# 第六話 ## 「運動会なんて無理だ!」
# 第六話
## 「運動会なんて無理だ!」
「みなさんにお知らせがあります」
朝のホームルーム。
黒川先生は笑顔だった。
こういう時の先生は危険である。
誠一は最近学んだ。
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「来月、運動会を開催します」
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教室が静まり返る。
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そして。
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「ええぇぇぇぇぇぇ!?」
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老人組が一斉に叫んだ。
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「無理!」
「絶対無理!」
「膝が反対する!」
「腰も反対だ!」
「心臓も反対してる!」
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子供たちは大爆笑だった。
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健太が言う。
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「なんで?」
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「なんでじゃない!」
誠一が立ち上がる。
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「七十二歳だぞ!」
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「でも歩けるじゃん」
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「歩くのと走るのは違う!」
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「同じだろ?」
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「全然違う!」
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健太は納得していない。
子供は恐ろしい。
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その日の昼休み。
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老人組の緊急会議が開かれた。
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誠一。
和子。
村上。
そして数人のおじいちゃんおばあちゃん。
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議題は一つ。
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**運動会をどう回避するか。**
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「雨乞いはどうですか」
和子が言う。
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「一か月ずっと雨は無理でしょう」
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「仮病は?」
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「全員同時は怪しい」
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「先生を説得する」
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「一番無理だ」
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全員うなずいた。
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そこへ黒川先生が現れる。
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「楽しそうですね」
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「全然楽しくありません」
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誠一が即答した。
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先生は笑う。
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「安心してください」
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「本当ですか?」
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「全力疾走はありません」
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老人組の表情が明るくなる。
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「本当に?」
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「本当です」
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「よかった……」
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しかし。
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「その代わり全員参加です」
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絶望だった。
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その日の放課後。
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誠一は一人で校庭を歩いていた。
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夕日がきれいだった。
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昔を思い出す。
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小学生の頃。
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運動会が大好きだった。
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徒競走。
玉入れ。
綱引き。
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勝っても負けても楽しかった。
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いつからだろう。
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勝つことばかり考えるようになったのは。
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失敗を恐れるようになったのは。
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「誠一じい!」
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振り向く。
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美月だった。
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「何してるの?」
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「運動会から逃げる方法を考えてる」
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「諦めて」
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即答だった。
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誠一は笑った。
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「厳しいな」
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「だって一緒に出たいもん」
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その言葉に、
誠一は少し驚く。
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「俺と?」
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「うん!」
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美月は当たり前のように言った。
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「だって同じクラスだもん!」
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誠一は空を見上げる。
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同じクラス。
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ただそれだけ。
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でも。
その言葉が妙に嬉しかった。
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数日後。
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運動会の練習が始まった。
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最初の競技は玉入れ。
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「これは余裕だな」
誠一が言う。
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しかし。
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一球も入らない。
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「おかしい」
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二球目。
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入らない。
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三球目。
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隣のクラスへ飛んでいった。
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「中村さん!」
黒川先生が叫ぶ。
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「狙う場所が違います!」
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教室中が大笑い。
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誠一も笑うしかなかった。
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そしてその時。
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ふと気づく。
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自分は最近、
よく笑っている。
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定年前は、
仕事ばかりだった。
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定年後は、
一人だった。
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でも今は違う。
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失敗しても笑う。
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誰かと笑う。
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それだけで、
毎日が少し楽しい。
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練習が終わる頃。
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黒川先生が言った。
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「運動会で一番大事なのは勝つことではありません」
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みんなが聞く。
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「みんなで頑張ったと思えることです」
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誠一はその言葉を胸の中で繰り返した。
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勝つことじゃない。
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頑張ったと思えること。
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それは人生も同じなのかもしれない。
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若い頃には分からなかったことが、
七十二歳になって分かる。
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人生は不思議だ。
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そして運動会当日まで、
あと二週間――。
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### 次回
## 第七話
### 「美月の夢」
将来の夢を書く授業。
子供たちは次々と夢を語る。
しかし美月だけは、
なかなか鉛筆を動かせなかった。
「私には夢なんてないよ……」
その言葉を聞いた誠一は、
自分自身の後悔と向き合うことになる。
夢は子供だけのものじゃない。
七十二歳の一年生が伝える、
大切な言葉とは――。




