# 第三話 ## 「七十二歳、算数で大苦戦」
# 第三話
## 「七十二歳、算数で大苦戦」
「では問題です」
黒川先生が黒板に書いた。
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**7+8=?**
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誠一は余裕だった。
さすがにできる。
小学一年生をなめてもらっては困る。
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「中村さん」
「はい」
「答えは?」
「十五です」
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正解。
誠一は少し得意になる。
すると健太が言った。
「すごい!」
「だろう?」
「一年生レベルはクリアだね!」
「褒めてるのか、それ」
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教室が笑いに包まれた。
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しかし。
本当の地獄はここからだった。
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「次の問題です」
黒板に数字が並ぶ。
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**27+18=?**
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誠一の笑顔が消えた。
「あれ?」
頭の中が真っ白になる。
できる。
昔はできた。
営業時代は数字を毎日扱っていた。
なのに。
なぜか焦る。
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十の位。
一の位。
繰り上がり。
あれ?
どうやるんだっけ?
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「中村さん」
「はい」
「答えは?」
「……四百二十?」
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教室が静まり返った。
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「中村さん」
「はい」
「二桁同士の足し算です」
「ですよね」
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大爆笑。
誠一も顔を真っ赤にした。
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「おかしいな……」
頭をかく。
「昔はできたんだが」
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その時だった。
隣の席から小さな声。
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「四十五だよ」
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美月だった。
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「え?」
「二十と十で三十」
「うん」
「七と八で十五」
「うん」
「だから四十五」
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誠一は驚いた。
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「なるほど!」
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教室の子供たちが笑う。
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「誠一じい、感動してる!」
「先生より感動してる!」
「算数で泣きそう!」
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「うるさい」
誠一は笑った。
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でも。
少し嬉しかった。
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教わるなんて何十年ぶりだろう。
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会社では教える側だった。
部下に指示する側だった。
間違えれば恥ずかしいと思っていた。
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だけど。
今は違う。
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分からないなら聞けばいい。
知らないなら教わればいい。
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それは恥ずかしいことじゃない。
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授業が終わる頃。
黒川先生が言った。
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「勉強は間違えるためにあります」
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教室が静かになる。
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「間違えた人ほど覚えます」
「できなかった人ほど成長します」
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誠一はその言葉を聞きながら、
自分の人生を思い出していた。
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若い頃。
失敗するのが怖かった。
恥をかくのが怖かった。
だから挑戦しなかったこともある。
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でも。
今なら分かる。
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挑戦しなければ、
失敗すらできない。
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昼休み。
誠一は校庭で美月に声をかけた。
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「さっきはありがとう」
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美月が首を傾げる。
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「何が?」
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「算数」
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「ああ!」
美月は笑った。
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「友達だから!」
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その言葉に、
誠一は少し驚く。
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友達。
まだ数日しか経っていない。
それでも。
子供たちは当たり前のように言う。
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友達だから。
助ける。
友達だから。
一緒に笑う。
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大人になると、
そんな簡単なことを忘れてしまうのかもしれない。
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その日の帰り道。
誠一はスーパーに寄った。
買い物を終え、
レジへ向かう。
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すると。
店員が言った。
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「458円です」
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誠一は少し考えた。
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400。
50。
8。
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そして。
笑った。
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「今日はちゃんと分かるぞ」
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店員は意味が分からなかった。
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だが誠一は嬉しかった。
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七十二歳。
今さら勉強なんてと思っていた。
だけど。
学ぶことは、
若返ることではない。
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世界が少し広がることなんだ。
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そしてその頃。
教室では――
美月が一人、
窓の外を見つめていた。
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笑顔の裏に隠された、
誰にも言えない悩みを抱えながら。
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誠一はまだ知らない。
自分がその悩みと向き合う日が、
もうすぐ来ることを――。
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### 次回
## 第四話
### 「泣き虫美月」
いつも明るい美月が、
学校を休んだ。
心配する誠一たち。
そして知ることになる。
笑顔の奥に隠された、
小さな少女の大きな寂しさを――。
「大人だから助けるんじゃない」
「友達だから助けるんだ」
涙と優しさの第四話へ。




