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# 第十話 ## 「はじめまして、おじいちゃん」

# 第十話


## 「はじめまして、おじいちゃん」


「何を着ればいいんだ……」


土曜日の朝。


中村誠一、七十二歳。


鏡の前で本気で悩んでいた。


---


娘の彩花と、


孫が家に来る。


---


たったそれだけのことなのに、


朝から落ち着かない。


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「スーツは固すぎるか……」


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着替える。


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「いや、普段着はだらしないか……」


---


また着替える。


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三回目だった。


---


その時。


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ピンポーン。


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誠一が固まる。


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「早い!」


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慌てて玄関へ向かう。


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深呼吸。


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もう一度深呼吸。


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そしてドアを開けた。


---


「お父さん」


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彩花が立っていた。


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そしてその隣には、


小さな女の子。


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大きな瞳。


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肩まで伸びた髪。


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少しだけ彩花に似ていた。


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「この子が……」


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誠一がつぶやく。


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「娘の結菜」


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彩花が紹介する。


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「結菜、挨拶して」


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女の子は誠一を見上げた。


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しばらく見つめる。


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誠一は緊張していた。


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嫌われたらどうしよう。


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怖がられたらどうしよう。


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すると。


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結菜が首をかしげた。


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「ランドセルは?」


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誠一は固まった。


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「え?」


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「ママが言ってた」


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「おじいちゃん、小学生なんでしょ?」


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彩花が吹き出す。


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誠一は顔を赤くした。


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「今日は学校休みだからな!」


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「なーんだ」


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結菜は残念そうだった。


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誠一も思わず笑う。


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緊張が少し消えた。


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リビングへ移動する。


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結菜は興味津々だった。


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家の中を見回す。


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仏壇を見る。


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写真を見る。


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そして。


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本棚を見る。


---


「本いっぱい!」


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「昔から好きなんだ」


---


「すごーい!」


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結菜は目を輝かせた。


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誠一は少し驚く。


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子供と何を話せばいいのか分からなかった。


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でも。


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結菜は勝手に話してくれる。


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勝手に笑う。


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勝手に楽しむ。


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なんだ。


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美月と同じじゃないか。


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その時だった。


---


「おじいちゃん」


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結菜が聞く。


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「なんだ?」


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「学校楽しい?」


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誠一は少し考えた。


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そして笑った。


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「楽しいな」


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本心だった。


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「友達もいるし」


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「宿題もあるし」


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「運動会もあった」


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結菜は大笑いする。


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「おじいちゃんなのに!」


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「失礼だな」


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「ふふふ!」


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笑い声が部屋に広がる。


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彩花はその様子を静かに見ていた。


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そして。


---


ぽつりと言った。


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「久しぶりだな」


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誠一が振り向く。


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「何がだ?」


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「お父さんがそんなに笑ってるの」


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誠一は言葉を失った。


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そうだったのかもしれない。


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定年してから。


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妻が亡くなってから。


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自分は笑わなくなっていた。


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毎日をただ過ごしていた。


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でも今は違う。


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学校へ行く。


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友達がいる。


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待っていてくれる人がいる。


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そして。


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家族もいる。


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当たり前だと思っていたもの。


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失いかけて、


ようやく気づいたもの。


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昼過ぎ。


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結菜が帰る時間になった。


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玄関。


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誠一は少し寂しかった。


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もっと話したかった。


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もっと一緒にいたかった。


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すると。


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結菜がランドセル型のキーホルダーを差し出した。


---


「これあげる」


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「え?」


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「おじいちゃん一年生だから」


---


誠一は受け取る。


---


小さなキーホルダー。


---


だけど。


---


とても温かかった。


---


「ありがとう」


---


結菜はにっこり笑った。


---


そして。


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帰り際に振り返る。


---


「また来るね!」


---


誠一の胸が熱くなる。


---


また明日。


---


また来るね。


---


老後学校に入ってから、


誠一は知った。


---


人を幸せにする言葉は、


案外シンプルなのだと。


---


「またね」


---


「ありがとう」


---


「頑張ったね」


---


そんな一言が、


人の心を支える。


---


車が見えなくなるまで見送った後、


誠一は空を見上げた。


---


青空だった。


---


「よかったな」


---


誰に言ったのか分からない。


---


妻か。


---


自分自身か。


---


ただ一つだけ確かなことがあった。


---


七十二歳。


---


人生は終わりに向かうだけじゃない。


---


新しい出会いも、


新しい幸せも、


まだまだ待っている。


---


そして月曜日。


---


誠一が学校へ行くと、


一年一組に大きな騒ぎが起きていた。


---


教室の後ろに貼られた一枚の紙。


---


そこには大きく書かれていた。


---


**『卒業文集を作ります』**


---


「卒業!?」


---


「まだ入学したばっかりだぞ!?」


---


誠一たち老人組が大混乱する中、


黒川先生は笑顔だった――。


---


### 次回


# 第十一話


## 「卒業文集」


「人生で一番後悔していることは何ですか?」


文集のテーマに悩む誠一たち。


そして誠一は、


ずっと胸の奥にしまっていた後悔と向き合うことになる――。


笑いと涙の文集編、開幕。


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