26 陰謀はつながる
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兄王の執務室へ呼び出されたフェリスベルトは、そこに揃った宮廷監察局トップの面々に不穏なものを感じた。かすかな笑みを取りつくろい、尋ねる。
「陛下、今日の議題はいったい……?」
「モンサント侯爵家の馬車についてだ」
王の声音は厳めしい。
これはアデリアの事故に関する調査結果を受けての会議だ。だが、一貴族の枠を超えた事件に発展すると思い、弟のフェリスベルトにも関わらせることにしたのだ。
合図された監察局の男が口を切る。
「――壊れた車軸から、〈腐〉の結晶の痕跡が確認されました」
「なんだって」
フェリスベルトの目が見開かれる。
では、事故は人為的なものだったのか。しかも使われたのは結晶、そして反転晶術。
「燭台の件と同じ手口だと?」
「そうなるな」
王は難しい顔だった。
ならば二つの事件は同じ誰かの犯行だという推論が成り立つ。もちろん偶然、あるいは模倣犯という可能性を捨ててはいけないが。
燭台落下事件において、被害を受けそうになったのは王太子パルミロと妻フロリアーナ。しかし居合わせたガルディア王女リュティシアの機転により助かっている。
ただし当時の広間において、誰が被害者となるかは流動的だったという留保は当然考慮されるぺきだろう。
そして今回の被害者は、モンサント侯爵令嬢アデリア。事故による怪我で第二王子セミオンとの婚約を辞退するはめになった。
この件であり得る別の結末としては、本来の目標はモンサント侯爵その人だった……ぐらいか。
「となると犯人の目的は?」
「絞り切れぬ」
苦々しく首を振った王は、深い懊悩の中にいた。
狙われたのは、パルミロなのか。モンサント侯爵家なのか。それともセミオンの結婚を阻止したいのか。
「……なるほど、どちらもセミオンの婚約が壊れる結果になってはいますが」
指摘され、フェリスベルトは考え込む。そんなことをして利を得る人物などいるだろうか。
「あるいは王家そのものへの不満、かもしれんのだ」
考えたくないが、と王は苦々しかった。
犯人が示したいのがアルヴェイン王権への反旗だとすると、事件が二人の王子につながっていることもうなずける。
「……となると陛下の御身が案じられますね」
「自分を除くなフェリスベルト。おまえも王族の一員だろう。あとエドゥアルド、さらにはリュティシア王女に飛び火すれば外交問題にすらなる」
それが今日、フェリスベルトまで呼ばれた大きな理由だった。息子と婚約者の名が出てフェリスベルトの頬が硬くなる。それはこの世でいちばん大切な存在。低い声が出た。
「……許せません、二人に何かあったら」
「うむ。身辺にはくれぐれも気をつけるように」
「しかし陛下、であれば結晶院への捜査協力要請は?」
フェリスベルトはいま一度ここに居合わせる人員を見た。宮廷監察局――王宮と貴族の問題・事件を調査調停する部局の上層部のみがいて、王立結晶院からは誰も来ていない。
「……晶術師が犯行に関わっているのだろうに、前回も役に立たなんだからな」
王は渋い顔だった。燭台の事件では結局、犯人の目星どころか結晶の出所も不明。結晶在庫に不備は見当たらなかったと報告され、王は結晶院を見限ったのだ。
「なんらかの隠蔽があるとすれば、協力要請はむしろ解決への害となる。外部からの捜査であぶり出すのだ」
「はっ」
皆が頭を下げる。そして王は弟へ目を向けた。
「フェリスベルト、おまえは若い晶術師に近しくしているな。何か嗅ぎつけたら報せるように」
「承知しました」
兄王に対しかしこまりながら、フェリスベルトはため息をかみ殺した。
親しくなった若い晶術師たち。晶化術を有効利用するため邁進する彼らの中に、暗い情熱を犯罪へ傾ける者がいるだなんて考えたくない。
それはもちろん、晶術師を率いてきた結晶院だって同じことだろうが。
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パルミロとセミオンの王子たちにも、同じ内容が通達された。
二件とも故意に引き起こされたもの――聞かされて、それぞれが動揺と疑心暗鬼に叩き落とされる。最近はどちらも暗い想いに取り憑かれたようになっていて、少しの気がかりだけでこの世の終わりな心境になるのだった。
パルミロは疑う。
(王太子たる私の暗殺未遂で、セミオンやモンサント侯爵は悪評を立てられた。それを払拭し同情を買うための令嬢の負傷と考えれば辻褄が合う――自作自演なのでは?)
しかしセミオンも決めつける。
(共通の被害者は私だけじゃないか? ――第二王子たる私の婚約、結婚、そして跡継ぎの誕生を面白く思わないパルミロ兄上が手を回したのだ。きっとそうだ)
二人とも互いの企みなのだと思い込み、怒り、警戒した。
なので当然、正面切って問いただしたりすることもなく――兄弟の心はどこまでもすれ違っていく。
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リュティシアは、みずからの気持ちが不思議で仕方なかった。
フェリスベルトを想うと夢見心地で浮かれてしまう。ふと会いたくなる。離れている間も今どうしているか気になる。
(フェルさま……)
油断すると口をついてしまいそうな、その名前。でもうっかりつぶやくと、聞きつけたユーニスが特大のニヤニヤ笑いを浮かべるので気をつけねばならなかった。
これは、たぶん恋。
リュティシアにとって初めての。
フェリスベルトには、はつらつとした若さはない。ほとばしる情熱をぶつけられクラクラさせられることも。
だけどおだやかな笑顔と優しいまなざし。大人の余裕。遠慮がちに伝えられるリュティシアを守りたいという願い。
そんなものたちがリュティシアの胸に染みわたり満ちていくのだ。
「――リュティさま、フェリスベルトさまがおいでです。お通ししますよ」
居間に顔を出したユーニスが告げて、リュティシアはハッとした。
「え、ああそう。お願いユーニス」
「まあまあ、ぼんやりしてますねえ」
ユーニスはうふふ、と笑う。リュティシアの物思いを恋わずらいだと決めつけているのだ。
まったく失礼な。その通りだけど!
ササッと身だしなみを確認する。リュティシアは最近、青系のドレスを身に着けることが多かった。今日もそう。だってフェリスベルトの瞳が青灰色だからだ。
(フェルさまが下さった手袋も青灰色……自分の瞳の色を贈ってくださるのは、私への独占欲ってことよね?)
いやまあ、婚約者や夫婦としての慣習みたいなものだが。強く望まれていると考えた方が気分がいいじゃないか。
「――リュティ」
しかし入ってきたフェリスベルトの表情は強張っていた。浮かれていたリュティシアの気持ちがスンとなる。
「フェルさま、何かありましたの」
「少し気をつけてほしいことがあってね」
リュティシアは、自分はマズいことをやらかしたかと瞬時に思いめぐらした。それが顔に出ていたのだろう、フェリスベルトは吹き出すのをこらえる。
「そういう意味の『気をつけろ』ではないよ。リュティは何もしていない」
「そ、そうですの」
向き合ってソファに座ると、フェリスベルトは再び真剣な目をした。そしてアデリアの事故に使われた結晶のことを伝えたのだ。王家そのものが狙われている可能性が案じられることも。
「そんなわけでリュティも身辺に注意してほしい。考えてみればそもそもの始まりは、リュティが公式にアルヴェインへ迎えられた式だった。犯人が外交面での不満を抱えている可能性もあり得るからな」
「そうですわね……」
「あと、このことエディへは言わないでくれ。おびえさせたくない」
「わかりましたわ」
神妙にうなずき、リュティシアは可愛い息子のことを想った。あらためて決意する。
「エディのことも、フェルさまも。私が守りますわよ」
「……いや、護衛たちがあちこち点検して頑張ってくれているから。リュティも彼らに守られてやってくれ」
あまり末端まではリュティシアの〈剛力〉のことは教えていないのだ。普通の姫君として振る舞ってもらわねば困る。リュティシアは拍子抜けした顔でスルリと手袋を取り出した。
「万一にそなえていつも持っておりますのに」
「……ハンカチ用の隠しに、その手袋を?」
フェリスベルトの頬が引きつった。手袋を贈ったのは「加護も含めリュティのすべてを受けとめるから不安にならないでほしい」というメッセージ。だがリュティシアは敵と戦うお墨付きを得たぐらいに考えていそうだ。
「……あまり張り切らなくていいんだよ」
フェリスベルトはやんわりと制止してみた。その気持ちはリュティシアにも伝わったが、こちらにも言い分はある。
「だって……私が今いちばん大切に思うのは、フェルさまとエディなんですもの」
いつもより、ちょっと小さな声になってしまった。はっきり「好き」とも言えていないくせに恥ずかしい。
でも言外の意味を受けとめたのか、フェリスベルトは驚きに目を見開き――照れくさそうに笑ってくれた。




