯行の目標が王族すべてだったり、あるいはガルディアとの外交を破綻させることだったりしたら、次に狙われるのは二人の結婚式になるだろう。
「……リュティを危ないことに巻きこみたくないな」
それでもフェリスベルトは言ってみた。瞳の色がやや甘くなる。リュティシアは、ポ、と頬を染めてしまった。
「危なくなんか……お勉強をしに行くだけですもの」
「うん、まあ協力してくれるのはありがたいよ。じゃあ手配するから、あまり突っ込んだことを尋ねずにしとやかな王女さまとして振る舞うこと。いいね?」
「……私、しとやかでしてよ?」
シレッと嘘をつくリュティシアを、フェリスベルトは難しい目で見た。信用しきれない。だがまあよかろう。
「そういうことにしておこうか。私のか弱い婚約者殿」
スッと手を取り、甲に口づける。流れるようなその所作に不意をつかれ、リュティシアはされるがままだ。どうにもフェリスベルトには抵抗できないのが不思議だった。
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そして足を踏み入れた王立結晶院は、ぱっと見ごく普通のお役所だった。
全国各地の晶術院から活動報告書が届き、晶術師の給与が計算され支払われ、採集した結晶の輸送手配が行われる。晶術師は数年ごとに研修を受けなくてはならないし、地方から中央への抜擢もその結果次第。組織の運用は公明正大に行われている。
「……もっと怪しい雰囲気の所を想像していましたわ」
リュティシアがもらした感想に、案内役の中年晶術師は笑ってくれた。
「晶化術は魔法ではありますが、表はこんなものです。もちろん実験室は使用中閉め切って、外に危険が及ばないようにしますが……」
「うん、あそこもおどろおどろしくはないな」
結晶を反転させる実験に立ち会ったフェリスベルトは、その中も知っている。どちらかというと殺風景で、余計なものがない部屋だ。
隣国から来た婚約者に不正確なことを教えられない、と言い訳してフェリスベルトは案内を頼んでいる。ごく基礎の話から始めてあちこち見て回るつもりなのだ。
「晶化術にも反転晶術にも、最低限必要なのは陣を描くインクと紙だけ――でいいのだったか?」
「さようでございます。ただ、その製法は晶術師以外には秘密となっておりまして」
「まあ。やっぱり内緒の部分はありますのね」
リュティシアは夢見る顔をしてみせた。
「私にとってはとても不思議な魔法ですのよ……人の体から結晶が採れるだなんて」
「はあはあ。王女殿下はまだ晶化術をお受けになっていらっしゃいませんか。ええと、フェリスベルト殿下もしばらくご利用はなかったような……」
術師は診療記録の収められた棚に案内してみせた。医療と同じように個人の履歴が追えるようになっているのだ。
「どのような種類の結晶を、どれだけ除去したか。それにより心身の調子はととのったか。術師が変わってもいいよう情報を共有しますので、施術過多の事故なども起きません」
「……事故? 晶化術をたくさん受けすぎると危険がありますの?」
「それはもう。結晶の元は人の情動……ということは精神エネルギーなわけです。極論ではありますが、ありったけ吸い出してしまったら生ける屍になるかもしれませんので」
「まあ……!」
恐ろしそうに息を飲むリュティシアに、フェリスベルトは微笑みかける。
「心配することはない。そういう事故がないように管理されている、という話だろう?」
「そうですわね。アルヴェインでは皆さま普通に受けられる診療だと聞きましたもの」
「リュティもガルディアが恋しくて眠れなくなったりしたら相談するといい」
「そんなささいな悩みでも……?」
上品に小首をかしげるリュティシアへ、晶術師はうなずいた。「お気軽にご利用ください」だそうだ。そうやって人々が心の平安を保つことで、争いの少ないおだやかな国民性が保たれているのだから。
「……そうですのね。でもそんなアルヴェインでも、事件は起こるんだわ。人の心とはなんて難しいのでしょう」
リュティシアは表情をくもらせて言ってみた。
二件目にあたる馬車の事故の詳細は伏せられているそうだ。現場検証に参加した一部の術師しか、反転晶術が使われたことは知らない。なのでリュティシアの発言は、最初の燭台落下事件についてだと思われるはず。
「王女殿下には大変申し訳ないことになってしまい……」
やはりそんな反応。案内役にも、付近にいて話を聞いていた者にも不審な素振りはない。それらを確認し、フェリスベルトは婚約者をなぐさめた。
「あの時は驚いたが、私としては嬉しい結果だよ。こんな縁がもたらされるとは思わなかったな」
「私もです……」
はにかむリュティシアを見つめるフェリスベルト。幸せそうなオーラを振りまく婚約者たちをチラ見した人々は、「こりゃ晶化術は当分必要なさそうだ」と思ったとか思わないとか。
次に向かったのは倉庫だった。生成された結晶を見てみたいというリュティシアの願いに応えてのことだ。
普通に採集された結晶は保管庫で厳重に管理されているのだが、倉庫には古い研究サンプルが眠っている。それならば閲覧可能だそう。
「そんなにしっかり保管されて……大変なお仕事ですわね」
「おそれいります。結晶は資源でもありますし、悪用されてはならないものですので」
廊下を歩きながら静かに頭を下げられたが、フェリスベルトは少々踏み込んでみた。
「しかし燭台を落としたのは〈腐〉の結晶だった。あの出どころはわからぬままか?」
「は。大変不甲斐ないことでございますが……ぶっちゃけますと、術師個人が施術の段階で不正を働けば横領は可能だと思うのですよ」
案内役は通る人々をはばかり小声で訴えた。フェリスベルトは眉をひそめる。
施術は晶術師が独りで行うものだ。患者の家族などがその場に立ち会うことも多いが、何をしているかなど素人にはわかるまい。改ざんした記録を結晶院へ提出し、結晶の一部をちょろまかすことは理論上可能だと言われてフェリスベルトはうなった。
「それは……確かに。制度的に改善の指示を出した方がいいだろうか」
「微妙なところです。複数人で診療にあたるとなると人員も足りず、難しくて」
「ふむ。ジェレミアスにでも相談してみるか……」
「ジェレミアスさまなら、倉庫にいらっしゃいますよ!」
すれ違いざまに教えてくれたのは、凍結機械開発にたずさわっていた若手晶術師だった。何やら重そうな書物を何冊も抱えている。
「この本を探しに行って、すれ違いました」
「そうか、ありがとう。私もちょうど倉庫に行くところだ――ところで今度は何をしようとしている?」
フェリスベルトは馴染みの術師がウキウキ歩いているのが気になったのだ。何か思いついたに違いない。相手は待ってましたとばかりに胸を張った。
「これはですねえ、乾燥機を作れないかと思いまして陣の研究を!」
「乾燥……?」
また妙なことを、とフェリスベルトもリュティシアもキョトンとなった。だが
「湿気取りです。感情を〈渇望〉に絞って結晶化したら、なんとかなりませんかね。渇き、てぐらいですから」
「うん……どんな利用法があるんだ?」
「いろいろできますよ。湿度調整が必須の発酵食品とか酒とかの生産が安定するんじゃないかと」
「まあ……」
リュティシアはいたく感心してしまった。雨の日の洗濯物とか、そんなことではなかったらしい。きちんとした産業への応用を目標にしているのか。
「とても面白い研究をなさっているのね」
「ありがとうございます!」
褒められて術師はニコニコと去っていく。普段のフェリスベルトがどんな人たちと仕事をしているのか、片鱗がわかった気がしてリュティシアも満足だった。




