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Raccoon はじまりは乙女ゲームで  作者: 加藤爽子
四章 マリー、学園生活の始まり
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豊穣祭と大神祭

 カロリーナはわたしの返事を聞くと口を開こうとして……キュッと引き結ぶ。


「マリー、場所を変えましょう。またイヴィさんにお願い出来るかしら?」


 ここは個室と言ってもすぐに学生ホールのような場所に隣接している。

 まだ少ないとはいえ、先日の神殿内に比べれば人の出入りも多く、壁も薄いように思う。

 わたしの契約妖精であるイヴィとラヴィなら呼べばすぐに来てくれるので問題ない。


「場所を変えるのは賛成です」

「少し遠いですけど、神殿でいいですか?」

「移動の時間が勿体無いですね。ルーパス商会の商談室ではいかがですか?」

「そうね。お願い出来るかしら」


 カロリーナとエルンストは、さっさと行き先を決めてしまった。

 昨日体験したけれど街の反対の更に崖の上にある神殿は、馬車を使ってもそれなりに遠い。

 その点ルーパス商会なら学園からそう離れてはいないし、商談に使う部屋であれば機密性にも優れているのだろう。

 とはいえ学園の敷地は広大で、学園の外へ出るだけでも一つ先のバス停までくらいの距離に感じる。

 馬車の乗り場へ移動しながら、わたしは左手の掌を宙に向けて魔力を流すように意識する。


「風の妖精さんにお願いがあるの」


 わたしの魔力に釣られて、野球ボールくらいの淡く光る妖精がたくさん集まって来る。

 その中でも伝令に長けている風の妖精を指名すると、数体の風の妖精がふよふよとわたしの左手に近付いた。


「イヴィを知っている妖精さんはいるかしら?イヴィに『来て』って伝えて」


 一番最初に掌へと到達した風の妖精がわたしの魔力を受け取ると直ぐにセルベル邸の方へと翔んでいった。

 他の妖精達もわたしの掌を目指すので慌てて魔力を流すのを止める。

 目標を失った妖精達が残念そうにこの場から離れていくのを見送った。

 ちなみにイヴィしか名指ししなかったけど、イヴィが来るならラヴィも着いてくるのは織り込み済みだ。


「たったひと言であんなに集まって来るなんて凄いな」

「順番が逆です。まず、お願いをする妖精を決めて交渉が成立してから魔力を出しなさい」


 エルンストの称賛とカロリーナの苦言を同時に浴びた。


「すみません。気を付けます」


 わたしとしてはいつも通りの手順だったのだけど、さすが妖精樹のお膝元。いつも以上に妖精が集まって来たのでわたし自身も内心驚いていた。

 これからは、カロリーナの言う通り最初に呼びかけた方がいいだろう。


(『この中にイヴィを知っている妖精さんはいますか?』なんてちょっとドラマみたい)


 思わず連想してしまったのは、飛行機の中の急病人の為にお医者様を探すシーンで、わたしはクスクスと笑ってしまった。

 そんなわたしをカロリーナが怪訝そうに見てきて、慌てて妄想を打ち消して神妙な顔をする。

 そんな気まずい空気の中、更に密室となるベンディクス家の馬車に乗り込んだタイミングで、イヴィとラヴィが現れた。


「わざわざ呼び出すんだったら最初から連れてこいよ」

「マリーちん、元気だった?」


 相変わらず不機嫌なイヴィを押し退けるようにして、ラヴィは嬉しそうに飛びついてくる。

 なんだかんだ言いながらもこんなに早くに来てくれるのだから、イヴィの天邪鬼な言動にも自然と顔が緩んでしまった。

 ふにゃっと締まりのないわたしの顔にイヴィは片頬を膨らませるが、指先で空色の頭を撫でると文句も言わずになすがままになっている。

 もちろんラヴィの桃色の頭を撫でることも忘れない。

 実はラヴィを構っている時の方がイヴィは満足そうにしている。


 学園からそう遠くはない場所だけど馬車に乗ってルーパス商会へと案内された。

 主に大陸からの輸入品を取り扱っている商会では、文房具に雑貨に衣服、更には家具まで、小さなものから大きなものまで様々な商品がある。

 その為、店舗は街の至る所に分散しており、学園に近いここは、文房具が多く揃えられていた。

 そこの商談室で、先日と同じように中の音は外には聞こえないけれど外の音は聞こえるように、イヴィに風の魔法を使ってもらう。

 エルンストがレアチーズケーキ(パシャ)を出してくれたので、イヴィもラヴィも今は食べるのに忙しい。

 パシャは今月二十九日にある豊穣祭でよく食べられているお祝いのお菓子だ。

 大昔に大飢饉があった際に妖精達が魔法により作物の成長を促してその危機から救ってくれたという伝承がある。

 御礼として妖精達に贈った食べ物の中で特に好まれたのがパシャだったのが由来だ。


 下町時代は豊穣祭の時でも滅多に食べられない貴重な食べ物だったけど、当時は一日の食事にさえ苦心していて、そもそもおやつというものにあまり縁が無かった。

 唯一、下宿していた花屋から毎年豊穣祭に合わせて配られる僅かながらの心付けを握りしめて、ここぞという屋台を選んだものだ。

 ただ、わたしは匂いに負けてハーブの入ったソーセージとか、じっくりと焼かれた串焼きとか、お肉系を選ぶ事が多かった。

 お菓子と同じくらいお肉も普段の食事では食べられなかったからだ。

 そういえばセルベル家では特に豊穣祭を祝った記憶はなかった。

 それよりも、すぐ後に五月三日から三日間続く大神祭の方がずっと大きなお祭りだからだ。

 国教である海洋神トラバイスタを讃えるため、灯台には期間中ずっと絶やされることなく明かりが灯され、聖堂では祀王様によって祝詞をあげ、選ばれた人達の歌や舞が奉納される。

 貴族は昼間に聖堂へ参拝して歌や舞を見物し、夜間はピュハマー邸で開かれる夜会に参加することが多い。

 下町では二十九日の豊穣祭から屋台や露店が立ち、五月三日からは町のあちこちで輪を作って踊りで賑わう。


「パシャ、初めて食べました。甘酸っぱくて美味しいですね」

「わたくしも初めてですわ」


 王都の貴族は豊穣祭を祝う習慣はあまり無いけれど、地方では領民と一緒に祝っているところが多いと聞く。

 領土持ちの貴族家で育ったカロリーナが食べた事が無いのは意外だった。


「ピュハマーは大神祭の準備で自領の豊穣祭に行っている場合じゃ無いからな」

「あら?ベンディクスは領地に行きますの?」

「商いの邪魔になるので、ハルティア学園に入学するまでは子供だけ領地に閉じ込められて居ましたよ」


 王都リンナは本島の北東に位置し、西に進むとカール理事長のシューストレム領、その隣がピュハマー領、そこから更に北西にある海を渡った先の島がベンディクス領となる。

 エルンストは大袈裟に肩をすくめて嘆いて見せた。


「そういえば、ミカル殿下も何度か春にベンディクス領に行ってらしたわ」


 エルンストとミカルは従兄弟同士なので、親戚の家へ行くのは何もおかしくは無いが、王族であるミカルが大神祭を欠席していたのは知らなかった。

 祀王が初日に祝詞を上げる際には、王族が揃って参列していると聞く。でも、別の島であるベンディクス領へ行っていたのなら、必然的にミカルが参列出来るはずがない。

 ゲームのパッケージから不良の雰囲気が漂っているミカルがサボっていたとしてもあまり意外性は無いけれど、国を挙げての神事を欠席していたなんて信じ難い。

 ミカルルートをクリアしていたのは確か華凛梛(かりな)で、残念ながら茉莉衣(まりい)の記憶では薄い。


(確かミカルは正妃様に疎まれていたのよね)


 それが神事の欠席に関係あるかどうかミカル本人に聞かないと分からないかもしれないけれど、今目の前にいる二人はこの国で一番ミカルに近しいので、聞いてみてもいいかもしれない。

 茉莉衣の記憶から分かることは、ミカルよりも祀王であるレオナルドの方だ。

 大神祭のスチルが脳裏に浮かぶ。

 確か二年目にわたしが歌姫に選ばれて、聖堂で歌うのだ。

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