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孤児院

「まいったな、漢字辞典や国語辞典があれば良かったけど、持ち歩いてなんかなかったし。あの聖女たちは……荷物も持ってなかったか」


 あのあと、孤児院に帰って普段通りに過ごした。『無属性』がハズレスキルだと思っているシスターたちや、院長先生は微妙な顔で見てくるし、子どもたちは情け容赦なく『ハズレスキル』を連呼していた。


 別にわたしの内面が年寄りだから、と言うわけでもなく、いまだこちらの言葉に不慣れなので、言葉のダメージ自体が少ないし、『お子ちゃまだなあ』と微笑ましく見ている面もある。

 孤児院の子らは、特に暴力に訴えるわけでもないので、放置でよさそうだ。


 前の世界であまりに好き過ぎて、子ども等にも引かれていた【菓子】直下の【駄菓子】。

 その収集のために、見つからないように取り出して【収納】に仕舞い、それだけに休日をかけてしまったこともある。

 粉ジュース美味しい。

 しかし、成人して孤児院から独立までは、なるべくスキルは使わないようにしている。

 自分のために使うのならともかく、他人のために使われるのが、何となく嫌だったのだ。


「イコ、洗濯お願いね。セ・ン・タ・ク。分かる?」

 若いシスターに頼まれたわたしはうなずいて、巨大な洗濯籠を3つ受け取る。

 あれから、言葉少なにして、とにかく言語の一致を試み始めた。


 着火や飲水、洗濯など、日常生活で使える言語は、この世界の言葉と日本語で、同じになるようにメモを作っている。

 つまり、日常語の辞書だ。幸い、植物紙は世界中に出回っている。

 覚えている熟語はあるにはあるが、前の世界の記憶をいつまで、全て持っていられるかも不明だった。なので、良く使う単語や、思いついた言葉は日本語で書き出しておいて、さりげなさを装ってこちらの言葉も調べて書く。

 こちらの言葉でも、『無属性』は発揮できたので、向こうになくてこちらにある言葉も探してみたい。


 言語を【理解】してしまうと、どのようにしてそうなるかが分からないので、今はまだ使っていない。

 変に自動翻訳されて、それがこの国での標準になってしまうより、自分の力で言語を覚えたほうが早い。また、この体が若いこともあって、言語の理解力がすさまじい。前の世界であって欲しかったくらいに。

 また、孤児院の大人たちに、『遠い別の国から来た奴隷』とか思われているらしく、都合が良いので放置している。奴隷紋とかはないんだけれど。


 平和な日本に暮らしていたからか、【窒息】や【切断】や【攻撃】などはあまり使いたくない。いくら魔獣や、襲ってくる盗賊とかでも、血を見たくない。平凡な主婦にグロは耐えられそうもない。

 甘いのは分かっている。害そうと目論んでくる敵には、同じ報いを与えなければ。人の命が軽いのだ。けれどまだ、その境地に至っていない。


 冒険者ギルドの下っ端になったら、前の世界で遊んでいたクラフト系のオンラインゲームで見た、【鑑定】や【採集】【採掘】【伐採】など、大いに使いたいと思う。逃避と言うなかれ。

 イザとなったら、【防壁】とか【結界】で身を守り、怪我をしたら【治癒】とか、【転移】で街に戻るとか、戦わない選択肢を選びたい。

 是非にも。


 洗濯は、昭和時代のさらに前段階のようで、水がめに川から流れている水を集め、踏むようにして服などの汚れを取る。

 化学洗剤などはない。

 それでも、分泌する皮脂が化学的な調味料などに汚染されていないせいか、もしくは誰かの生活魔法の正当な【浄化】などによって、白く綺麗な状態になる。


 洗濯仲間の十歳前後の孤児たちといっしょに、籠の中の洗濯物を洗って干す。

 途中でこっそり(【洗浄】)とかしているけれど、しなくても洗えるので気休めだ。少しだけ綺麗になるか? 程度の誤差なので、たぶん誰も気づかない。

 冬場は一人で当番を受け持つが、(【温水】)で川の水を温めたりもしている。仲間にたまに、「この水、ぬるいね?」とバレそうになったこともある。必死でごまかした。


 白くはためく洗濯物を取り込むのは、別の幼い子らだ。

 次の時間は、計算の時間。

 これは九九を知っているイコにとっては、すぐさま及第点を取れた。だいたい、平民は四則演算や文字を書くことができれば、職に拡がりを持てる。

 代わりにイコのこの時間は、シスターの一人に言語を教わっている。

 日常生活に良く使う、洗濯や掃除、料理、食材名、動物の世話、動物の種類、挨拶、礼儀の言葉、片っ端からこの世界の言語を教わった。


 この言語は、今いる聖女召喚をした国の周囲くらいまでは普通に通じるようだ。

 けれど、日本でも東北の方言が難解だったり、関西圏で独特の言葉だったり、国が違えば訛りは違ってくる。

 孤児院で教わっているのは、日本で言う『標準語』らしい。


 少なくとも標準語なら、人間の国だったら、もしかすると通じるかもしれない。と言うことだった。

 お分かりの通り、この世界にはヒト以外がいる。ファンタジーだ。

 見たことはないが、ファンタジー世界によくいる獣人やエルフ、ドワーフなど、他にもたくさんいるらしい。


 言語を習う次の時間は、最低限の礼儀作法を教えてくれる。

 貴族ほど畏まっていなくとも、人間同士守らなければいけない決まりごとや、食事前後の神への祈り、挨拶、いろいろあった。

 ただでさえ孤児院出身者は下に見られやすい。それをいくばくか、和らげるための教育だ。

 お金の単位も習った。これで、市場へ行って必要なものもこっそり揃えられる。


 自分が国境街にたどり着いたとき、やや秋の終わりくらいだった。この国にもいびつな四季があった。

 その日あたりがわたしの誕生日扱いにされ、もうすぐ十二歳おおよそになるころ。

 孤児院の中庭を休憩時間に歩いているところ、ふと、庭の隅に土山が作られているのを見た。


 同道していた初老のシスターに、あの土山が何かと聞くと、掃いて集めた土ぼこりやゴミなのだそう。このあとは、集めて捨てると言われた。

「シスター、あの、土山、使いたいです。あとで片付けます」

 と言うと、笑顔で了承してくれた。

 普段から要求の少ないイコのことを、内心「子どもらしくない」と危ぶんでいたのであろう。遊び心に、ほほ笑ましく許可された。


 イコは、庭に走り出て、土を大きく集めて中心にその辺で拾ってきた木の棒を立てた。

 本来なら、何人かで遊ぶ『棒倒し』だ。

 イコは童心に帰って、一人で周りの土を搔いた。それを見たほかの孤児院の子らも集まって来る。


 中でも一人の同い年くらいの女の子、リシュカが声だかに言う。

「わたしも遊びたい!」と。

 みんなに説明しながら、泥だらけになるけど良いのだろうか? とか、ゴミまみれだけど……と、最初は遠慮していたけれど、体に引っ張られているのか、イコも子どもたちも棒倒しをして遊びまくった。


 土にまみれたなら、この際良いやと、ケンケンパッや、「ケイドロ」(警備隊と泥棒)や、地面にマス目を描いて五目並べをした。

 まあ名称は、こちらに合わせて多少変えたが。

 一番ウケたのは、『だるまさんがころんだ』である。とは言え、ダルマも転ぶも変だったので、横断歩道でよく聞く『後ろの正面だーあれ?』になった。意味はそんなに外していないと思う。


 何より、孤児院の子らは、自分たちでより良く楽しめるよう順繰りに改変していくのだ。

 与えられた物も、ただの木切れ、地面、そこに描いた線。その場にあるものだけ。

 チートではあり得ない、知識しか提供していないのだ。

 これはイコも満足した。

 土を片付ける前、運動の前にやる『準備運動』として、曲は流せないけれど、ラジオ体操をした。

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