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拳にモノを言わせますけど、よろしくて?  作者: 山田あとり
時には昔の話を

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22 晶化術の利用法

  ✻ ✻ ✻



 間もなく夏至。祭の支度で街にはソワソワした空気が満ちていた。

 夏至は太陽へ感謝の祈りを捧げる日だ。人々は家の窓に祝いのオーナメントをぶら下げる。いつもは市場が開かれている広場にはポールを立てて旗を飾り、その周りで踊るのも楽しいものだ。

 もちろん屋台が出るので大人も子どもも飲み食いして騒ぐ。そんな雰囲気にまぎれて恋を告白する男女も多かった。



 祭の到来を直前にして、宮廷をひとつの報せが駆けめぐった。第二王子セミオンとアデリア・モンサント侯爵令嬢の婚約が内定したというのだ。


「なんだと……?」


 聞いてこめかみに青筋を立てたのは、王太子のパルミロだった。

 兄弟の婚約、しかも一度婚約破棄をしでかした弟が幸せをつかむというなら喜ぶべきなのだが、パルミロにはできない。いまだに妃フロリアーナに懐妊の兆候がないからだ。

 アデリアとセミオンの方へ先に子ができたら――モンサント侯爵が陰であざ笑うことだろう。王位はもらった、と。


「……っ!」


 パルミロはギリッと奥歯を鳴らした。

 フロリアーナの前で、パルミロは優しさを崩さない。子ができないことではフロリアーナの方が悩んでいると思うから。だが宮廷の表で貴族たちから探りを入れられ憐れまれるパルミロも、限界が近かった。


「――ジェレミアスを呼んでくれ」


 だから晶化術に頼るのは仕方ない。心の澱を結晶化し、取りのぞかなくては。


「最近は、それでもモヤモヤが晴れぬ……」


 ジェレミアスを頼る頻度は上がっている。だがそれでもパルミロの心はスッキリしなかった。どれほど自分は焦り、弟を妬んでいるのだろうか。必ずしも成果をあげずとも気楽に生きられる第二王子という立場がうらやましかった。


 しばらくして居室に通されてきたのは、暗緑色のローブに身を包んだ晶術師。ジェレミアスは静かに頭を下げた。


「――パルミロさま、お呼びとうかがいまして」

「ああジェレミアス。すまんがまた診てくれないか。たびたびで情けないことだが」

「そんなことはございませんとも。お悩みが重なることはあるものです」


 いたわしげな目をするジェレミアスは、あくまで患者の心に寄り添う姿勢を崩さない。それは晶化術に必要なことなのだろうと思いはするが、今のパルミロにとってはありがたかった。


「晶化術を施してもらうと一瞬楽になる気はするのだが……腹の底に黒いものが溜まっていくようで」

「さようですか……しかし一度で大きな結晶を吸い出すのは好ましくありません」

「わかっている。結晶は人の心だ。過ぎた術により廃人になってしまうこともあるのだったな」


 ジェレミアスは無言でうなずいた。それは晶化術の恐ろしい副作用。感情を取りのぞく術であるだけに、澱の量を見誤れば患者は心を失ってしまう。


「なので、少しづつになります。パルミロさまに何かあっては国の一大事でございますゆえ」

「うむ。仕方ないな」


 ジェレミアスはパルミロの手を取り、診察を始めた。腹に溜まっていると訴えられた黒い息吹――確かに感じ取れる。


(これは、おつらいでしょうなあ)


 ジェレミアスはそう思ったが口には出さず、痛ましげな目で晶化術の準備をした。用意していた符のうちの、わりと小さめのものを選ぶ。


「最近ひんぱんに施術しておりますので……大きく取りのぞくのは控えるべきかと。晶化術だけでなく、別の気晴らしも取り入れつつ参りましょう。運動するのもよろしいかと。最近は剣術などなさっておいでで?」

「いや……ジェレミアスでも手の施しようがないのか?」

「何をおっしゃいます。おやめください、そのような悲しいことは」


 さも心外だと諫める顔をしてみせて、ジェレミアスは座るパルミロの背中に回る。そして今日も二枚重ねの符を首の後ろに貼り付けて――晶術師の口の端はニヤリとした。



  ✻ ✻ ✻



「おまつり、たのしみだねお母さま!」


 夏至祭の日、動きやすい半ズボンとシャツでエドゥアルドはピョンピョン跳ねていた。リュティシアもフェリスベルトも港町へ旅をした時のような軽装。家族そろって祭の視察へ出るのだった。


「エドゥアルドさま、くれぐれもご両親さまから離れませんように」


 護衛のトルカートが注意する。くだらないゴロツキにエドゥアルドを誘拐されてしまったのは、護衛たちの痛恨のミスとして脳裏に刻まれていた。


「本日は、それとなくではなくガッチリ警固させていただきます」

「あ……ウチの息子がすまん」


 フェリスベルトは苦笑いだ。カニを追いかけて視界から姿を消した前科を、エドゥアルドは一生こすられ続けるに違いない。

 だがそんな、自然に目を向ける資質は伸ばしてやりたいとも思った。

 今日は王宮前広場で王立結晶院と産業省の共同研究発表がある。結晶〈冷〉を使用した凍結機械のデモンストレーションだ。開発を指示した者としてフェリスベルトは立ち会うつもりだし、エドゥアルドも面白がるだろう。

 だがそれはリュティシアへのアピールでもあった。フェリスベルトはこんな仕事をしている、という。結晶動力に目を輝かせたリュティシアなのだし、気に入ってくれるのではないか。つまりフェリスベルトは、愛しい婚約者から仕事の面でも尊敬されたいのだった。


「じゃあ、お手々をつなぎましょうかエディ」

「うんっ」

「走るのはナシよ。疲れてみんなの前で抱っこされるのは恥ずかしいでしょう?」

「……ぼく、もうおっきいもーん!」


 部屋にいる時には甘えまくってリュティシアにべったりのエドゥアルドなのに、外では一人前に振る舞いたがる。それも成長だ。

 息子の手を取ったリュティシアは、サラリとした生地のワンピースを着ていた。夏らしい水色を選んだのはフェリスベルトの瞳の色も意識してのことだ。グレーのスラックスに白シャツのフェリスベルトも榛色のスカーフをゆるく襟に飾っている。いちおう恋人コーディネートなのだった。

 今日は王弟の婚約者として民の間に出る初めての機会となる。ガルディアの王女は親しみやすく明るい人柄で、王弟一家となじんでいると人々に印象づけねばならなかった。


「まあリュティはいつも通りにしていれば大丈夫だよ」

「あら。信用されてますのね」


 微笑み合って、一行は王宮を出た。

 すぐそこの広場ではまだ凍結機械が準備中。そこにいた晶術師たちと親しく言葉を交わして励ますと、フェリスベルトはリュティシアに説明する。


「機械で氷を作ってみせるんだ。後で見にこよう」

「氷! 夏にピッタリですわね」

「晶化術を反転させる仕組みをうまく使えたと思う。近年でいちばんの発明だな」

「反転……?」


 リュティシアは首をかしげた。

 晶化術が暮らしに利用されているのは知っている。結晶灯火も、結晶動力も。それは晶化術とは違うのだろうか。フェリスベルトは簡単に説明した。


「感情を結晶化するのが晶化術だ。そしてその結晶を、力へと戻していくのが反転晶術。結晶はそこに置いておくだけでは働かないんだよ」

「……灯火として燃えていたのも、反転の魔法がかかっていたのですか?」

「ああ。あの燭台には反転の陣が描かれていてね。だからさわらないようジェレミアスが止めたろう? 普通の結晶ならなんともないはずだけど使用中だったから」

「まあ……まだまだ知りたいことがいっぱいありますわね!」


 リュティシアの瞳が輝く。とりあえず、街の探検に出よう。

 ゆったり歩くフェリスベルトとリュティシアに挟まれて、エドゥアルド。後ろにユーニスとカティアが従い、数歩離れて護衛たちがゆるく一家を囲む。

 都の人々に王弟の姿はよく知られているようだった。あちこちから好意的な歓声が上がり、手も振られる。フェリスベルトはたまに手を上げて応えていた。


「フェルさま、人気ですのね」

「そうかな? 兄上がつつがなく都を守っているから、そのおこぼれだよ」


 それはある。だが民からしてみれば、派手なところがなく産業開発に取り組むフェリスベルトはありがたい王族だ。それに妻を亡くしてから六年もひっそりと独身を貫き息子の養育に心をくだいていたのも好感度が高い。

 そのフェリスベルトがとうとう後妻を迎えるとあって人々はリュティシアに興味津々だ。「王女殿下、ばんざーい」と声が聞こえて、リュティシアは頬を赤らめた。小さく手を振ってみる。


「リュティも人気じゃないか」

「それこそフェルさまのおこぼれですわ」

「お父さまもお母さまも、ぼくだーいすき!」


 ニコニコのエドゥアルドがすべてをまとめてしまい、周囲がドッと湧いた。



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