14 息子への英才教育
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尋問の結果、ゴロツキたちの行動は反逆などではないと判断された。だがもちろん罪には問われる。
妙に強い女性、そして秒で駆けつけた護衛官らに取り押さえられた誘拐犯たちは、港町の牢に囚われてみずからの不運を泣いたらしい。
あっという間に解決をみたそちらに比べ、王都での捜査は難航していた。例の燭台落下事件のことだ。
現場の広間には常々たくさんの人間が出入りしていた。掃除の使用人なども含めると、とても容疑者など絞り込めない。
結晶の方も調査した結果、紛失したものはないということになった。晶術師が持ち帰った結晶は種類と分量とできちんと管理されているが、使用されたものと残量の記録を照合しても不審な点はない。使われた結晶の出どころは謎のままだ。
「そうか……この件はリュティシアも気にかけているのだが迷宮入りなのかな。その後は何も起こらないし手の打ちようがなさそうだ」
王都へ戻ったフェリスベルトは王立結晶院に顔を出していた。事件の話をしに来たのではない。結晶動力による船の運航について、出張の成果をすり合わせるための会議なのだ。
ついでの下問に答えたジェレミアスは、旅の様子に話を変える。初めて海を見ると張り切っていたエドゥアルドやリュティシアはどのように過ごしていたのだろう。
「王女殿下はご視察の間、いかがでございましたか」
「とても楽しんでくれたようだ。あの人は心根が明るくていい」
フェリスベルトはあたりさわりなく答えた。
誘拐騒動の顛末を語ってしまうと、加護の秘密にもふれることになってしまう。あまり余人に知らしめることではない、という判断だ。
「帰路の船足については驚いていたぞ。帆を畳んでいても走る船だしな。リュティシアは櫂でこぐ小さな舟しか知らなかったらしくて、船べりから川面をのぞきこまれた。誰もこいでいないと言ったのに」
「みずからお確かめになるとは。好奇心旺盛なお方ですなあ」
他の晶術師たちからもにこやかな反応が返ってくる。活動的で愛らしいリュティシアの味方が増えることをフェリスベルトは望んでいた。
「その結晶動力についてだが、やはり安定調達は厳しいだろうか。あれを常用できれば王都への物資輸送がかなりはかどる」
「さようでございますが……なんといっても晶化術の結晶は、人の苦しみ悲しみによるものですので。人々が安寧のうちに暮らすためにいる我ら晶術師。結晶の生産が増えるようにとは願えませぬなあ」
「もちろん私もそうだ」
フェリスベルトは苦笑いした。王弟の自分にも民の幸せを守る義務がある。
「となると緊急用だな。まあそれだけでも助かる。このような発展的利用法をもっと研究してみたいところだ。協力してくれ」
先を見据えるフェリスベルトの指示に晶術師たちは頭を下げた。
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リュティシアが持つ加護の真実について、エドゥアルドには内緒にされた。うっかり口をすべらせないとも限らない小さな子どもだからだ。
エドゥアルドは普通の兵士や騎士の強さすら、ろくに目の当たりにしていない。なのでリュティシアの闘いの異常さはわからなかったようで――。
「ぼく、お母さまみたいになりたい。おけいこしたいの」
真剣にお願いされてしまった。居間のソファでくつろぎながらだが、子どもなりに大真面目な顔をしている。
「お母さまはガウリアのみんなのおけいこをみてたから、つよいんでしょう? まちのおじさんはケンカのやりかた、しらないんだね」
「うーん、そうかもしれないわ」
確かにリュティシアは、〈剛力〉を活かすために武術の基本は習った。「町のおじさん」ごときより喧嘩のやり方には詳しいかもしれない。でもその言われ方にフェリスベルトは笑ってしまった。
「リュティは頼もしかったけど、エディが学ぶべきは剣や馬かもしれないぞ」
「うわぁ、それもカッコいいねえ」
「だろう? そうだな、あとは兵の動かし方……その前に国同士のやり取り。エディは何かあった時に皆の上に立ちパルミロ王太子を助けなければならない。なるべく兵を傷つけないように、民を飢えさせないように国を守るんだ」
「いちばん難しくて大変なことよ。エディは頑張れるかしら?」
「……がんばるっ」
エドゥアルドが王族の責任を本当に理解するのはまだ先のこと。だが今からでもその気概を教えるに早いことはない。
とはいえエドゥアルドには貴族の義務よりも、紳士たるべきという心が先に根付いているようだ。リュティシアを見つめフンスと鼻息を荒くする。
「ぼくは子どもだから、よわいよね。でもがんばってつよくなって、おとなになったらぼくがお母さまをまもるの!」
「まあエディ……ありがとう、頼りにしてるわ」
むぎゅ、と息子を抱きしめてリュティシアはとても幸せだった。とろけそうな笑顔をフェリスベルトにも向ける。
「エディのこんな志は、フェルさまがお手本になっているからですわね」
「いや……そう、かな。うん」
フェリスベルトはドギマギした。愛に満ちた笑みで心拍数が跳ね上がる。それに「フェル」という言い方も嬉しかった。
フェリスベルトが「リュティ」と呼ぶならリュティシアからは「フェル」で、と決めたのだ。なんだかとても気安くて近くて、相思相愛のように聞こえていい。
フェリスベルトはリュティシアのことをとても好ましく思っている。エドゥアルド誘拐事件を経て、その気持ちは強まった。
(――舞うように敵を倒す姫君など、他にいるものか)
リュティシアの鮮烈な行動は、フェリスベルトの心に深く刻み付けられたのだ。まあ――女性の趣味がおかしいと謗られるかもしれないとは思うが。それだけでなく優しさやお茶目なところだって可愛いと感じているのだから、問題なかろう。
だがフェリスベルトは、リュティシアの心がどこにあるのか不安だった。
元から政略結婚を強いられてこの国へ来たリュティシアだ。エドゥアルドの母としてなら、と婚約してくれただけかもしれない。そのおそれがずっとぬぐえずにいた。
「ねえねえ、お母さまのバーンッていうキック! ぼく、もういっかいみたい!」
「まあエディ」
母親へのおねだりとして、ずいぶんおかしなことをエドゥアルドが言い出した。でもリュティシアは平然と立ち上がる。
「仕方ないわね、お手本を見せるわ」
「だめですリュティさま! スカートですよ!」
壁際からユーニスが悲鳴をあげた。侍女として、なるべく口出しせず静かにしていたいのにリュティシアはどうしてこうなのか。フェリスベルトも目を泳がせる。
「あー、ゴホン、私もちょっとそれは目のやり場に困るな」
「嫌だわフェルさま。中が見えないような足さばきぐらいできましてよ?」
「そ、そうなのか……?」
「フェリスベルトさま! リュティさまに言いくるめられないでくださいっ!」
抗議するユーニスと、横で笑い死んでいるカティア。これは、なごやか……と言っていいのかどうか。
でもリュティシアは幸せだと感じた。フェリスベルトはそのままのリュティシアでいいと言ってくれたから。
やはりフェリスベルトは大人なのだ。心に余裕がある。ゴロツキ相手に立ち回りを演じる女へ「そのままで」と言える男がどれほどいるだろう。
リュティシアはしとやかに微笑んだ。軽く拳を握る。シュ、シュッ。
「エディ、パンチのお稽古にしましょう」
「わーいっ、おしえておしえて!」
「でもその前にお約束。弱い者をいじめるのには使わないこと。よろしくて?」
「……はいっ」
エドゥアルドがキリリと返事し、リュティシアは微笑んだ。これは幼い性根に叩き込んでおかなければならないこと。
力を得たならば、弱きを守れ。悪をくじけ。
――だって、その方が気持ちいいですものね!




