生徒会室に疑念は踊る-8
呆気にとられるほど簡単に彼女は自分の罪を認めた。
あっさりと、可愛いイタズラがバレてしまった子供のように。
一切の言い訳が効かないほどはっきりと彼女は自分が票の束を処分した事を認めた。
「そんなっ!そんな……嘘……ですよね?」
この事実を認められないのはこの部屋の中で一人だけ。
リントさんが縋るような目でカーリアン会長へ訴えかける。
生徒会長選挙には出ていなかったが彼もまた会長を慕う一人だったはずなのだから
「うーん、これが本当なのよね。最初から考えてた訳じゃなかったんだけど……閃いたというか……何事もタイミングという事ね」
しかし、彼の訴えに対しても会長の様子は変わらない。
悪びれもせず。
自身がした事を認めている。
何も問題とは思っていないとその態度が物語っていた。
「何故?と聞いても良いでしょうか」
「あら?理由なんて必要なかったのでは?」
「必要はありませんが知りたいとは思います。皆が言うように私にはあなたがこんな事をする理由が全くわからないのですから」
「ふふふっ!流石に理由まで推測しろというのは無理難題だったわね」
楽しそうに上品に笑う会長。
まるで幼い兄妹に難しすぎる問題を出してしまった事を反省する姉のようだ。
「ねぇリフィルさん。あなたは恋人にどういった物を求めるかしら?」
「……?」
「財産を求めるかしら?それとも容姿?家柄かしら?」
「それが何か関係があるのですか?」
唐突に私に出された問い。
それは恋人に何を求めるかというこの選挙とは一切関係が無さそうな問い。
それに一体どういう意味があるというか?
「私はね。伴侶となる人とは“対等”である事が必要だと思っているの。だってそうでしょう。お互いがお互いを尊重し助け合って行くならそこに上下関係があってはいけないわ」
外からは不可解でしかなかった彼女の考え。
私たちは勿論、長い時間を共に過ごしたであろう生徒会の面々も知らなかった彼女の考え。
「そして私は貴族なの。民を正しく導く義務がある。もしも私が不正を行うような事があれば……私を疑い私を諫めることができなければいけないわ。こう言えば、私がこんな事をした理由がわかるかしら?」
訝しげな私達を前にして優しく教えるように。
彼女は物わかりの悪い生徒でも正しく理解できるように。
今回の事件の動機を語ったのだった。
「っ!?」
「つまり……あなたは自分が犯人だと言ってくれる方を恋人として選ぼうとしたという事ですか?」
もしも自分が不正に手を染めるような事があれば、それを糾弾できてこそ対等なパートナーである。
それができなければ恋人としては失格である。
それを確かめる手段が目の前に転がってきてしまったのだ。
「そうね。ふふっ……そう聞くと何とも倒錯しているように思えてしまうけれど。言ってしまえばそういう事ね」
私達の視線が刺さる。
カーリアン会長は清廉潔白であり誰にでも平等で優しいという事は広く知られていた。
しかし、それだけではなかった。
苛烈であり傲慢。
ある意味で貴族らしい貴族である面を彼女は私達に見せていた。
それは人の上に立つという事を自身の責務としている上位者としての姿だ。
「そもそもの話、リフィルさんが言うように他の人の犯行っていうのは少し無理があるの。限りなくゼロに近い可能性を無理矢理に広げないと私以外には無理。だから犯人の可能性が一番あるのは私なの」
「……」
「それなのにレイヴン君もシェイド君も私に疑いをかけようともしなかった。理由が無いなんていうのはそれこそ理由にならないわ」
私たちは告白する彼女を黙って見つめることしかできない。
彼女が言うのは独りよがりな理由だ。
「“会長ならできるかもしれませんね”。この一言でもあればね……ほんと残念だわ」
その呟きからは本当に失望と落胆を感じ取ることができた。
どちらかがほんの少しであっても疑いをかけて欲しかった。
傍から見れば倒錯した想い。
理解する事などできないだろうという考え。
それでも、彼女はそれを求めてしまった。
「何とも難しいことを要求しますね。あなたが言うように動機が無い人間を疑うのは難しいですよ。それが身内であれば尚更です」
「難しいかもしれないわ。でも、できない訳じゃない。現にあなたは辿り着いたわ」
私は第三者としての立場から物理的に誰だったら可能なのかを考えた。
そこに心情的な要素は入っていない。
立場や状況的に考えればレイヴンさんかシェイドさんが怪しいのは間違いが無いのだ。
そこをあえて考えずに導き出した。
しかし、それは中々できる事ではないはずだ。
「……先輩方は会長を……好きな人を疑いたくはなかったんだと思います」
誰もが行動には理由を求める
“何故”こんな事をしたのか。
そこに注目する限り、カーリアン会長は容疑から遠い位置にいるのだから。
「私を敬ってくれるのは嬉しいわ。慕ってくれるのも嬉しい。でも、それだけではパートナー足り得ない。疑うべき時に疑え無いならそれは臣下と変わらないわ」
女帝は微笑む。
笑みの中にある鋼のような意思を今ならば感じ取ることができる。
自分が強者であるからこそ相手に求める物も高水準になってしまう。
それが例え理不尽な要求であったとしても。
「例えばの話、私が誰かに脅されて不正に手を染めていたとしたら?一見すれば私に動機が無かったとしても外付けの理由なんていうのはいくらでも付くわ」
「それは……そうですが……」
「もしも私が道を踏み外してしまう事があれば苦しむのは民達よ。そんな事は貴族としてあってはならない。それを止めることができるのは一番身近な人間……伴侶でなければいけないでしょう」
毅然として彼女が語る彼女の考え。
それは私のような平民からすればとても素晴らしい物であり、多くの民に慕われる事になるだろう信念だ。
「会長の考えは理解できる部分はあります。この国に生きる民として、会長のような考えを持つ人が上に立ってくれるのは嬉しいです」
誰もがこのような考えであれば汚職や不正は行われないだろう。
闇に紛れ、民を食い物にするような貴族の数が減ることだろう。
その信念、考えは素晴らしいものである事を私は否定できない。
「それでも……このような形で人を試すというのは私は良い行いではないと思います」
例え正しい想いから出た行為であっても、やはりこれは正しくは無い。
試された彼らの想いも純粋な物であっただろうから。
「それについては何も言えないわ。誰が悪者だったかと言えば私が悪者よ。ごめんなさいね。こんな女で」
「会長……」
「それに私も残念なのよ。あの二人に期待しすぎていた……なんて言うのは傲慢なんでしょうね」
カーリアン会長の想いはわかった。
私が導き出した答えは正解だった。
だけど、これで終わりにはならない。
「……それで、どのようにこの話を着地させるのですか?」
私としてはここからが本番。
先に言ったように最後に残った問題だ。
「あら?それを私が決めて良いのかしら?折角、真犯人を暴いたというのに?」
「白々しいですね。この学園は……生徒会はあなたの城です。ここで私が必死に告発したところであなたが否定をすればそれで終わり。そうなる事くらいは私もわかります」
今まで培ってきた教師や生徒からの信頼。
彼女が語った言葉以外に証明をする事ができないという現状。
それらから考えれば、私が何を言おうと彼女をどうこうできないのは明白。
だからこそ、最後の問題なのだ。
「ふふっ。そうねぇ……私が慣例通りにレイヴン君を生徒会長に指名する。それが良い所かしらね。指名をしたから賭けは無効という形にして」
「……それが一番波風が立たない決着でしょうね」
ノーコンテストだ。
自身が得ている立場や信頼を自覚しており負けることが無いというのがわかっているからこその態度。
私がこれ以上は食い下がらないということを理解している。
それこそ、私にはこれ以上の事をする理由がないからだ。
「うぅ……それで良いのか?なんというか……モヤモヤするぞ!」
「私はカーリアン会長が言うように、ここが良い着地点だと考えます。ここから会長を糾弾したとしても……恐らくは有耶無耶にされて終わるだけでしょう」
「あらそうかしら?エクサス君とあなたが本気になったらわからないわよ」
「……だとしても、私達に得るものはありませんから。エクサスさんを巻き込むとなれば尚更です」
もしも、彼女の牙城を崩せるとすれば、それこそエクサスさんを矢面に出しての全面戦争だけだ。
彼の人望はカーリアン会長にだって負けてはいないのだから。
だけど、そうした所で何になるというのかというと何にもならない。
ただエクサスさんに迷惑がかかって終わりだ。
だから、私はここで話を終わりにしたい。
あとは私に依頼をしたリントさんがどう考えるかだ。
「私はあなたの頼みで来ました。事件の真相はわかりましたから、この後の事はあなた達次第です」
呆然自失なリントさんがどうするのか。
それはもう私の手を離れてしまった後の出来事。
恐らくはカーリアン会長が無理矢理にでも丸く収めることにはなると思います。
そうして何ともいえない気持ちを抱えたまま、生徒会室で渦巻いていた疑念は終わりを迎えたのでした。




