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Raccoon はじまりは乙女ゲームで  作者: 加藤爽子
四章 マリー、学園生活の始まり
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嘉言善行

 大神祭で歌われるのは異国の歌ではなく讃美歌だ。

 神に捧げる歌なのにも関わらず、ゲームではわたし(ヒロイン)の歌声になぜか妖精達が集まってきて騒ぎになってしまうというイベントがあった。

 先月、妖精樹の森でも歌で妖精達を集めてしまったけれど、場所が場所だし旅人の歌だったので如何にも自由奔放な妖精達に好かれそうなものだ。

 いつもは、そんな自由な妖精達でも神にはそれなりに配慮している。

 けれど、神のお膝元である聖堂で神の為の讃美歌にも関わらず集まって来るのだから、とても珍しい光景だったのだ。

 お祭り期間中であるのも多分に影響しているだろうが、興奮した群衆で聖堂は大混乱に陥った。

 その場を静めたのは祀王様(レオナルド)だ。

 長い銀髪が後光のように光を讃え、カロリーナと同じ瑠璃色の瞳で群衆を見渡し、良く通る声で穏やかに諭す少年はまるで天使のようだった。

 そんな美麗スチルが貰えるのだけど、このイベントが攻略のフラグになるのは実はレオナルドだけではない。

 ヒロインが妖精に愛されていると王家にも知られ、更にはそれが受け入れられた事で、貴族社会で腫れ物に触るように嫌厭されがちだったヒロインが貴族として認められるようになる切っ掛けのイベントなのだ。

 攻略対象者達は最初からヒロインに中立で接してくれるけど、貴族社会はやはり世間体が大事で、このイベントを起こさないと誰一人として攻略は出来ないようだ。

 とはいえ、特に意識しなくても普通に芸術や魅力のステータスを上げていれば二年目か三年目かには自然と歌姫に選ばれるので、実はイベントを起こさない方が難しかったりする。


「今年に歌姫になれたら良かったんだけど……」


 茉莉衣(まりい)の知識を反芻しながら、ポツリと声に出してしまった。

 カロリーナとエルンストの視線がわたしに集まったので、声に出ていたことに気付いて慌てて両手で口を塞ぎ、二人を恐る恐る伺う。

 茉莉衣の意識に引っ張られているからか、どうにも貴族の所作が疎かになっているようだ。

 わたしは誤魔化す様に姿勢を正して何も言ってないとばかりに微笑んだ。

 少なくとも後一年、みんなから遠巻きにされると思うと早めに起こしたいイベントなのは確かだけど、流石に歌の練習や衣装などの準備期間も必要なので、本番までひと月程しかないこの時期には既に指名されている。

 それを覆して歌姫にしてもらおうなんて烏滸がましいと思われても仕方なかった。


「歌姫……」


 しかし、わたしの独り言にしっかり反応したエルンストも独り言を漏らすとなにやら考え込んでいる。


「セルベル嬢は歌姫を目指しているのかな?」

「はい」


 気持ちが落ち着くから、歌うのは好きだ。そこに他人の評価なんて関係無い。

 だから本当は歌姫という称号には興味はない。

 ただ、ゲームだったらならない方が難しかったという事実だけでわたしは頷いた。


「もちろん。君はとても素敵なレディだからきっと選ばれるよ」


 エルンストは、愉しげに左右違う色の瞳を輝かせながらニコニコと笑っている。

 どこか芝居がかったその言葉に、急に恥ずかしくなって自分の顔が赤く染まるのを感じた。


「但し、ここ十年程は歌姫に選ばれた人は誰もいないんだ」

「大神祭に聖堂前で歌うのは歌い手達、その中から祀王様にご指名を受けた人が歌姫となって後日、奥の礼拝堂で神に歌を捧げるのです」


 カロリーナがエルンストの言葉を補足してくれる。

 それを聞いてわたしは血の気が引く思いだった。

 ゲームでは歌姫と呼ばれていたから勘違いしたけれど、どうやら聖堂で歌うだけなら、歌姫ではなく歌い手と呼ぶらしい。

 歌い手になるのも名誉な事だけど複数人が選ばれる。歌姫は、その中の唯一になるのだ。

 奥の礼拝堂は、司祭以上の役職についているか、あるいは王族もしくはピュハマー家の血筋の者しか入れない。

 例外は歌姫のみで、それは昔から伝わっている伝承で、マリアという名の歌姫が歌で大荒れの海を宥めたという話に基づいているそうだ。

 この十年誰も選ばれていないのに、自信満々に『はい』なんて言い切ってしまって厚顔無恥にも程がある。

 聖堂は貴族、平民問わず入ることが出来るが、王城より奥にある立地の関係で、平民街からは海を回って行かなくては辿り着かない。

 反対側の陸路には妖精樹の森が広がっていて森を通り抜けるには申請が必要だし、迂回するには何日かかかってしまう。

 平民時代のわたしが船賃を払える訳もなく聖堂へは行った事が無かった。

 だから、歌姫がどのように選ばれているかなんて知る由もなかったのだ。


「エルンスト様はなぜ奥の礼拝堂へ行きたいのですか?」

「聖堂の中でも一番の神域だと言われている奥の礼拝堂なら女神レウナへの御目通りが叶うかもしれない」

「女神レウナに、会う?」


 エルンストの返答に、なぜ女神様に会わなければならないのかが分からなくて、わたしは首を傾げた。


「そうか、伝えてなかったな……サネヨシ様からの伝言なんだ」

「サネヨシ?」


 全く聞き覚えのない名前に思わず鸚鵡(おうむ)返しになってしまう。


「ミカちゃんという御方のことらしいです」

「え?」


 エルンストへ問い返したら、カロリーナから返事があった。どうやらサネヨシという人が分からないのはわたしだけのようで、頭の中は増々ハテナでいっぱいになった。


「わたくしには理解しかねますので、カリナ様のお言葉をそのままお伝えしますね。『真実の“実”に嘉言善行の“嘉”で実嘉(さねよし)』」

「かげん、ぜんこう?」


 なんだかとても情報過多で頭が回らない。

 かろうじて四字熟語という事は分かったが、どんな漢字を書くのかさえも思い浮かばず、耳に入った単語をまたしても鸚鵡返しにしていた。

 サネヨシという名前は、異国の響きを持っている。そもそもこの国で……いや、大陸でもこんな文字は使われていない筈なのに頭の中は一所懸命に該当する漢字を探し出そうとしていた。


(というか、今、華凛梛(かりな)って言った?)


 サネヨシの漢字よりも先に華凛梛が頭の中で変換された。


「『嘉言善行は良い発言と良い行い、みたいな意味よ。喜ぶの二つ目の口を加わるにした字って言った方が分かるかしら?実嘉だなんてなんか偉ぶっていて生意気だし、ミカで十分でしょ』」


 更に続けられた説明でどうやら華凛梛の従兄の名前がミカではなく本当は実嘉というらしいとようやく正しい漢字で名前を思い浮かべる事が出来た。


(この自信満々の話し方はやっぱり華凛梛だよね?)


 ミカさんの本名よりも華凛梛の口振りの方が偉そうだ、なんて考えていたら「あら?あたし偉いのよ」って記憶の中の華凛梛が速攻で言い返してきた。


 本来なら身分差で話しかけるのも恐れ多いカロリーナだけど、ゲームでサポート役だったことで気安く感じていた上に、茉莉衣の親友の治宮(はるみや)華凛梛だと思うと更に気心が知れた仲のように思える。

 だから、そうであれば嬉しいと気安く疑問を口にする。


「カロリーナ様は華凛梛なんですか?」

「……いえ。わたくしはカリナ様ではありません。お声が聴こえるのです。マリーは違うのですか?」

「わたしは、自分が春日(かすが)茉莉衣だったと思います。あっ、でもマリー・セルベルでもあります」


 お互いを不思議そうに見つめ合った後、わたしはエルンストの方を見た。

 そもそも彼がミカさんの名前を出したのだから、彼にも記憶があるに違いない。


「残念ながらサネヨシ様は、いつでもという訳ではなく、本人も次はいつ話せるか分からないと言っておりました」

「…………お言葉伝えますね。『転生では無さそうね。召喚って感じでも無いから、憑依とでも言うべきかしら?でも茉莉衣は転生っぽい?あなた死んだ記憶があったりする?』」


 カロリーナの口を借りた華凛梛の質問にわたしは首を横に振って否定する。

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