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# 第十一話 ## 「卒業文集」

# 第十一話


## 「卒業文集」


「卒業文集を書いてもらいます」


黒川先生は笑顔だった。


---


その笑顔が、


今日は妙に怖い。


---


「先生」


誠一が手を挙げる。


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「なんでしょう」


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「まだ入学して数か月ですよ?」


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「そうですね」


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「卒業はまだ先ですよ?」


---


「そうですね」


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「なのに卒業文集?」


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「早めの準備です」


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「気が早すぎませんか?」


---


教室が笑いに包まれた。


---


だが。


---


黒川先生は続けた。


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「テーマは自由です」


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「好きなことを書いてください」


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「夢でもいい」


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「思い出でもいい」


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「伝えたいことでもいい」


---


子供たちはすぐに書き始めた。


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しかし。


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誠一の鉛筆は止まった。


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何を書けばいい。


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人生七十二年。


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楽しかったこともある。


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苦しかったこともある。


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でも。


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心に浮かんだのは、


一つの後悔だった。


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その日の帰り道。


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誠一は昔のアルバムを開いた。


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若い頃の写真。


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妻との写真。


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小さな彩花の写真。


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運動会。


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入学式。


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誕生日。


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たくさんあった。


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だが。


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ほとんどの写真に、


自分がいなかった。


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カメラを持っていたからではない。


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仕事でいなかったからだ。


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誠一は静かにアルバムを閉じた。


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翌日。


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文集の下書きが始まる。


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健太が言った。


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「俺、サッカー選手になるって書いた!」


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「いいじゃないか」


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「誠一じいは?」


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誠一は少し笑った。


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「まだ悩んでる」


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すると。


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美月が聞いた。


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「そんなに難しいの?」


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誠一は答える。


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「難しいな」


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「どうして?」


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しばらく考えた後、


誠一は言った。


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「後悔を書こうと思ってる」


---


教室が静かになる。


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「こうかい?」


---


健太が首を傾げる。


---


「失敗したなって思うことだ」


---


「あるの?」


---


「たくさんある」


---


誠一は苦笑した。


---


「ありすぎて困るくらいだ」


---


すると。


---


美月が小さく聞いた。


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「一番は?」


---


誠一は窓の外を見た。


---


青空だった。


---


そして静かに答えた。


---


「娘と過ごす時間を後回しにしたことだ」


---


誰も笑わなかった。


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みんな真剣に聞いていた。


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「仕事が大事だと思ってた」


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「家族のためだと思ってた」


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「でも気づいたら」


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「娘は大きくなっていた」


---


「一緒に遊んだ記憶が少ないんだ」


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誠一は笑った。


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でも。


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少しだけ寂しそうだった。


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その時だった。


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美月が言った。


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「でも」


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「ん?」


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「今、仲良しなんでしょ?」


---


誠一は目を丸くした。


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「まあな」


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「じゃあいいじゃん」


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あまりにも真っ直ぐな言葉だった。


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誠一は思わず笑う。


---


子供は時々、


大人より大事なことを知っている。


---


過去は変えられない。


---


でも。


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今は変えられる。


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その日の夜。


---


誠一は文集を書き始めた。


---


タイトル。


---


**『やり直せる幸せ』**


---


鉛筆が進む。


---


> 私は七十二歳です。

>

> 若い頃、

> 仕事ばかりしていました。

>

> 後悔もあります。

>

> もっと家族と過ごせばよかったと思います。

>

> でも、

> 人生は後悔だけでは終わりません。

>

> 七十二歳になって、

> 私はもう一度学校へ通いました。

>

> 新しい友達ができました。

>

> 孫とも前より話せるようになりました。

>

> 娘とも笑えるようになりました。

>

> だから私は思います。

>

> 人生は、

> 何歳からでもやり直せるのだと。


---


書き終えた時。


---


誠一は少し泣いていた。


---


悲しい涙ではなかった。


---


どこか温かい涙だった。


---


翌週。


---


文集発表の日。


---


誠一はみんなの前で原稿を読む。


---


教室は静まり返っていた。


---


最後まで聞き終えた後。


---


誰より先に拍手したのは、


美月だった。


---


次に健太。


---


和子。


---


村上。


---


黒川先生。


---


やがて教室中が拍手に包まれる。


---


誠一は少し照れくさそうに笑った。


---


その時だった。


---


黒川先生が言う。


---


「中村さん」


---


「はい」


---


「素敵な文でした」


---


先生は続けた。


---


「でも私は一つだけ訂正したいです」


---


「何ですか?」


---


先生は笑った。


---


「中村さんは人生をやり直しているんじゃありません」


---


誠一は首を傾げる。


---


「人生の続きを歩いているんです」


---


教室が静かになる。


---


その言葉は、


誠一の胸に深く残った。


---


やり直しじゃない。


---


続き。


---


そうかもしれない。


---


人生は途中で終わらない。


---


続いている限り、


まだ物語は続くのだ。


---


そしてその数日後――


一年一組に、


一人の少年が転校してくる。


---


だがその少年は、


誰とも話そうとしなかった。


---


まるで昔の村上のように。


---


そして誠一たちは知ることになる。


---


その少年が抱える、


大きな悲しみを――。


---


### 次回


# 第十二話


## 「笑わない少年」


誰とも目を合わせない転校生・翔太。


クラスに心を閉ざした少年に、


誠一たちはどう向き合うのか。


「無理に笑わなくていい」


七十二歳の一年生が伝える、


優しさの物語。


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