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Raccoon はじまりは乙女ゲームで  作者: 加藤爽子
四章 マリー、学園生活の始まり
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学園案内 4

 これまで貴族女性は政略結婚が当たり前だと思っていたから、セルベル男爵との契約内容も貴族としては当然だ。家庭教師の話もそれを後押ししている。

 茉莉衣(まりい)は恋愛ゲームということからこの国はどちらかというと自由恋愛だと思い込んでいた。

 その認識はわたしとはズレている。

 だけど、わたしも八歳でセルベル家に迎え入れられてから六年近く、家庭教師から学んできただけで、それはおそらくセルベル男爵の意向に沿ったものだったに違いない。


「シュティーナ様やカーリン様には婚約を約束されている方はいらっしゃるのですか?」

「まだ葉紋を得ていない身なので」


 シュティーナのそ返答は、何のひねりもない定型文だった。

 『婚約』と言い切ってしまえば、そう返って来ることは予測出来ていた。だからこそ『婚約を約束』なんてまどろっこしい言い回しをしたけど、気付かなかったのかもしれない。

 カーリンは少し考える素振りを見せたけれど、シュティーナに同意のようだ。

 本当にズレているのは茉莉衣ではなくわたしのような気がしてきた。

 ここにラヴィとイヴィがいれば『人間は面倒臭い』と言ってくるだろう。


「……カロリーナ様はルートヴィヒ殿下の婚約者ですよね?」

「いえ、婚約者候補ではありますが正式に決まった訳ではありません」


 確かにゲームでも『婚約者候補』と記されていた。

 でも、マリー(ヒロイン)がルートヴィヒを攻略しない限りは、エンディングでルートヴィヒが王太子でカロリーナが王太子妃になっていたので、茉莉衣からすれば、婚約者と違いはなかった。

 とはいえ、この国の葉紋の重要性を考えると『候補』に留めるしかないのだろう。


 王立ハルティア学園に入学したわたし達は、貴族と平民の分岐点に立っている。

 妖精樹に認められなければ、そのまま実家に養われたり他の貴族に雇われたりして貴族街に残るか、それが無理なら平民街へと住処を移す。

 その場合の身分は貴族街に残れたとしても平民となり、例え貴族との婚姻が叶ったとしても平民であり続ける。

 その場合は、もちろん爵位は得られないし、相続も出来ないどころか政務の決定権もない。王城への出入りも制限されるから王族が出席するお茶会や夜会へ行くことも許されない。

 貴族夫人としての役割はほとんど果たせなくなるのだ。

 葉紋が無い者とは、家として婚姻を許可をするメリットがない。

 わたしの場合、結婚出来なくても平民に戻るだけ……いや、むしろ、読み書きや計算、マナーなどを習った今なら、平民でもそれなりの職を見つける事が出来るから貧民からは抜け出せるだろう。

 その理論からすると、お母さんはなんで貧民街で暮らす事になったのだろう。

 少なくともわたしに基本を教えるくらいの教養はあったのだから、富裕層の家庭教師とか出来た筈だ。


(わたしを身籠ったからだ)


 ふと思い当たってしまった。

 父は吟遊詩人で根無し草。例え父が一緒に居た時だったとしても、安定した収入は望めなかっただろう。

 貴族育ちのお母さんが身重で不衛生な環境で暮らさざるを得なくなって、体を壊してしまったんだ。

 それが真実なような気がした。

 やはり是が非でも父を見付けて文句を言わずにはいられない。


(せめて最期まで、お母さんの側に居て欲しかった……)


 葉紋を得て貴族に嫁げなければ、セルベル男爵に父を探してもらう事が出来なくなってしまう。

 それには学園で良い成績を残し、良好な交友関係を築き、卒業しなければならない。

 もしかしたら、交友関係の中でセルベル男爵よりも父探しに長けている人が見付かるかもしれない。

 例えば、今ここにいるエルンストとシュティーナの家業は、大陸と取引のある大商会だ。

 父がサーリスト王国に居るとは限らない以上、大陸と取り引きのあるルーパス商会を有するベンディクス侯爵家から情報が貰えるかもしれない。

 そんな、打算的な考えが浮かんでしまうわたしは随分と俗物なのだろう。


「もしかしてマリー様は意中の方がいらっしゃるのですか?」


 まさか自分にその質問が返ってくるとは思っていなかった。

 質問者であるカーリンはその大きな瞳に疑問を浮かべて、わたしを見ている。

 その質問に釣られたかのように頭の中には金色の色彩を持った彼の姿が思い浮かぶ。

 森で助けてもらったあの時から、何度か再会を夢想していたけれど、先月の入学試験で会った後から現在の姿に更新されて夢にみてしまう。

 彼は想像していたよりもずっとキラキラしていて、遠い存在だった。

 無意識下の夢に出してしまう事が既に不敬だというのに、幼かったあの日のように手を繋いで隣を歩いてくれるなんて、夢を思い出すだけでも赤面してしまいそうだ。


「いえ。おりません」


 脳裏から消えない金色を無視して、わたしははっきりと否定の言葉を口にした。

 意識してにっこりと微笑んだ顔はちゃんと笑っているように見えるだろうか。

 チリリと感じる胸の痛みに、シュティーナに掴まっている手とは反対の手をそっと胸に当てる。

 まさか今更、幼い初恋を自覚させられるなんて思いもしなかった。

 今は後ろめたくてカロリーナの方を見れず、視線はゆるゆると足先へと落ちていく。


「あっ足痛いですよね」


 いつの間にか校内をグルリと一周してサロンに戻っていた。

 わたしの視線に靴擦れが酷くなったのだと誤解したカーリンが、個室を取って靴擦れを手当てしてくれた。

 貴族女性がみだりに異性に足を見せてはいけないのでわざわざ個室を取ってくれたのだ。

 案内された場所には治癒室と呼ばれる保健室に似た部屋もあったけれど、今日は閉ざされていた。

 エルンスト曰く、昨日の王城での夜会に参加した教師の多くは今日を休講にするそうだ。

 講義がなければ生徒も来る筈はなく、自然と学園内は閑散とする。


「私とカーリンはもう一度、修練場の方を観に行くよ」

「個室の時間は気にしなくて大丈夫ですから、マリー様はどうぞしばらく休んでくださいね」


 先程、修練場に行った時には自主鍛錬を行っている生徒の姿があった。

 あの中に混ぜてもらえるかもしれない、とシュティーナは目を輝かせている。

 カーリンはシュティーナが怪我した時の為に側で見学させてもらうらしい。

 そんな訳で二人はここから別行動だ。

 二人と入れ替わりに、カロリーナとエルンストが個室に入ってくる。

 カロリーナはともかくエルンストも残っていたのに驚いた。


「足は大丈夫?」

「はい。お陰様で良くなりました」

「そう。それは良かったわ」


 カロリーナが感情を抑えつけるような微かに震えた声で言うものだから、怒られているようにも感じてしまう。

 でも、昨日今日と一緒に過ごすうちにわたしにはカロリーナの感情が分かるようになってきていた。

 これは本当に心配してくれているのだと思う。


「ディンブラ」

「え?」

「だからディンブラよ。エルンスト様にも確認しましたが、大陸でも聞いたことが無いそうです」

「あっ」


 当然だ。ディンブラという銘柄の紅茶を飲んだのは、茉莉衣の記憶だ。

 エルンストがこの場に残ったのも、それが理由だったのだろうか。


「身に覚えがなければ聞かなかった事にして下さい」


 わたしの正面に座ったカロリーナはちらりと視線をドアの方に送る。

 個室のドアの前にはまるで護衛騎士のようにエルンストが立っている。

 二人が何やらアイコンタクトを取ると、カロリーナは意を決したようにキッとこちらを睨みつけて口を開いた。


「もしかしてマリーはこの世界では無い別の世界をご存知ではないかしら?」

「…………知っています」


 どう返事をしたらいいのか分からなかったが、グッと睨みつけるようなカロリーナの視線から逃れることも出来ず、誤魔化すのはやめた。

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