## 第一話 ### 「七十二歳の新しい席」
# 『定年したので、小学一年生になります』
## 第一話
### 「七十二歳の新しい席」
「中村誠一さん。一年一組はこちらです」
そう言われて、
中村誠一は立ち尽くした。
七十二歳。
元営業部長。
十年前に定年退職。
そして今日――
小学一年生になった。
「人生、どこで道を間違えたんだろうな……」
誠一はため息をついた。
背中にはランドセル。
胸には名札。
頭には黄色い帽子。
鏡を見た時、自分でも笑ってしまった。
孫がいたら絶対写真を撮られていた。
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校門の前には満開の桜。
子供たちが元気に走り回っている。
その中を歩く誠一。
目立たないわけがない。
「ねえ見て!」
「おじいちゃんがいる!」
「違うよ!」
「先生でしょ?」
「いや、生徒らしい!」
「ええぇ!?」
誠一は顔を覆った。
「帰りたい……」
まだ五分しか経っていない。
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しかし。
本当は少しだけ嬉しかった。
定年してからの十年。
毎日同じだった。
朝起きる。
テレビを見る。
昼寝する。
スーパーへ行く。
また寝る。
誰とも話さない日も珍しくない。
ある日ふと気づいた。
一週間、
誰とも会話していなかったことに。
その時、
少しだけ怖くなった。
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だから申し込んだ。
老後学校へ。
半分は勢いだった。
半分は寂しさだった。
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教室に入る。
一年一組。
黒川先生が笑顔で迎える。
「みなさん、新しいお友達です」
お友達。
七十二歳になって初めてそう呼ばれた。
少しむずがゆい。
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「自己紹介をお願いします」
誠一は前に立った。
視線が集まる。
緊張する。
営業部長として何百回も人前で話した。
だが。
小学生の前は初めてだった。
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「中村誠一です」
静かになる。
誠一は続けた。
「趣味は散歩です」
すると男の子が手を挙げた。
「質問!」
「はい」
「好きなポケモンは?」
「ポケ……何?」
教室が爆笑した。
「知らないの!?」
「知らん!」
「マジか!」
誠一も笑った。
なんだこれは。
会社の会議より難しい。
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昼休み。
誠一は一人で弁当を食べていた。
そこへ一人の女の子がやって来る。
「隣いい?」
「もちろん」
女の子はにっこり笑った。
「私、星野美月!」
「中村誠一です」
「長いから誠一じいでいい?」
「勝手に決めたな」
「だめ?」
「……まあいい」
美月は嬉しそうに笑った。
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その笑顔を見た瞬間だった。
誠一は思い出した。
娘が小さかった頃。
同じような笑顔で話しかけてきたことを。
仕事ばかりしていた。
家に帰るのはいつも遅かった。
もっと遊んでやればよかった。
もっと話を聞けばよかった。
今になって思う。
後悔はたくさんある。
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「誠一じい?」
「ん?」
「どうしたの?」
「いや」
誠一は微笑んだ。
「君くらいの子がいたなと思って」
「へぇ!」
美月は興味津々だった。
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その日の帰り。
黒川先生が言った。
「宿題です」
教室がざわつく。
誠一もざわつく。
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「自己紹介カードを書いてきてください」
「先生」
誠一が手を挙げる。
「なんでしょう?」
「七十二歳にも宿題はありますか?」
「あります」
「減額とかありませんか?」
「ありません」
教室中が大笑いした。
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家へ帰る。
静かな部屋。
いつもと同じ。
だけど。
今日は少し違った。
ランドセルを机に置く。
連絡帳を開く。
宿題を見る。
友達の名前を書く。
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美月。
健太。
和子さん。
黒川先生。
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誠一は手を止めた。
気づけば笑っていた。
友達の名前を書くなんて、
何十年ぶりだろう。
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夜。
仏壇の前に座る。
亡くなった妻の写真を見る。
「おい」
誠一は照れくさそうに言った。
「今日な」
少し笑う。
「友達ができた」
写真は何も答えない。
でも。
どこか優しく微笑んでいる気がした。
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布団に入る。
明日の時間割を見る。
国語。
算数。
図工。
そして体育。
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「体育か……」
誠一は天井を見上げた。
膝が痛い。
腰も痛い。
肩も痛い。
だが。
心は少し軽かった。
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七十二歳。
人生はもう終盤だと思っていた。
新しい友達も、
新しい挑戦も、
もうないと思っていた。
だけど違った。
人は何歳になっても、
また始められるのかもしれない。
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中村誠一。
七十二歳。
小学一年生。
彼の第二の青春は、
こうして始まった――。
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### 次回
## 第二話
### 「七十二歳、初めての宿題」
漢字を書こうとして手が止まる誠一。
「……あれ? “海”ってどう書くんだ?」
忘れてしまった知識。
衰えた自信。
しかしそこで出会うのは、
できないことを笑わずに応援してくれる仲間たちだった。
**「何歳でも、人は成長できる」**
その意味を誠一が知る時が来る――。




