歌姫の伝承
「もう、二人とも自由過ぎ……」
高位貴族を目の前にしても、いつも通り言いたい放題のイヴィとラヴィにわたしはガクリと項垂れる。
エルンストの緑と黄色の異なる双眸がそんなわたし達のやりとりをじっと見つめていた。
いつも気安い雰囲気を纏っているエルンストが真顔をしているとその色彩も相まって迫力を感じてしまう。
一方カロリーナはというと、なんだか複雑そうに眉尻を下げて口元がワナワナと震えている。
(これは可愛いと思っているね)
カロリーナは素直な感情を隠そうとするのを止めればいいと思う。
あんまり凝視するのも悪くて彼女から視線を逸らしたわたしとエルンストの視線が交差すると、あっという間に彼の真顔がすっと消えて、いつもの人の良い笑顔を浮かべて二人の妖精を見た。
「これは驚いた」
突然、エルンストは驚きを伝えてきた。
しかし、驚いたと言う割には、目は弧を描いて愉しげで口調も落ち着いている。しかも、さっきまでの真顔を見ているので、本当に驚いたのかは謎だ。
大抵の人は、妖精が普通に話す事にびっくりするので、驚いたという言葉自体には何の不思議も無い。
ただ、それが今のタイミングなのか、とは思う。
わたしがイヴィとラヴィを呼び出してから随分と時間が経っている。
風の妖精の伝言を聞いてわたしの元に来た時にも喋っているし、お菓子を食べている時も主にラヴィが賑やかに好みを言いながら食べていた。
今更、人語を話す事に驚いた訳では無いだろう。
「悪くないですわ」
「え?」
「レオに協力をお願いするということです」
エルンストの言動に意識を持っていかれていたので、意識外から飛んできたカロリーナの言葉を思わず聞き返してしまう。
彼女はどうやらイヴィに賛成らしい。
女神レウナに至る道は祀王レオナルドの協力が最短だと考えたのだろう。
「ですが、大神祭が終わってからでも遅くはありません」
「ああ、それならセルベル嬢は讃美歌を歌えるように練習しておいた方がいいな」
エルンストと違って話についていけないわたしの為に、カロリーナは淡々と歌姫の始まりとされる伝承を語り始めた。
海で暴れる魔物を鎮める為に生贄として岩礁に鎖で縛られた歌姫マリア。
普通であれば絶望しかなかっただろうが、しかし彼女は荒れ狂う海の中で滔々と歌い続けた。
すると海は少しずつ穏やかになっていき、更にはその歌声を聞き付けて一人の青年が現れ、海の魔物を打ち倒してマリアを救ったそうだ。
二人の活躍で海は静けさを取り戻し、その後マリアと青年が結ばれてめでたしめでたし、というような話だ。
その伝承を由来にして海が荒れないように歌を捧げるようになったという。
海を統べる神である大神トラバイスタに海の魔物を暴れさせないように祈る儀式でもあるらしい。
(どこかの神話にも似たような話があったよね?)
茉莉衣の記憶の中に思い浮かぶ神話があったけれど、世界が違っても似通った話になるらしい。
伝承というものはどこか通ずるものがあるのかもしれない。
「大神祭で歌い手や舞い手を集めるのも、歌姫が奥の礼拝堂で神に歌を捧げるのも、この伝承を元にしておりますが、異なる儀式なのです」
大神祭は海洋神トラバイスタに歌を捧げ、歌姫は海そのものに鎮静を祈る儀式なのだという。
大神祭の歌い手が歌姫として選ばれることは多い。
しかし、レオナルドが祀王になってから一人も歌姫が選ばれておらず、何年も歌姫は不在だったので、エルンストも詳細は知らなかったようだ。
カロリーナとしてはわたしの歌声は歌姫になれる素質があると感じるので、レオナルドに歌姫候補として紹介するのは問題ないらしい。
けれど、やはり礼拝堂で歌うなら讃美歌であるべきなのだと言う。
わたしが知っているのは父が歌っていた異国の歌を除けば下町で覚えた歌ばかりで、お貴族様向けの歌はほとんど知らなかった。
音楽は貴族の教養の一つなのでセルベル家ではピアノを習ってはいたけれど、貴族の音楽家が作った曲ばかりだし歌詞があるのかも知らない。それらも讃美歌ではなかった。
父は出奔し、母は病死。生きていくのに必死過ぎて神に縋る時間さえも惜しかった。
教会へ行く時間があるなら、花畑に行ってラヴィに手伝って貰いながら花の手入れをして、その日売る分を選別しながら少しでも見栄えが良くなるように籠に盛る、そんな生活の方が大事だったのだ。
セルベル家の一員となってからは、貴族の嗜みとして慈善活動の為に教会が運営している孤児院へ行ったり寄付金を持って行ったりはしたけれど、礼拝に参加した事はなかった。
だから、讃美歌を歌う以前の問題でちゃんと聞いたことさえも無いのだ。
カロリーナとエルンストが口を揃えて讃美歌を、と言うならきっとその方がいいのだろう。
やはり大神祭を控えたレオナルドに無理はさせられないので、大神祭が終わったらカロリーナが主催でピュハマー家でお茶会を開いて、その場に今いるこのメンバーとレオナルドを招待するという事で話は落ち着いた。
わたしはそれまでに讃美歌を覚えて歌えるようになるのが課題だ。
「やっぱりまどろっこしいな」
「レオちんの好感度アップだね!」
イヴィはかったるいとボヤいたものの、わたし達の決定を混ぜ返すことはしなかった。
ラヴィは会ったこともないレオナルドを早速レオちん呼びしていて、名前が含まれるだけイヴィの呼び方よりマシなのかもしれないけれど、祀王様に対してとても不敬だ。そんなわたしのヒヤヒヤなんて知る由もなく、恋バナだと目を輝かせている。
わたしの恋愛を応援するぞと気合の入っているラヴィには申し訳ないけれど、そんな気持ちは一切持ち合わせてはいないし、まさか恋バナにされるとは思わなかった。
「じゃあ、エルちんの好感度占っちゃお!」
「占わない!」
レオナルドとはまだ出会っていないから彼からわたしに対する好感度は花占いで分からないらしく、代わりに目の前にいるエルンストに矛先が向かったので、慌ててラヴィを押さえつけて止めた。
ふと、会ったことの無い人は占えないのなら、やはり父親の行方に関しての占い結果は信じない方がいいのだろうな、なんて思ってしまった。
「おや?君は僕の好感度を知りたくないのかい?」
悪ノリしたエルンストが緑と黄色の目を細める様子は、好奇心を隠していない。
お陰で、父の事を考えて沈みかけていた気持ちはそのままどこかへ消えてしまった。
「シュティーナはもっと紳士でした」
たかだか男爵家の小娘が侯爵令息に対して声を上げてしまったが、エルンストは増々面白いと言わんばかりに肩を震わせている。
「女の子のシュティーナが紳士的って……」
「あっ!申し訳ありませんっ」
「いや、妹に聞かせたら喜ぶに違いない」
普通の女子なら褒め言葉では無いが、シュティーナには間違いなく褒め言葉だ、とエルンストに変な太鼓判を押されてしまった。
完全に砕けた雰囲気に、今日の場は解散する。
エルンストが、ルーパス商会の馬車をわたしとカロリーナのそれぞれに出してくれて帰宅した。
わたしの帰宅を聞いたセルベル男爵は、わたしがルーパス商会で散財したのかと眦を上げたが、何も買っていないと分かると胸を撫で下ろしていた。
貴族の買い物は、家名を告げてツケにする事が出来るので、後から高額請求されないかと怯えたようだ。
そういえば、ゲームではルーパス商会でしか買い物が出来ないけれど、冒険に出たり街で働いたりして、自分でお金を稼いで買い物をしていた。
一応、毎月お小遣いも貰えるのだけど、欲しいものが中々買えない絶妙な金額だった。
それでも、特別な日に花屋から貰ったお小遣いとは雲泥の差ではあるのだけど。




