13 覚悟はよろしくて?
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薄暗い小屋の中には古びた櫂や漁網、ザルと桶が積み上げられていた。
それらのすき間に縛られて転がされているのは上品な仕立てのシャツと半ズボンを身に着けた男の子――エドゥアルドだ。
「んー! むーう!」
「うるせえぞガキ!」
口に布をかまされたエドゥアルドがうなるのを、ひとりの男がぞんざいに一喝した。
「いい家の子みたいだな……上等な服じゃないか」
「へへ、いくら吹っ掛ける? 親は王都の奴だぜ」
男たちは三人。ゴツい体格のオッサンと、ヒョロい体格の若いのと、チビのオッサンだ。
そのチビは――リュティシアが指輪を買った露店の裏から、一行をのぞいていた男だった。あの時にエドゥアルドに目をつけ、身代金目的の誘拐をたくらんだのだ。
軽装で、護衛とも距離を空けて歩いていたリュティシアたち。まさか王弟一家だとは思いもよらないゴロツキどもは、気軽に人さらいに及んでしまった。知らずに国賊と成り下がった男たちは、まだ小銭稼ぎくらいの気分でいる。
「ガキは閉じ込めておいて、さっさと親に談判しに行こうぜ。役所に駆け込まれちゃあ困る」
「ああ、そうか」
「だからいくらにするよ? 少しはいい目を見てえなぁ」
言い合いながら男たちは立ち上がる。その時――。
バキィィッ!
ボロい扉が砕け散った。外の光が差し込む。男たちは仰天し、ワタワタと腰が引けた。
「……なっ!?」
「――うちのエディがここにいますわね?」
鋭い声はリュティシアのものだ。
スッと下ろした右脚は、今この扉を蹴破ったから。腕はいつでも闘えるよう構えている。
そんな姿でもエドゥアルドにとっては救いの女神。歓喜して母を呼ぶ。
「んむーむむーっ!」
「ええ、お母さまが迎えに来たわよエディ! あぁん怖かったわねえ」
戦士のごとき厳しい視線が、瞬時に慈母になる。
その後ろにはトルカートら護衛たちが頬を引きつらせながら従っていた。リュティシアのこんな姿、予想だにしないじゃないか。そりゃ活動的な女性だとは思っていたけど!
さらに後ろでフェリスベルトも絶句していた。
漁師小屋の前に到着するとリュティシアは、ここに犯人とエドゥアルドがいると断言した。と思ったら止める間もなく「行きますわ」と拳を握り軸足を踏み込み扉を――。
(鮮烈すぎる。こんな姫君がいるなんて)
フェリスベルトは壊れた扉の前で凛々しく立つ背中に目を奪われ、動けなかった。リュティシアは怒りに燃えつつ静かに告げる。
「あなたがた、よくも私の息子に手を触れましたわね? その蛮行、後悔させますわ――覚悟はよろしくて?」
リュティシアがグッと肘を引く。微笑みはどことなく凄惨だ。
そして――加護〈剛力〉を発動!
ゴロツキたちには、格の違いを悟る間すら与えられなかった。
ゴツいのが殴られて壁まで吹っ飛ぶ!
ヒョロいのが蹴られて窓を突き破る!
チビがポイと投げ捨てられて護衛たちの前にはいつくばる!
「は、犯人を確保せよ――!」
小屋に護衛たちがなだれ込んだ。リュティシアは伸した相手に目もくれず、人質の元へ駆けつける。
「――エディ!」
リュティシアは素早くエドゥアルドを解放した。大きな怪我がないことを確かめ、そうっと抱き上げる。砂浜で遊んだままの裸足がこんな場所では痛々しかった。
「エディ……ああエディ、ごめんなさい。目を離したりして」
「お母さまぁ……! ぼくもごめんなさい、カニさんをおいかけて、とおくまでいっちゃったの」
「エディ! リュティシア!」
フェリスベルトも血相変えて飛んでくる。武闘派ではないフェリスベルトは、突入に参加するのを全員から禁じられて後ろに控えさせられていたのだ。
「エディ……」
そんな自分への情けなさもあり、フェリスベルトは顔をゆがめる。リュティシアごとエドゥアルドを抱きしめた。
「すまない、のんびり遊ばせてやりたくて護衛を遠ざけておいたのがまずかった」
「お父さま……ふぇっ、ふえぇーん」
「エディ、泣くな。もう大丈夫だ」
感動的な親子の再会。そして流れで一緒に抱きしめられているリュティシア――なのだが、どこまでも勇ましい〈剛力〉姫は甘い雰囲気をブチ壊す。フェリスベルトに息子を渡すと凛々しく言い放った。
「フェリスベルトさまのせいじゃありませんわ――悪いのは、あいつらです!」
ビシッ。
リュティシアはお縄についたゴロツキどもを指差した。その手の関節が薄っすら赤くなっている。気づいたフェリスベルトは息を飲んだ。
「リュティシア、手に傷が……」
「え? ああ、ちょっと殴り飛ばしましたから、そのせいですわね」
「お母さま、カッコよかった!」
「うふふ」
「笑い事じゃないぞ! ヴァルター!」
フェリスベルトはズンズンと大またに歩いて外へ出る。エドゥアルドを片手に抱き上げ、もう片手はリュティシアの背に添えて、だ。
「ヴァルター、リュティシアが怪我をした。すぐに手当てを」
「えええっ!? リュティさまでもお怪我なんてするんですか!」
荒事から引き離されて待っていたユーニスが大声をあげる。それは青天の霹靂。でもリュティシアは必死に否定した。
「ちょっとこすって赤くなっただけよ。それよりエディが縛られてすりむいたかも。診てもらわなくちゃ」
「ぼく、もういたくない。げんきだよ」
「まあエディったらなんて健気なの……!」
ピンシャンして笑い合う家族。その前に引き出された犯人たちの方は、ボロボロに痛めつけられている。立ち回りをしたのはリュティシアひとりなのに。
フェリスベルトが婚約者に迎えた姫君は、いったい何者なのか。王弟殿下に仕える人々は顔を見合わせた。
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「加護〈剛力〉――?」
「それと、うまく使えませんけれど〈看破〉ですわ。私が授かった加護は――三種類ありますの」
宿に戻った一行にはひとまず緘口令がしかれた。そしてリュティシアの部屋にフェリスベルトが訪れている。リュティシアが発動した加護。まずは婚約者であるフェリスベルトに話を聞く権利があると思われた。
ここにいるのはリュティシアとフェリスベルト、そしてユーニスだけ。多重の加護、しかも戦士じみた〈剛力〉と〈看破〉という秘密はあまり広めるべきではない。
「それでエディの居場所を……ああ、あの燭台の件でも?」
「ええ。私の〈看破〉はあんな直前にしか働きませんので……だから政略にも事件の捜査にもあまり活かせませんわ。半端な力ですわね」
強がりながらもやや陰を感じさせるリュティシアの口ぶり。そんなことは珍しい。フェリスベルトは首を横に振った。
「見事にエディを助け出したじゃないか。ありがとう」
「フェリスベルトさま……」
「あと、扉を蹴破るあなたの姿は頼もしかった。さすがにトルカートたちも、ぼう然と見ていたな」
加護を使ってエドゥアルドを救ってくれたリュティシア。フェリスベルトは本気で讃えたのだが、リュティシアはしょんぼりする。
「……こんな乱暴女、フェリスベルトさまにはふさわしくありませんわね」
つぶやいた声は小さくて、怖れを含んでいる。後ろで聞いていたユーニスがハッとした。
とにかくエドゥアルドのことだけを考えて加護をさらけだしてしまったリュティシア。だけど今になって不安に押しつぶされているのだ。また婚約破棄か、と。
「リュティシア――」
フェリスベルトの声は揺れていた。それでリュティシアはうつむいてしまう。真っ直ぐ目を見たまま「国へ帰れ」と言われたくはなかった。それにフェリスベルトだって、にらみつけられながらでは断りにくいだろう。
――だが聞こえた言葉はまったく違うものだった。
「――いや、リュティ。リュティと呼んでもいいかい?」
「え?」
「愛称でもいいと言ってくれただろう。それはまだ有効かな」
「フェリスベルトさま……」
やや照れくさそうに微笑むフェリスベルトのことを、リュティシアはポカンと見つめる。
「私、婚約者のままでいてよろしいの……?」
「あたりまえだろう。いや、私の方こそ息子の救出への参加を止められる不甲斐ない男なのだが……見損なったんじゃないか?」
「いいえ! フェリスベルトさまはキチンと現場の指揮を執りましたわ。人には適材適所というものがありますもの。武にすぐれる者、知にすぐれる者があっていいのです」
「うん。だったらリュティにひらめきと腕力があるのも問題ないだろう?」
言いくるめようとするフェリスベルト。その言葉にリュティシアは目を見開いた。
(いいの? このままの私でいいの?)
驚きにちょっとだけ泣きそうなリュティシアの手をフェリスベルトはソファの向かいから乗り出してそうっと握った。
「リュティは唯一無二の人だ。できるならこのまま家族になってほしい。ああ……でも何かをぶん殴る時には、手袋をした方がいいかな」
そんな冗談を聞きながら、ユーニスは出来る限り気配を消して壁になっていた。同席したことを後悔する。
(私がいなければ……口づけるなりなんなり、できたかもしれないのに!)
いや、そんな心配は無用だ。
フェリスベルトはとても紳士な男。あるいは慎重――ビビリともいう。
リュティシアの心がどこにあるかわからない状態で女性にそんな振る舞いができるようなら、苦労はしないのだった。




