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# 第二話 ## 「七十二歳、初めての宿題」

# 第二話


## 「七十二歳、初めての宿題」


翌朝。


中村誠一は机に向かっていた。


目の前には宿題。


小学一年生の宿題である。


七十二歳にもなって宿題をするとは思わなかった。


「よし」


気合を入れる。


連絡帳を開く。


宿題は自己紹介カード。


名前。


好きな食べ物。


好きなこと。


将来の夢。


そこまではよかった。


問題はその下だった。


---


**『自分のいいところを書きましょう』**


---


誠一の手が止まる。


「俺のいいところ……?」


考える。


五分。


十分。


十五分。


何も浮かばない。


昔なら仕事ができると書けたかもしれない。


でも今は定年している。


足も遅い。


記憶力も落ちた。


最近は物忘れも増えた。


気づけば、


自分の長所なんて何年も考えていなかった。


---


「困ったな」


思わず苦笑する。


すると。


仏壇の妻の写真が目に入った。


「お前なら何て書く?」


もちろん返事はない。


しかし。


なぜか妻の声が聞こえた気がした。


---


『あなたは優しい人よ』


---


誠一は少し笑った。


「そうだったかな」


結局、


自己紹介カードにはこう書いた。


---


**『人の話を聞くのが好きです』**


---


それだけだった。


---


翌日。


教室。


黒川先生が宿題を集めていた。


「では、一人ずつ発表してみましょう」


嫌な予感がした。


誠一は昔から嫌な予感だけは当たる。


---


「まずは中村さん!」


「はい!?」


やっぱりだ。


---


誠一は前へ出た。


子供たちの視線が集まる。


営業時代なら平気だった。


だが小学一年生の前は別である。


なぜか緊張する。


---


「好きな食べ物は肉じゃがです」


「おー!」


「将来の夢は……」


誠一は少し止まった。


教室が静かになる。


---


将来。


七十二歳になってから考えたことがなかった。


もう未来は減っていくだけだと思っていた。


だけど昨日。


宿題を書きながら思った。


---


「友達をたくさん作ることです」


---


教室が静かになる。


そして。


拍手が起きた。


子供たちも。


おじいちゃんおばあちゃんたちも。


黒川先生も。


みんな笑っていた。


---


「いい夢!」


美月が言う。


「私も友達いっぱい欲しい!」


「私もだ!」


「俺も!」


教室が賑やかになる。


---


その時だった。


後ろの席の男の子が立ち上がった。


田中健太。


クラス一の元気坊主である。


---


「中村さん!」


「なんだ?」


「友達第一号になってあげる!」


---


教室が爆笑した。


誠一も笑う。


「上からだな」


「じゃあ第二号でもいい!」


「どっちでもいいよ」


---


健太は得意そうに胸を張った。


「約束な!」


「約束だ」


---


その瞬間だった。


誠一の胸が少し温かくなる。


---


友達。


そんな言葉を最後に使ったのはいつだろう。


会社では同僚がいた。


取引先もいた。


知り合いもいた。


でも。


友達は違う。


損得抜きで笑い合える相手。


いつの間にか失っていたもの。


---


昼休み。


誠一は校庭のベンチに座っていた。


そこへ美月が走ってくる。


---


「誠一じい!」


「どうした?」


「友達できてよかったね!」


---


あまりにも真っ直ぐな言葉だった。


誠一は少しだけ目を細める。


---


「ありがとう」


---


その一言を言うだけなのに。


なぜだか胸が熱くなった。


---


放課後。


帰り道。


誠一は空を見上げた。


青空だった。


春の風が吹いている。


---


定年した時、


人生はもう終わったような気がしていた。


新しい出会いもない。


新しい夢もない。


そう思っていた。


---


だけど違った。


人生は終わるまで続いている。


そして。


続いているなら、


まだ始められる。


---


ランドセルを背負った七十二歳は、


少しだけ胸を張って歩いた。


---


### 次回


## 第三話


### 「七十二歳、算数で大苦戦」


「七+八は?」


「……電卓を貸してくれ」


「だめです!」


算数の授業で大混乱!


さらに誠一は、クラスで一番勉強が苦手な少女の悩みを知る。


誰かを励ますことで、

自分も前を向いていく――。


笑いと感動の老後学校生活は、

まだ始まったばかりだった。


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