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# 第八話 ## 「走れ、誠一!」

# 第八話


## 「走れ、誠一!」


運動会当日。


空は雲ひとつない青空だった。


---


校庭には色とりどりの旗。


保護者たちの笑顔。


子供たちの歓声。


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そして。


---


「帰りたい……」


---


中村誠一、七十二歳。


朝から弱音全開だった。


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「誠一じい!」


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美月が駆け寄る。


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「元気出して!」


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「膝が元気じゃない」


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「気持ち!」


---


「気持ちも怪しい」


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美月は大笑いした。


---


開会式が始まる。


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ラジオ体操。


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その時点で老人組は息が上がっていた。


---


村上が言う。


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「まだ競技が始まっていないんだが」


---


和子が答える。


---


「もう帰りたいですね」


---


「同感です」


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子供たちは爆笑だった。


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最初の競技は玉入れ。


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誠一は気合十分。


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「今度こそ入れる!」


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結果。


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一個も入らなかった。


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「なぜだ!」


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「中村さん!」


黒川先生が叫ぶ。


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「かごじゃなくて校長先生を狙っています!」


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また大爆笑。


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校長先生も笑っていた。


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そして。


---


問題は午後だった。


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「次はクラス対抗リレーです!」


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アナウンスが響く。


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誠一は拍手していた。


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自分には関係ないと思っていた。


---


その時。


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「誠一じい!」


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健太が叫ぶ。


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「出番だぞ!」


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「は?」


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「アンカーだ!」


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「はぁ!?」


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誠一は固まった。


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事情を聞く。


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本来出る予定だった老人組の一人が、


昨日ぎっくり腰になったらしい。


---


そして。


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なぜか誠一が選ばれた。


---


「なぜ俺だ!」


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「暇そうだから」


健太が言った。


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「理由が雑すぎる!」


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美月が笑う。


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「頑張れ!」


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「頑張る前に病院へ行きたい!」


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だが。


---


時間は待ってくれない。


---


リレー開始。


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子供たちが全力で走る。


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歓声が響く。


---


誠一はバトンを握りながら震えていた。


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心臓がうるさい。


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足も震える。


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若い頃なら笑っていた。


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でも今は違う。


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転んだらどうしよう。


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失敗したらどうしよう。


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みんなに迷惑をかけたらどうしよう。


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そんなことばかり考えていた。


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そして。


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ついにバトンが来る。


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「誠一じい!」


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健太が叫ぶ。


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「頼んだ!」


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バトンを受け取る。


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その瞬間だった。


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美月の声が聞こえた。


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「誠一じいー!!」


---


振り向く。


---


みんなが応援していた。


---


和子も。


---


村上も。


---


黒川先生も。


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子供たちも。


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全員が。


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「頑張れー!」


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誠一は思った。


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勝たなくていい。


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速くなくていい。


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ただ。


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最後まで走ろう。


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そう決めた。


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誠一は走った。


---


全力だった。


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七十二歳なりの全力。


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速くはない。


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お世辞にも速くない。


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だが。


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誰よりも一生懸命だった。


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途中で足がもつれそうになる。


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歓声が上がる。


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「転ぶなー!」


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「頑張れー!」


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誠一は笑った。


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なぜだろう。


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苦しいのに楽しかった。


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胸が熱かった。


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そして――


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ゴール。


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誠一は転がるように飛び込んだ。


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砂ぼこりが舞う。


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校庭中から拍手が起こった。


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順位は二位。


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優勝ではない。


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でも。


---


みんな笑っていた。


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「やったー!」


---


健太が抱きついてくる。


---


「誠一じいすごい!」


---


「死ぬかと思った……」


---


「かっこよかった!」


---


美月が言う。


---


誠一は思わず笑った。


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「人生で初めて言われたかもしれん」


---


すると。


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村上が近づいてきた。


---


「中村さん」


---


「なんです?」


---


「あなた、意外と速いですね」


---


「嫌味ですか?」


---


「半分くらい」


---


二人は笑った。


---


閉会式。


---


校長先生が言った。


---


「今日の運動会で一番輝いていた人を知っていますか?」


---


みんなが首をかしげる。


---


校長先生は微笑んだ。


---


「最後まで諦めなかった人です」


---


誠一はその言葉を聞きながら空を見上げた。


---


人生も同じかもしれない。


---


若い頃の夢を叶えられなくても。


---


失敗ばかりでも。


---


途中で遠回りしても。


---


最後まで諦めなければ、


人生はまだ終わらない。


---


七十二歳。


---


ランドセルを背負った一年生は、


またひとつ成長していた。


---


だがその夜――


---


誠一のもとに一本の電話がかかってくる。


---


十年以上連絡のなかった、


娘からだった。


---


### 次回


# 第九話


## 「娘からの電話」


「お父さん……元気?」


久しぶりに聞く娘の声。


喜ぶ誠一。


しかしその電話は、


止まっていた親子の時間を動かし、


胸の奥にしまっていた後悔を呼び起こす――。


涙の家族編、開幕。


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