世評から人を知る-2
「では、俺は図書室に一度顔を出してから訓練場に向かう」
そう言い残して去っていくのは俺の親友であるエクサス・カリニオンだった。
元々、生真面目であったあいつは放課後となれば自主訓練をするのは当然だった。
座学の授業は苦手だと自身でも言っているように考えるよりも体を動かすほうが得意なのだから誰よりも先に準備を整えているのが常だった。
後輩を指導する様子も様になっており人望も厚い。
あいつの放課後の指導を楽しみにしている後輩を待たせないようにと一目散に訓練場や校庭へと足を運ぶ。
それがあいつのルーチンだったはず。
しかし、それが最近は少し違う。
「そう毎回毎回、顔出さんでも良いだろうに」
俺が隣国からの留学から帰ってきた時にその習慣は少しだけ変化していた。
エクサスは訓練に向かう前に必ずと言っていいほどの頻度で図書室へと足を運ぶのだ。
勉強が苦手で本を読むことなど全くと言って良いほどしないあいつが図書室へ向かう。
勿論、目的は本じゃない。
あいつが急に読書に目覚めたら俺は偽物だと疑ってしまう。
それくらい奴は本が苦手だ。
それじゃ何が目的かって?
簡単な話だ。
図書室には貴公子を魅了して止まない魔女が居るからだった。
「迷惑がられてないなら良いんじゃないかな」
そう言うのは俺と一緒に先日まで留学をしていたコータ・クォンサム。
エクサスとこいつと俺はよく三人でつるんでいる。
とにかく生真面目で直感で動くエクサス。
その直感を支持したり、至らない点を理論的にフォローする理屈屋のコータ。
そして明るく人気者の俺。
自分で言うのも何だが学内でもちょっと人気がある……と思う三人なわけだ。
その三人の内の二人がどうにも最近様子がおかしい。
おかしいというか俺だけ置いていかれているというかついて行けてないというか。
そういう感覚を覚える事が多くある。
今もそうだ。
「……なんつーか。お前も寛容になったよな」
「寛容?」
「ちょっと前はエクサスがリフィルちゃんと絡むのにあまり良い顔してなかったじゃねぇか?」
俺たちが居ない間に親交が深まったという魔女とあだなされる女生徒。
リフィル・ラインズ。
元々はエクサスの婚約者だった女の子。
エクサスは彼女に会うために足繁く図書室に通っているのは明らかだった。
そして、そんなエクサスの背中をコータはさり気なくだが押すようにしているようにも見えていた。
「そうかな?自分ではそんな事は思っていなかったけど」
「気づいてなかったか?前は何とも言えない顔してたぜ。エクサスには見せないように気をつけてたんだろうけどな」
コータはリフィルちゃんと親交を深めていくエクサスを見て複雑な顔をしていたのを俺は見逃していなかった。
こいつは態度はともかく、かなりエクサスの事を気にかけている。
あいつを害そうとするならばまずはコータをどうにかしなければいけないだろう。
そんなコータからしてもエクサスとリフィルちゃんが接近する事は複雑な想いを抱く事柄だったはずだ。
というのも、あの二人の関係性が奇妙な状態だからだ。
そもそも婚約者同士だったのだから今更親交を深める必要は無いんじゃないか?
婚約を解消したのであれば尚更。
そう思うのが普通だ。
しかし、この二人にはそれが当てはまらなかった。
まず、元々婚約者同士だったというのにお互いの事を殆ど知らなかったのだと言う。
どういう事かと思うが、お互いに避けあってたので良く知らなかったらしいのだ。
確かに長い間一緒に行動していて、色々な話をしている俺もエクサスから婚約者であったリフィル嬢の話題なんて聞いたことはなかったし、聞こうとすると曖昧に濁される。
そんな状態だったから聞けば納得する理由ではあった。
俺とコータはエクサスと婚約者の間はあまり良好じゃないと思っていた。
カリニオンとラインズという大きな家同士の繋がりは上流階級では有名だったので家が決めたであろう婚約だという事は言われなくてもわかっていた。
貴族であれば何かしら逃げられない柵がある。
それは権力が大きい家であればあるほどだ何かしらを抱えていて当然。
エクサスにとってはそれが婚約者との問題なのだろうと漠然に感じていた。
そんな彼女との婚約解消を知らされたのは俺たちが留学から戻ってきたその日だった。
聞いた時に俺は思った。
『まぁ良かったんじゃねぇかな』と。
エクサスが理不尽な理由で人を嫌ったりするような男では無いことは普段の付き合いでわかっていた。
そんなあいつが話題に出すのを避けるような女だ。
何かしらの問題があるだろうと思っていたし、それを裏付けるように良くない噂も立ったりしていた。
婚約解消大いに結構。
友人の数少ないであろう悩みが一つ解消された。
そう思った。
はっきり言ってエクサスは女性からの人気があるし、もっと良い相手が見つかるだろうと思ったものだ。
そう思っていたのは俺だけじゃなくコータも同様だったはずだ。
むしろ、コータのほうがその想いは強かったと思う
エクサスの婚約者への不満というか不審が態度の端々から滲み出ていたからだ。
「そうかな?別にエクサスの交友関係に口を出そうなんて思ったりはしてないつもりだけど」
「何言ってんだか。最初は明らかに警戒してたぜ」
「警戒って大げさな……まぁエクサスが女の子の友人を作るのは珍しいからね。ちょっといつもとは違ったのかもしれないね」
そう言いながら肩をすくめるコータ。
完全に惚けてやがる。
「なんだい?」
「いや、別に良いけどよ」
普通に考えれば婚約を解消したことにより恋人探しが始まったりしてもおかしくない。
今まであからさまに避けていた女関係の話が出てくるようになるかもしれなかった。
しかし、流石はエクサスだ。
俺が考えるような動きは一切しない。
常識で縛られない男であるエクサスの現状はよくわからない方向に転がっていっていた。
「あいつが女の子にあんなに熱を上げるなんて思いもしなかったからな」
何故かエクサスは婚約を解消したリフィルちゃんの事を好きになってしまっているように見えた。
いや、本人は自覚していないのだろうけどあれは絶対にそういう感情だろうと俺は思っている。
今まで数多の女性に言い寄られても一顧だにしなかったあいつが自分のルーチンを崩してまで顔を見るためだけに図書室に向かうのだ。
あれは絶対に惚れている。
だったら婚約解消なんてしてんじゃねーって話ではあるのだが。
「そうだね。リフィルさんとエクサスならお似合いだと思うんだけどね」
「マジかよ……お前いつの間にそんなにあの娘の事を認めてたんだ?」
「認めるも何も無いけど、何でそう思うのかな?」
「いやいや、絶対に前はそんな感じじゃなかったぜ」
この事実を知った俺とコータの反応はそれぞれ違った。
俺は最初から割と好意的だったはずだ。
なぜなら、エクサスの人を見る目に間違いが無いと俺は信じていたからだ。
あいつが自身で選んで仲良くなろうとする奴に悪い奴はいない。
根拠も何もない直感だなんだとあいつはよく笑うがその的中率は笑えないほどの高さだ。
だから、俺はリフィルちゃんが少なくとも悪い女じゃないと思ったし、あの朴念仁が右往左往する様はそれはそれは珍しい姿で楽しくもあったからだ。
しかし、コータは違った。
あいつはリフィルちゃんを疑っていたはずだ。
そこまで深いものではなかったとしても疑念を持っていた。
『あの女はエクサスに相応しい女なのか?』
言わなくてもそう思っている事が俺にはわかった。
そんなコータの態度がいつかを境に急激に和らいだのだ。
「ふふっ……そうだね。実はリフィルさんとは少し話す機会があってね。その時に友人になったのさ」
「マジかよ」
「この前までは僕とリフィルさんは“エクサスの友人”っていうワンクッション挟んだ関係だったけど、今は直接の友人同士になったのさ」
「おぃおぃお前が篭絡されるとか、あの娘は本当に魔女なのかよ」
俺はコータが笑いながらそう言った事に驚きが隠せなかった。
それはコータが女性嫌い……とまでは行かないとしても苦手としている事を知っていたからだ。
こいつは女系家族で育ってきたという事と外見が幼く見えるという事にコンプレックスを抱えていて女の子と関わり合うのを微妙に避けていたからだ。
柔和な笑みでさり気なく自然に女の子と距離を取る姿を何度も俺はみていた。
「そんな事言うと怒られるよ。リフィルさんは怒ると相当怖いらしいからね」
「そうなのか?あんまりそうは見えないけどよ」
魔女と呼ばれているリフィルちゃんだが見た目は大人しそうな文系女子の権化だ。
艶のある長い黒髪が印象的であり、全体的に華奢な体つき。
俺としてはもうちょっとどこがとは言わないが大きい方が好みだが、ああいうスレンダーな感じが好きな男も居るだろうと思う。
エクサスの婚約者であった時代に地味で陰気な女という噂を流されたりもしたようだが、ああいうのは物静かで利発そうと言うんだろう。
そんな彼女が怒ったとしてもあまり怖くは無さそうに俺は思えてしまったがどうやらそれは大きな間違いだったようだ。
「以前に貴族の女生徒と揉めた時に、それはそれは完膚なきまでに叩き潰したそうだよ」
「へー、人は見かけに寄らねぇなぁ。案外武闘派なのか?」
「いや、物理的にじゃなくて社会的にね。再起不能レベルまでやったって。ヤゴラ家のご令嬢の話は聞いただろ?」
ヤゴラ家の令嬢の話。
それは俺たちが留学から戻ってきた少し経った時にクラスの友人から聞かされた話だった。
“ヤゴラ家の女と取り巻きはろくな奴じゃないから近寄ってきたら警戒したほうがいい”
そんな内容だった。
元々、あそこの一団はエクサスに熱狂している女生徒の一人だったから俺やコータの目にもあまり良いようには映ってはいなかった。
それが留学から戻ってきたら色々な悪い話が出てくる出てくる。
“平民を見下す差別主義者”
“旧時代の貴族の代表”
“見苦しく言い訳ばかりをする女”
などなど、聞くに堪えない評判だ。
一体何をしたらこんな事になるんだと思った記憶が俺にもあった。
その原因がまさかあの物静かな文系女子とは誰が思うだろうか。
「あの噂の発生源ね。ヤゴラのご令嬢がリフィルさんに絡んで返り討ちにあったからなんだってさ」
「え……」
「その時の様子を見てた人から聞いたけど、冷静に淡々と破滅する方向に話を進めてたって……君はそうならないようね」
「マジかよ……」
背筋がブルッと震えた。
そういう方向性の怖さね……
あの感じで腕っぷしが強いとは思わなかったが別方向の怖さが凄いとのことだった。
「しっかし、なんつーか色々と濃い人みてぇだなぁあの娘も」
「そうだね。君も話してみると楽しいと思うよ」
あのコータがそう言うのだから相当だろう。
こいつが女の子をお世辞を無しに褒めるなんてどれだけ珍しい事か。
エクサスの元婚約者。
女嫌いのコータが認めた女
そして図書室の魔女という異名。
こんな情報を並べ立てられたら俄然興味が湧いてくるっていうものだ。




