表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/17

## 第一話 ### 「七十二歳の新しい席」

# 『定年したので、小学一年生になります』


## 第一話


### 「七十二歳の新しい席」


「中村誠一さん。一年一組はこちらです」


そう言われて、


中村誠一は立ち尽くした。


七十二歳。


元営業部長。


十年前に定年退職。


そして今日――


小学一年生になった。


「人生、どこで道を間違えたんだろうな……」


誠一はため息をついた。


背中にはランドセル。


胸には名札。


頭には黄色い帽子。


鏡を見た時、自分でも笑ってしまった。


孫がいたら絶対写真を撮られていた。


---


校門の前には満開の桜。


子供たちが元気に走り回っている。


その中を歩く誠一。


目立たないわけがない。


「ねえ見て!」


「おじいちゃんがいる!」


「違うよ!」


「先生でしょ?」


「いや、生徒らしい!」


「ええぇ!?」


誠一は顔を覆った。


「帰りたい……」


まだ五分しか経っていない。


---


しかし。


本当は少しだけ嬉しかった。


定年してからの十年。


毎日同じだった。


朝起きる。


テレビを見る。


昼寝する。


スーパーへ行く。


また寝る。


誰とも話さない日も珍しくない。


ある日ふと気づいた。


一週間、


誰とも会話していなかったことに。


その時、


少しだけ怖くなった。


---


だから申し込んだ。


老後学校へ。


半分は勢いだった。


半分は寂しさだった。


---


教室に入る。


一年一組。


黒川先生が笑顔で迎える。


「みなさん、新しいお友達です」


お友達。


七十二歳になって初めてそう呼ばれた。


少しむずがゆい。


---


「自己紹介をお願いします」


誠一は前に立った。


視線が集まる。


緊張する。


営業部長として何百回も人前で話した。


だが。


小学生の前は初めてだった。


---


「中村誠一です」


静かになる。


誠一は続けた。


「趣味は散歩です」


すると男の子が手を挙げた。


「質問!」


「はい」


「好きなポケモンは?」


「ポケ……何?」


教室が爆笑した。


「知らないの!?」


「知らん!」


「マジか!」


誠一も笑った。


なんだこれは。


会社の会議より難しい。


---


昼休み。


誠一は一人で弁当を食べていた。


そこへ一人の女の子がやって来る。


「隣いい?」


「もちろん」


女の子はにっこり笑った。


「私、星野美月!」


「中村誠一です」


「長いから誠一じいでいい?」


「勝手に決めたな」


「だめ?」


「……まあいい」


美月は嬉しそうに笑った。


---


その笑顔を見た瞬間だった。


誠一は思い出した。


娘が小さかった頃。


同じような笑顔で話しかけてきたことを。


仕事ばかりしていた。


家に帰るのはいつも遅かった。


もっと遊んでやればよかった。


もっと話を聞けばよかった。


今になって思う。


後悔はたくさんある。


---


「誠一じい?」


「ん?」


「どうしたの?」


「いや」


誠一は微笑んだ。


「君くらいの子がいたなと思って」


「へぇ!」


美月は興味津々だった。


---


その日の帰り。


黒川先生が言った。


「宿題です」


教室がざわつく。


誠一もざわつく。


---


「自己紹介カードを書いてきてください」


「先生」


誠一が手を挙げる。


「なんでしょう?」


「七十二歳にも宿題はありますか?」


「あります」


「減額とかありませんか?」


「ありません」


教室中が大笑いした。


---


家へ帰る。


静かな部屋。


いつもと同じ。


だけど。


今日は少し違った。


ランドセルを机に置く。


連絡帳を開く。


宿題を見る。


友達の名前を書く。


---


美月。


健太。


和子さん。


黒川先生。


---


誠一は手を止めた。


気づけば笑っていた。


友達の名前を書くなんて、


何十年ぶりだろう。


---


夜。


仏壇の前に座る。


亡くなった妻の写真を見る。


「おい」


誠一は照れくさそうに言った。


「今日な」


少し笑う。


「友達ができた」


写真は何も答えない。


でも。


どこか優しく微笑んでいる気がした。


---


布団に入る。


明日の時間割を見る。


国語。


算数。


図工。


そして体育。


---


「体育か……」


誠一は天井を見上げた。


膝が痛い。


腰も痛い。


肩も痛い。


だが。


心は少し軽かった。


---


七十二歳。


人生はもう終盤だと思っていた。


新しい友達も、


新しい挑戦も、


もうないと思っていた。


だけど違った。


人は何歳になっても、


また始められるのかもしれない。


---


中村誠一。


七十二歳。


小学一年生。


彼の第二の青春は、


こうして始まった――。


---


### 次回


## 第二話


### 「七十二歳、初めての宿題」


漢字を書こうとして手が止まる誠一。


「……あれ? “海”ってどう書くんだ?」


忘れてしまった知識。


衰えた自信。


しかしそこで出会うのは、


できないことを笑わずに応援してくれる仲間たちだった。


**「何歳でも、人は成長できる」**


その意味を誠一が知る時が来る――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ