15 婚約披露の舞踏会
✻ ✻ ✻
宮廷から奥へ戻ったフェリスベルトが珍しく部屋を訪ねてきて、リュティシアは首をかしげた。そして告げられたのは華やかな催しについてだ。
「――舞踏会、ですの?」
リュティシアは目をパチパチする。
「ああ。元々は兄上――陛下の誕生日を祝う会で、毎年恒例なんだが。今回は我々の結婚に向けたお披露目も兼ねることになった。私とリュティも主役のひとりだよ」
「まあ……」
結婚。そう聞くとリュティシアはちょっと照れてしまう。二人の式は日取りも確定し、少しずつ準備が進められているところだ。
式は本格的な夏になってから。少々先になってしまったのは、その前に夏至祭があるからだった。
夏の到来を祝うこの祭は、民が心待ちにするもの。盛大な祝祭と結婚式の時期がかぶるのはよくないとしてそちらを優先させたのだった。
でもリュティシアにとってはそれでよかった。
結婚となると、フェリスベルトの妻であるリュティシアというものをイメージしなくてはならない。エドゥアルドの継母として楽しく過ごすだけではいられない気がしてリュティシアは焦ってきていた。自分はフェリスベルトに何を望んでいるのだろう。
「陛下のお祝いなら、大勢お集まりでしょうね」
「ダンスは得意かな? リュティの身のこなしにキレがあるのは知っているが……」
「まあどうしましょう。私、フェルさまを蹴り飛ばしてしまうかも」
冗談に冗談で言い返し、二人でクスクス笑う。もちろん舞踏会ぐらい立派にこなしてみせるつもりだった。
「婚約者として出る舞踏会は、これが最初で最後だな……リュティは私とうまくいっていると貴族たちに示しておきたい」
「……セミオンさまはお元気ですの?」
いちおう確認した。リュティシアの立場が確固たるものだと誇示せねばならないのは、最初の婚約者だったセミオンのせい。謹慎は解かれたと聞いたが、どうしているのか。
「うーん……表ではしっかり振る舞っているようだが」
「何かご心配がありまして?」
「……先日、パルミロと言い争ったと聞いた。とても仲の良い兄弟のはずなのに何があったのか」
それは王宮の奥向きに仕える者たちがささやく噂だった。王太子パルミロに、弟のセミオンが何やらきつい言葉で食ってかかったとか。そしてパルミロもきつく言い返したらしい。
彼らはフェリスベルトが弟のように見守ってきた甥たちだ。パルミロの結婚やセミオンの婚約破棄などを経て、何かが変わってしまったとしたら仲裁に入りたい。だがフェリスベルト自身がその婚約破棄の後始末に関わる立場になった。それだけにセミオンとの接し方には迷う。
「セミオンにも新しい縁談があるといいんだ。幸せを感じれば、あいつも立ち直るだろう」
フェリスベルトは親身になって案じるのだが、リュティシアにとってセミオンは「甘ったれで失礼な第二王子」だ。勝手になさいませ、と思う。だがさすがに取りつくろって微笑んだ。
「お元気におなりあそばすとよろしいわね」
「……ああすまない。リュティにとっては不愉快な話だったな」
「あら、そんなことありませんわよ?」
「いいや、そういう顔をしている。リュティのことが大分わかるようになってきた」
リュティシアの抱くセミオンへの憤りをとがめることもなく、フェリスベルトは笑う。
この人にはなんだか敵わない気がしてリュティシアは困ってしまった。
✻ ✻ ✻
「王弟フェリスベルト殿下、ご子息エドゥアルド殿下、並びにガルディア王国王女リュティシア殿下――!」
舞踏会の日、王宮の大広間に響く声に応え、三人は優雅に人々の前へ現れた。
婚約者同士が腕を組むのではなく、間に幼いエドゥアルドを挟む形での入場は参会者を沸かせる。大好きな両親と並んでお澄まし顔の小さな紳士は、その愛嬌で貴族たちからも人気があった。
今日のリュティシアのドレスは深い青だ。これはフェリスベルトの瞳が青灰色だから。そしてフェリスベルト本人はグレーを身に着けている。
リュティシアの瞳は榛色。それはエドゥアルドが着てくれていた。互いの瞳の色を服に取り入れるのは恋人や夫婦で行われる愛情表現だが、リュティシアたちはそれを家族で示してみせたのだ。
「リュティシア、とても素敵なドレスね」
ささやいてくれたのはエリセテ太后だった。今日は息子フェリスベルトの慶事でもあるので公の場に姿を見せている。リュティシアとも幾度か顔を合わせていて、親しく名を呼ぶ間柄になっていた。
「ありがとうございます。でも私の髪と合わせると派手な気がして」
「そんなことはないわ。明るい夜空にきらめく月のよう……かしら」
結い上げたリュティシアの蜂蜜色の髪を、エリセテは月にたとえる。
夜の空と言われたドレスだったが、リュティシアが思うのは旅で見た景色だ。服の青はまるで海をまとっているごとくで波音が聞こえる気がした。贈られた貝殻の指輪はこんな場には着けて来られないけれど。
微笑むリュティシアとフェリスベルトを見比べると、エリセテは楽しげに目配せをした。
「フェリスベルトったら美しい婚約者を褒めることもしていないでしょう? 気が利かないわねえ」
「母上……」
フェリスベルトが眉尻を下げる。嫁となるリュティシアをまじえて和やかな空気は、会話が聞こえなくても参列者に伝わった。
だが国王一家が揃うということは、そこにセミオンもいるのだった。
婚約破棄宣言以来の顔合わせになるリュティシアだったが、優雅に一礼する。セミオンも余裕の顔で会釈を返してきた。良くも悪くも王子としてのプライドはある男なのだ。
「エドゥアルドと仲が良いと聞いて、さすが〈育成〉の加護持ちだと感心したぞ。叔父上との式を私も心待ちにしている」
「まあ、ありがとうございますわ。セミオンさまにも良いご縁があるよう願っておりましてよ」
社交辞令ではあるが、やや棘を含んだやり取り。大広間は一瞬ピリッとした。しかしさりげなくフェリスベルトが割り込んでリュティシアを引き離す。国王の横に並んでからささやかれた。
「こういう場でのあしらいは私に任せてもいいんだよ」
「……返す言葉がありませんわ」
いちおう反省する。社交に必要なのは真っ向勝負ではないのだから。
だが、つい言い返してしまった。リュティシアは心意気にまで〈剛力〉を秘めているのかもしれない。
リュティシアはその後、延々続く貴族たちの挨拶は控えめにやり過ごすことにした。
国王を筆頭に王族たちと言葉を交わす人々の列。笑顔で流しつつ、観察し記憶することに注力するのだ。今後王弟妃としてやっていくための下調べとしてちょうどいい。
しかしそこに現れたモンサント侯爵という人には引っかかりを感じた。社交界デビューしたばかりだという次女を連れて悠然と話す大貴族は――、
「王太子妃殿下におかれましても、ご懐妊の報をお待ちしておりますぞ」
にこやかにのたまったのだ。底意を感じる言い方で、リュティシアはさりげなく注視する。
「我が長女はパルミロ殿下にはご縁がありませなんだが……嫁いで早々、子宝に恵まれまして幸せにしておりますので」
モンサント侯爵の令嬢は王太子妃フロリアーナと妃の地位を争い、負けたのだとフェリスベルトが耳打ちしてくれた。その後すぐに公爵家と縁談がまとまって結婚し、もう子を生したと。
つまりこれは、世継ぎを得られずにいる王太子夫妻への当てつけなのだ。うちの娘を選んでおけばよかったのにという。侯爵は余裕しゃくしゃくで笑ってみせた。
「次女の方も嫁げる頃合いとなりました。我が家は多産の家系、孫が増えるのが楽しみですわい」
そう言い放つ目は第二王子セミオンへ秋波を送っている。侯爵は、リュティシアと破談したセミオンの婚約者として次女を売り込むつもりなのだった。
「ほう……」
セミオンが小さく声をもらす。
父侯爵の一歩後ろで恥ずかしそうに微笑む娘は愛らしく控えめ。セミオンにとっては好ましい雰囲気だ。王子へ嫁ぐにふさわしい家格もあり、フロリアーナ妃の実家マラカナン侯爵家への牽制としても釣り合いの取れる話になる。
(あらあら面倒くさいわね)
リュティシアは目の前で展開される政治劇にあくびをかみ殺した。
貴族社会では、もったいぶって回りくどい言い方が普通。しかし「言いたいことがあるなら、さっさとおっしゃればよろしいのに」と思ってしまう。
しかしリュティシアだって、今後は「まずいことになったら拳で解決」とはいかなくなる。結婚に際してその点はつらいところだった。




