実嘉からの言伝
いきなり死んだかと聞かれてドキリとしたけれど、わたしにそんな記憶は無かった。
春休みにミカさんのお家でゲームを初めて四日目。攻略対象の最後の一人だったルートヴィヒをクリアしたその達成感に包まれて寝落ちしてしまった。それが茉莉衣の記憶の最後のシーンだった。
あの時は、華凛梛もミカさんも一緒にリビングにいたのだから、華凛梛もそれは知っていると思う。
そこから先の記憶は全くと言っていい程残っていない。
例えば、あの後で大災害でも起きて倒壊に巻き込まれたのだと言われれば、可能性は無いとも言い切れないけれど、そんな事はないと思う。
では、なんでこんな事になっているのかと考えても、全く何も思い浮かばなかった。
「『覚えが無いなら考えても無駄ね。ミカちゃんの意見も聞きたいところだけど、それも難しいみたいだし……ねぇ、エルンスト、ミカちゃんは本当に女神に会えと言ったの?』」
「正しくは『華凛梛とマリイに会えたら二人で女神レウナを探せ、と伝えてくれ』です」
「『それだけ?自分を助けてくれとかそんなのはなかった?』」
「いえ、特には」
とりあえず、ミカさん自身は緊迫した状況では無さそうだけれど、直接話せないのは中々に厳しい。むしろわたしに茉莉衣の記憶がある事やカロリーナと華凛梛は会話出来ている事の方が異常で、エルンストに『ミカさんと話させて』と問い詰めても、彼を困らせるだけだろう。
現にエルンストは、ミカさんからわたし達へのこの言伝を預かって以降、全く声を聞いていないそうだ。
エルンストからすれば、一方的にそんな言伝をされても手掛かりなんて何もないし、一応気を付けておこうくらいの気持ちでいたようだ。
長期戦になると考えていたところ、昨日、カロリーナが『ディンブラ』というお茶の銘柄について商会にお問い合わせをしてきた。
昨日の今日でまだ調べきれたわけではない。だけど、サーリスト王国内は言うまでもなくルーパス商会と取り引きのある皇国にも帝国にも取り扱いの無い茶葉だった。
もしかしたら大陸にあるどこかの小国には存在している可能性が完全にゼロではないけれど、そうだとしても一体どこでそんな銘柄を知ったのかが気になった。たったそれだけの切っ掛けでカロリーナに違和感を持ったらしい。
今日、学園でわたし達に出会ったのは偶然だったけど、一緒に回ろうと提案してきたのも、カロリーナの様子を探ろうと思っての事だったらしい。
わたしがシュティーナとカーリンの二人とおしゃべりしている間に、エルンストはカロリーナに紅茶の話を切り出して華凛梛を見付けた。
ついでに華凛梛が、そもそもディンブラと口走ったのはわたしだから茉莉衣だと疑っていると言い出して、二人で確認するという経緯になった。
エルンストは、こんなに早く二人まとめて見付かるなんてまさしく絆の女神レウナのお導きだ、と女神に感謝の短いお祈りをする。
女神レウナの御力はまさしく縁結びに特化しているので、本当にそうだったのかもしれない。
それにしてもミカさんはそんなにも話をするのが難しい状況にあるのだろうか。
こうして話をしていてもエルンストからミカさんらしい言動が出てくる様子はなかった。
ミカさんは何故女神を探せと言ったのか––––。
「あの、ミカさんは女神を見付けたらどうすればいいとか言ってましたか?」
「いや、申し訳無いがそこまで会話出来ていない」
もしも、わたしが歌姫に選ばれて奥の礼拝堂へ行けたとしても、ピュハマー家のカロリーナはともかくエルンストは一緒に入る事は出来ない。
ということは、女神に何を伝えればいいのか、もしくは、女神に何を尋ねればいいのか、それをミカさんから聞き出しておかないと結局どうすればいいか分からず、無意味に終わってしまいそうだ。
あるいは、頭の回転の早い華凛梛なら、ミカさんが求めている事が分かるかもしれない。
「ですが、奥の礼拝堂に行っても女神様に会えるとは限りません」
わたしは礼拝堂に行きさえすれば女神レウナに会えるものだと思っていたので、カロリーナの言葉に驚いてしまった。
カロリーナ曰く、確かに礼拝堂内は神々しい気配を感じるけれど、主祭神トラバイスタも眷属神レウナもそのお姿を見たこともお声を聴いたこともない、と断言した。
「今朝もお祈りしましたが、これまでわたくしにレウナ様のお声が聴こえたことは一度もありません」
驚いたことにカロリーナは毎朝欠かさず奥の礼拝堂でお祈りを捧げているらしい。
彼女は、祀王であるレオナルドよりも奥の礼拝堂にいる時間は長いという。
わたしもエルンストも二の句が告げられなくなって、この場は沈黙に包まれた。
「まどろっこしいなぁ」
今まで大人しくパシャを食べていたイヴィが突然割って入ってきた。
「さっさと祀王に訊けばいいじゃん。そこの金銀頭はねーちゃんなんだから簡単だろ?」
イヴィはいつもわたしのことも髪色で呼ぶけれど、銀から毛先に行くごとに金色にグラデーションしているカロリーナが相手でも随分と不躾な呼び方をしていて肝が冷えた。
だけど、イヴィがお気に入りのカロリーナは特に気にしている様子はなかった。
それにイヴィの指摘はその通りで、歌姫に指名権があるのも女神レウナのお声を聴いたことがあるのも、祀王であるレオナルドだけだ。
彼に直接女神レウナに合わせて欲しいとお願いするのが一番手っ取り早い方法だろうし、実の姉であるカロリーナが一緒にお願いしたら、無碍にはできないと思う。
ただ、今の時期は大神祭を控えていて、とても忙しくしているので、わたし達は無意識にレオナルドに時間を割いてもらうのを避けてしまっていた。
「オイラが呼び出してやろうか?」
わたしがイヴィとラヴィを呼び出したように、風の妖精であるイヴィが呼んでくると言い出したけど、そんな急な呼び出しは貴族のマナーとしては最低だ。
慌てて引き留めて事無きを得たと思えば、今度はラヴィが明後日な方向の提案をしてくる。
「アチシはね、花占いが出来るよ」
わたし達の会話の内容を理解しているのかしていないのか分からないけれど、口の端に食べカスを付けたラヴィはここぞとばかりに胸を張って、なぜか特技を披露しようとする。
ラヴィの花占いは、男の子達のヒロインへの好感度を調べたり、今週どのステータスが上がりやすいかを占ったりするのに使われていた。ゲーム内では男の子攻略の指標となるので、その情報が外れていることはなかったけれど、実際どれだけ使える占いなのかは不明だ。
(だって本人に『わたしの事が好きなんでしょう?』って面と向かって聞いて確かめる訳にもいかないし……)
ゲームならそういうシステムなんだから間違えていないだろうけど、実際の花占いの真偽なんて確認しようがない。人の気持ちなんて曖昧だし、まかり間違って直接確認したとして、本当のことを言ってくれるとも限らない。
恋愛関係の占いじゃなくても占って貰うことは出来るけど、それも当たっているかはよく分からなかった。
わたしがまだセルベル家に引き取られる前に、父親の行方を占ってもらったら、結果は『近くにいるよ〜』だった。
本当に近くにいるなら、なんで会いに来てくれないのか、一緒にいてくれないのか、そんな思いだけが残る結果になってしまったのだ。
もしかしたら、ラヴィの花占いは恋愛に特化しているだけかもしれないけれど、所詮占いは占い、予知では無いというのは念頭においておかなければいけないだろう。




