18 王弟殿下の責任感
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「――では、起動いたします」
ヴンッ――静かな音を立てて回転を始めた、大人がひと抱えにできないほどの機械。フェリスベルトと技師、そして晶術師たちが固唾を飲んで見守る。フェリスベルトは近くに手をかざしうなずいた。
「うん、冷えている」
「ほう……!」
皆から喜びの声がもれた。しばらくして技師が機械を停止させ、蓋を開ける。据えられた筒の中身は、シャクシャクに凍りかけた水だった。フェリスベルトが大きくうなずく。
「よし、成功かな」
「さようですね……一定の、という保留つきではありますが」
ここは王立結晶院の実験室だった。フェリスベルトが命じて行われていたのは、結晶〈冷〉を使用しての凍結機械開発。多岐にわたり結晶の方途を研究するプロジェクトのひとつがこれだ。
技師と晶術師が頭を突き合わせて機器をのぞきこみ、議論を交わす。若い者ばかりの開発チームは和気あいあいだ。
「結晶はまだ残っているな。稼働時間を伸ばして完全凍結までやってみるか」
「その前に外部の断熱性能を改良すべきです。周辺に冷気がもれているのは効率上問題がある」
「確かに。結晶は貴重品だ」
一歩下がって聞きながらフェリスベルトは気持ちが高揚するのを感じた。
(人々の悲しみ、絶望、虚無。冷え切った心から抽出した結晶で、こんなに便利なものが……)
負の感情も、使い方次第で誰かを助ける宝となる。そんな仕組みを作りたいとフェリスベルトは考えているのだ。
しかしこの機械、一般に普及させることはないだろう。動力としての結晶が希少で大量生産できないからだ。
しかしそうとわかっていても製造する価値はある。病気療養などの限定的な使用とはなるが、夏期に氷があれば助かる場面も多いはず。フェリスベルトは、まず療術院への設置を目指して開発をバックアップしている。
「――このぶんなら夏至祭への展示はできそうか?」
フェリスベルトの問いかけに、技師たちは笑顔だった。まもなく迎える夏至の祭。街の広場で製氷を実演してみせようと彼らは張り切っている。
晶化術という魔法は身近なものだが、その結果としての結晶もまた生活に役立てられていると周知したい。それは次代の晶術師を育てることにもつながるに違いなかった。
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「おかえりなさい、お父さま!」
実験の立ち合いで帰りが遅くなったフェリスベルトを迎えたのはエドゥアルドだけだった。リュティシアはもう自分の部屋に引き取っていて、会えなかったことをフェリスベルトはひそかに残念に思う。だがそんな気持ちは欠片も見せず、駆け寄るエドゥアルドの頭をなでた。
「ただいま。いい子にしていたかいエディ」
「うん!」
「今日は何をしていたのかな」
これはいつもの会話。息子がどう過ごしたかを知るのは父として大事なことだ。しかし最近は、リュティシアの様子を聞かせてもらえるのも楽しみになっている。エドゥアルドは目を輝かせて報告した。
「お母さまにキックをならったよ」
「……そうか」
フェリスベルトは笑いをこらえた。スカートの中を気にされたリュティシアは、ちゃんと男性のいない隙にエドゥアルドへ技を披露したらしい。
「いちおう確認するが、その場にヴァルターはいなかったんだな?」
「私は潔白でございますよ、フェリスベルトさま」
主人の上着を受け取りながら、執事はわざと慇懃に一礼する。天真爛漫なリュティシアの振る舞いを見るのは楽しく心躍ることだが、体術を始めた時点で退散していた。
「フェリスベルトさまを差し置いて私がもろもろを拝見するのは、野暮というものでございますから」
「……気づかいに感謝しよう」
リュティシアの夫となるのはフェリスベルト。愛らしいリュティシアの行動の何もかもを知る男性は、まずフェリスベルトであるべきだ。ただしエドゥアルドはのぞく。子どもだし、息子になるのだから。
「あとはねえ、おべんきょうもした。お父さまみたいになってねって、お母さまいってたの」
「そうか……」
それはどういう意味だろう。ただ父親を尊敬するよう仕向けてくれたのか、それともフェリスベルトのことをリュティシア自身も好ましく感じているのか。
「勉強といってもいろいろあるぞ。リュティはどんなことを言っていた?」
「んーとね。かっこいいって」
「うん? 何が……?」
「お父さまのこと」
当たり前の顔をしてエドゥアルドは父を見上げる。父と母、そして自分は仲よしだと疑いもしない瞳だ。フェリスベルトは動揺した。
(仲は悪くない。それはそうなんだが……)
リュティシアと自分は、「両親」ではなく「夫婦」として関係を深められるのだろうか。まあ王族同士の結婚などただの契約なのだから、粛々と婚儀を済ませ、初夜を迎え、義務のように子を産んでもらってもいいのかもしれないが。
(格好いいと評してくれたのか、リュティ……ならば私のことを愛してくれるだろうか)
フェリスベルトはそんな願いを噛みしめた。
早く気持ちを告げてみればいいのに、その勇気は出ない。こう言ってはなんだが、リュティシアは心をぶつけなくとも手に入る状態の人だ。わざわざ気持ちのすれ違いを確認する結果になったらと思うと二の足を踏んでしまう。
エドゥアルドに曖昧に微笑みかけ、フェリスベルトは私室に引っこんだ。
(私のどこが格好いいのだろう。母上からは面白みがないと言われたが)
そう思うと落ち込んだ。茶目っ気たっぷりに振る舞うリュティシアからすれば、つまらない相手なのかもしれない。
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女性に対して不器用な王弟フェリスベルト。しかしその甥である第二王子セミオンはそんなこともない。
王子として憧れられる立場。まあまあ甘い容姿。それらをわかった上で、群がるご令嬢たちから好ましい女性を選ぶつもりで生きてきた。
なのにリュティシアを外交的に押しつけられ、あげく失敗した。あの婚約破棄騒動は人生の汚点だと感じている。
やはり自分の目で、ふさわしい相手を選びたい。そう考えたセミオンは、父王へ掛け合った。
「モンサント侯爵家のアデリア嬢ではいかがでしょうか、父上」
「ふむ……」
国王は熟考した。
王太子パルミロの婚約・成婚時にはモンサント家の長女が退けられている。その妹を弟王子に、というのは有力貴族の勢力均衡をはかるためには悪くない選択だ。
それに多産の家系という売り込みは――実をいうと魅力的だった。
国王夫妻には、男子二人しかいない。その下に生まれた子らは悲しいことに育たなかったのだ。
王族の数が先細り気味なのは王権にとっての不安要素。それもあって〈育成〉の加護を持つというリュティシアを望んだのだが、王子ではなく王弟に嫁ぐことになってしまった。できれば国王の直系で王位を継いでいく方が揉めずに済むと思う。
このまま王太子のところに子ができない可能性をかんがみればセミオンに期待するしかなかった。アデリアは控えめな性格のようだが健康そうだ。セミオンが好ましいと感じるなら夫婦仲も良くなろうし、それが最も重要ではあるまいか。
「――わかった。モンサント侯爵へ打診してみよう」
「よろしいのですか。ありがたき幸せ」
「なんだセミオン、そんなにあのアデリアが気に入ったか。楚々とした娘だったが……」
「ははは。まあなんというか……とても可愛らしく思えまして」
セミオンは照れくさそうにする。
――そして考えていた。可もなく不可もないアデリアなど、妃にしてやれば口ごたえもするまい。アデリアとその実家のモンサント侯爵家を利用すれば、セミオンの子が王位をうかがうこともできるのではないだろうか。




