召喚
三人称と一人称が混在しているかも知れません。
合わないとお思いの方は、ブラウザバックを推奨いたします。
「ははあ、このスキルって、『漢字辞典』がありゃ最強じゃん? いや、『国語辞典』?」
思わず日本語でつぶやく。
良くある異世界転『移』。
良くある教会での『スキル神託』。
授かったスキルは、『無属性』。
無属性『魔法』ではなく、ただの『無属性』。何にでもなれるし、何にもならないかも知れない。
一見、ハズレに思えるこのスキル、歓喜の叫び声や怒号、悲喜こもごもの教会からこっそりまろび出たわたしは、併設されている孤児院の裏手の薪置き場でスキルの詳細を調べている。
教会ではハズレ扱いされて、見向きもされなかったが。
別に、良くある転生/転移モノの「ステータスオープン!」などと叫んだりはしていない。
アタマの中で強く願うだけだ。ただ(スキルの詳細が知りたい)と。
それで調べると、『無属性:自らの知りうる言語で、【二文字】の単語で表される事柄を起こしたり、ものを手に入れる』と、そう判明する。
「……知りうる言語? 前の世界でよく知ってるのは日本語しかないけど……英語は結局、最後まで履修できなかったしなあ」
少し脳内を整理していく。
「二文字……どれくらい覚えているかしら」
良くあるテンプレ魔法で、例えば火属性を使うならば、最初に思い浮かべるのは「ファイヤー」だろうか? それは二文字では放てない。
そもそも、なぜ異世界でわざわざ英語で呪文を放つのかも疑問に思っていたので、(厨二っぽいのは嫌だなぁ)と考えていた。
まあその前に火属性ではないので、その心配はないけれど。
(とすると?)
よくある小説で読んだ、生活魔法。
(【着火】)
薪に火が付く魔法。かまどに火を入れる魔法。火魔法ほどの威力はない様子。よく乾いた点火材があれば、火は付くだろう。
(【飲水】)
今は何もないが、小鍋いっぱいのスープが作れるくらいの飲料水。こう言う場合、コップいっぱいじゃないの? と思ったが、小鍋のスープが基準になっているらしい。あふれた水は、くぼめた手のひらの上を滑り落ちていった。
(【温風】)
いわゆるドライヤーである。髪を乾かしたり、濡れた服を乾かしたり。
料理にも使えるかも知れない。掃除にも使えるかもしれない。使い道が、前の世界での家電に置き換えて、いろいろ湧き上がる。
(【岩壁】)
ただ単に、土に関するものが思いつかなかっただけだ。このあとに、
(【土壌】)
(【土轢】)
なども試してみた。農業はしたことがないが、テレビで見た田んぼや畑で使えることがあるかもしれない。
面白いことに、試した『言語』は、『無属性』の下に線で繋がったフォルダが出来、下三角ボタンで展開・非表示が選べた。
非表示は、スキル欄にも現れない、隠しコマンドになっている様子。
いま現在は、『無属性』スキルの下に【魔法】、その直下に【生活魔法】がある。
また、2段階目以降は、2文字の軛から外れるらしく、『無属性』の中の【食料】の下には、【醤油】や【味醂】はともかく、カタカナでしか覚えてなかった【バナナ】や【リンゴ】、【パイナップル】なども取り出せた。
もしかして、【精米】や【玄米】をイメージすれば出せるのかもしれない。
コメ探しに一喜一憂するweb小説を読んでいたので、食生活的には前の世界のレパートリーを揃えたい。
生活魔法の次に覚えた【収納】が、時間停止・無限収納だったのは、web小説のお陰の妄想力か。取り出したバナナや精米袋を、【複製】で増やしてみる。
思った通り、複製された。
しばし思考を巡らせる。別に「俺tueeee」がしたいわけではない。魔王がいるのかいないのかは知らないが、倒す使命もない。
聖女みたいに、誰かを癒したり、瘴気を消したり、王子と結婚なんて、絶対イヤだ。
わたしは日本で平和に暮らして『いた』、ごくごく平凡な主婦。子育ても終わり、亡くなった旦那を弔いながら、ようやく自分の人生を生きられる、と思っていた。
ところが、夕飯の買い物の途中、向かいから歩いてきたキャラキャラ派手派手しい女子高生の集団召喚に巻き込まれてしまったよう。
なのに、当時の年齢ではなく、なぜか十歳前後まで年齢が下がっていた。
服装も、こちらの平民の『男の子』が着るようなもの。もともとショートカットにしていた髪も、『男の子』を補強していたらしい。
非常に混乱して、転移に紛れ込んだ『平民の少年』として、城から放り出された。
もう、そこからは地球に帰る/帰らないどころではなく、これ以上、聖女召喚された聖女の同郷女子とバレて拉致・監禁・誘拐されてはたまらないと、何も食べず、何も飲まず、懸命に走り国境街まで走った。
ただひたすら理不尽から逃げたいと走った。
その方面に国境街があるとは知らなかったけれど。
良くぞ盗賊に狙われなかった。良くぞ魔物に襲われなかった。
3日かけてただ必死に駆けたわたしを保護してくれた、国境街の守備隊隊長さんに、『どうか、どうかパンを一個、一個下さい』とうわ言のように『日本語』で言っていたらしい。
パンはパンだ。一個という言葉が巡り巡って、『イコ』と言う名前をわたしに付けてくれた。
特に白い部屋に招かれて、『神さま』とかに会った覚えはなかったのだけれど。『使命』を授かったわけでもない。
なぜ年齢が下がったかだけは、心当たりがなかった。
わたしの下の愛息子が、良くweb小説のお話をしてくれて、読んだ小説はかなり多い。前段階の知識が多いのもそのせいだ。
帰ることは叶わないとすれば、気がかりなのは成人した子どもたちだけ。その行く末を見守れないことだけが、悔しかった。結婚までは見られなかった。孫もその手に抱けなかった。
親戚などはいない。夫ともども、両親、子どもから見れば祖父母も、とうの昔に鬼籍に入っている。
とは言え、生来『楽天家』で、『面倒くさがり』だ。何も考えず、もう一度生きよう。
ただ、主婦だったわたしの記憶があると言うことは、亡き旦那への夫婦の絆も感じているということ。
この世界の誰とも結婚はしたくない。
子も作りたくない。子は愛おしいが、またあの苦労を繰り返したくはないのだ。
平民だからか、多分、身分のなさで苦労するかも知れない。でも理不尽に自分のことを決められたり、誰かに左右される人生はイヤだ。
幸い国境街まで到着した。
成人が十五。十二で、冒険者ギルドの一番下になれるから、二年だけ孤児院でお世話になって、一五になるまでここで頑張ろう。
ついでにお金も貯めよう。
そのあとは、国境を越えて隣国へ。
この『無属性』を使えば、ダンジョンにだって行けそうだ。まだ制限が分からないから、生活の中でバレないように使ってみよう。
隣国の次のことは考えていないが、『聖女と結婚したいがために聖女召喚した』王子がいる国なんて、ちょっと近寄りたくない。
あの女子高生たちの誰がお嫁さんになるのか知らないけれど。




