23 一緒に踊ろう
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庶民が集う広場には、色鮮やかなリボンが巻かれたポールが立っていた。てっぺんには旗が飾られ、風にはためく。そこから何本ものロープが地面に張られ、そこにも小さな三角旗が並んでいた。人々はその下で踊るのだ。
「ガルディアではポールではなく高い樹を使って同じように夏至を祝いますのよ」
「そうか……似たような風習はあるんだな。いつかガルディアの祭も見てみたいものだ」
フェリスベルトが言ってくれて、リュティシアはふと故郷の冷涼な風を感じた。
新しい家族と訪れるガルディアの夏。それは心躍る想像だ。エドゥアルドがはしゃいで駆け回り、リュティシアとフェリスベルトはそれを追いかける。夢のような時間だろう。
「――そのうちお連れしたいわ」
「がうでぃあ? ぼく、いきたい!」
エドゥアルドが可愛い声で主張する。もちろん両親としては愛する息子に見聞を広めさせたいと願っているのだ。大きくうなずく。
「ああ。皆で行きたいな」
「エディを置いていったりしないわ」
しかしフェリスベルトは、もう少し別のことも考えていた。
(三人ではなく、エディの弟か妹も一緒に――)
リュティシアの子なら、絶対に可愛い。そう思ったのだが、フェリスベルトの心はそこで立ちどまった。
(いや。その子を産んでリュティに何かあったら)
想像しただけで背すじが冷えた。もうフェリスベルトにとってリュティシアは、失うなんてあってはならない人間なのだ。
「お母さま、おどろ!」
エドゥアルドは無邪気に誘う。
広場の端では町民たちが得意の楽器を持ち寄って即席の楽団を結成していた。ところどころ調子っぱずれになる曲に乗り、人々が手を取り合う。リュティシアもウズウズしてきて、婚約者に許可を求めた。
「踊ってきてもよろしくて?」
「……いや、私も行こう」
フェリスベルトはリュティシアとエドゥアルドをまとめて三角旗の下に連れ出した。一瞬目をまるくしたリュティシアが満面の笑みになる。飛び入り参加の王弟一家に周囲がやんやと喝采した。リュティシアは足を交互に踏み出して踊りながら笑いこけてしまった。
「これ、初めての踊りですわ!」
「う、うん、私もだ」
「ピョンピョンしててたのしいー!」
隣と腕を組み、両脚でステップ。右に動いたかと思うと今度は左。フェリスベルトのぎこちなさが際立ち、応援の手拍子が起こる。
二人でクルクル回るところではエディが両親をくっつけて得意げにした。子どもにとって親が仲良くしているのは何よりの幸せだから。
奇しくも演奏されているこの曲は、長年連れ添った夫婦の仲の良さをからかう歌。そんな風になりたいとの願いをこめて皆が参加するのだった。
「ふぅ……ああ楽しかった!」
曲が終わってリュティシアは、ちょんとカーテシーでフェリスベルトに一礼した。こんな庶民のようなことをさせてしまって申し訳なかったから。
すると踊っていたカップルがあちこちで軽いキスを交わしている。頬だったり、唇だったり。そこまで含めての願掛けの曲らしい。
「ちゅ、てしないの? お父さまお母さま」
「ん、うん。エディそれは……」
咳払いして、フェリスベルトは口ごもった。その隣でリュティシアはほんのり赤くなる。自分が参加したのはそんな決まり事のある歌だったのか。
「あの……申し訳ありませんわフェルさま」
「いや私も知らなくて……」
ごにょごにょ謝罪し合うウブな婚約者たちに、町の人々からは生温かい笑いが寄せられた。そして声が飛ぶ。
「フェリスベルト殿下ー! ご結婚、おめでとうございまーす!」
「お式が楽しみですねぇ!」
「王女殿下、とっても素敵なダンスでした!」
「エドゥアルドさま、可愛さ世界一!」
お祝いと声援に驚いて、リュティシアは広場を見回す。詰めかけた人々が笑顔なことに、ふと心の中で力が抜けた。
隣国から来た、わけのわからぬ加護〈育成〉を持つとされる王女リュティシア。それでもアルヴェインの民は受け入れてくれるのか――。
「――ありがとう、みなさま」
リュティシアは凛と通る声で言うと、優美なカーテシーをしてみせた。
民に対して礼を取るなど――しかしその姿は誇り高く、気品に満ちている。そして振りまいた微笑みは愛らしかった。広場は一瞬ぽかんとしてから、どよめきに包まれた。
「リュティ――」
ひと声で民衆をとりこにしてしまった婚約者にフェリスベルトは内心舌を巻く。
(まったくこの人ときたら――)
たまらなく愛おしい。そう思ったらフェリスベルトの体が勝手に動いた。
リュティシアの頭にそっと片手を添えると、額に軽い口づけ――。
「ひゃんっ」
まったく麗しくない悲鳴をあげて真っ赤に照れるリュティシアに、また人々が喝采を送った。
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「あん、あんな大勢の前で……」
リュティシアはしばらくブツブツ言っていた。うっかり動揺してしまったのが恥ずかしかったのだ。
王宮前広場に戻りながら、フェリスベルトも自分の行動に驚いてはいる。あんな風に愛があふれてしまうとは思わなかった。
でもいい機会だ。折にふれ、こうしてリュティシアへ愛を伝え、恋に落とすことができればと思う。少し調子に乗ってささやいてみた。
「二人だけの時ならよかったのかい?」
「――!」
リュティシアがまた硬直しかける。露骨に顔をそむけるのが可愛くて、フェリスベルトは楽しくなってしまった。
(なるほど、恋とはいいものだ……)
こんな幸せがあるなんて知らなかった。
だがあまりからかうとリュティシアが怒るかもしれない。そのへんの加減をしっかり見極めなくては、と生真面目なフェリスベルトは自戒した。
設置された凍結機械の周りには人だかりができていた。姿を見せた王弟一家に晶術師たちが一礼する。
「すまない、待たせたか」
「いえ。時間通りで」
前の方に招かれたリュティシアたちが落ち着くと、若い技師が声を張りあげた。
「では始めます! まず器に水を注ぎ――」
高い台の上で、ひとつひとつの手順を見せながら技師が機械をセットする。透きとおる〈冷〉の結晶も布越しに持って掲げられ、披露された。
だが機械の中の反転晶術の陣は門外不出。フェリスベルトも目の当たりにしたことはない。その形を知ることが許されるのは晶術師のみだ。
ヴンッ――。
かすかな駆動音に王宮前広場が固唾を飲む。
だが水を凍らせるとなると、さすがに時間がかかるのだ。そこで晶化術による結晶の生成と反転晶術の説明を行う。民衆は晶化術を医療のひとつぐらいに思っていて、魔法だと言われてもピンとこないらしい。
ゆっくり説明される機械の仕組み。しかしエドゥアルドはモゾモゾし始める。
「お父さま、まだ?」
「おやエディ、待てないのは小さな子のすることじゃなかったかい」
そんな会話があってやっと機械が止められた。水の器が取り出されると――。
「凍ってる!」
「夏なのに、水が凍ったぞ」
技師が器から氷の塊を取り出してドンと平桶に乗せると人々から拍手がおこった。
「フェリスベルト殿下、どうぞさわられてみてください」
「うん。リュティ、エディもおいで」
進み出る王弟一家が、順に氷へ手をふれる。しっかり硬く凍っていた。
実験結果に満足げなフェリスベルト、冷たさに笑ってしまうリュティシア、そして「ふわぁっ」と叫んで目をパチクリするエドゥアルドも満点の反応だ。観衆から笑いがもれた。
「さあ、この氷にさわりたい者はただで体験できるぞ! 順番に列へ並んだ、並んだ――!」
そんな誘い文句により広場に列ができる。
だが人々が進むうちに、氷の二ヶ所だけがさわられまくり、溶けだしてしまった。それはどうやらリュティシアとエドゥアルドの触れたあたり。二人の人気っぷりに、企画した技師も晶術師もあっけにとられた。
「――うちの子と婚約者はたいしたものだな」
人気最下位のフェリスベルトは妬くでもなく大真面目に感心し、得意満面。皆が「勝手にしてくれ」と思うぐらいには仲の良い王弟一家だった。




