生徒会室に疑念は踊る-7
会長の態度からして話せることは全て話したという事がわかる。
眼の前の彼女が堂々と私を正面から見据える。
室内に薪が燃える音が響く中、私は己のうちに沈み込み考えを整理しました。
誰が、何故、どのようにして投票用紙を水桶に投げ込んだのか。
今まで聞き取った情報でその答えが導き出すことができるのか?
手元のメモを覗き込み、話を聞いた彼らの仕草をや表情を思い出します。
そうして私は自分なりの答えを出すことにしました。
深く息を吐きます。
顔を上げ正面を向いた私に対して会長が面白そうに問いかけてきました。
「さて、容疑者?である私達三人から話を聞いたわけだけど図書室の魔女としては何かわかったのかしら?」
確かに傍から見ているだけではわからなかったが会長にはイタズラ心というか、トラブルを楽しむという精神があるのかもしれない。
無邪気に私を見るその表情はまるで何かの演劇を楽しんでいるよう。
「そうですね。私の中では結論が出ました」
「なにぃ?本当か……俺は全くわからんぞ」
口を挟まず静かに私達を見守っていたエクサスさんが声を上げる。
彼も真剣にこの問題について考えていたのでしょう。
あまり論理的に考えることが苦手だとしても私に任せっきりというのは彼の矜持が許さないのかもしれません。
いつかの時も不得手なりに私の力になろうとしていた事がありました。
「エクサスさん。リントさんを呼んでもらって良いですか?」
「あぁわかった。リントだけで良いのか?」
「カーネリア会長も残って下さい。彼と一緒に最後の問題に取り組むとしましょう」
「あら?私も残っていても良いのね。それにしても魔女って呼ばれるだけあって本当に凄いのね。みんなが頭を抱えている間にいつの間にか最後の問題になっているんだもの」
色々考えた結果としてこれ以上は私ではどうしようもできない。
だから、私の中で出た答えを彼に伝える事にしましょう。
そして残された問題の答えがどうなるか。
それがこの問題の着地点を決めることとなるでしょう。
私とエクサスさんが深く関わってしまった問題。
「さて、この後どうなるか……不安はありますがここまでですね」
これから先にどう転ぶかは私にもわからない。
結局のところ、この問題に決着を付けることができる人間は一人しかいないのだから。
◇
リントさんを招き入れて生徒会室の中には四人の人間が居ます。
私、エクサスさん、カーネリア会長、そしてリントさんだ。
というのも私の中では結論が出ていたからです。
「どうでしょうかリフィル先輩……何かわかったでしょうか?」
不安げに聞いてくる彼に私は今まで聞き取った内容を告げる。
これはリントさんも知っている情報ばかりです。
私がまとめた事件の流れを聞いた彼はウンウンと唸りながら難しい顔をします。
そんなリントさんの横には真剣な顔をしているエクサスさん。
彼もまた何とか事実を纏めようと頭を働かせていたのでした。
「ふぅむ……普通に考えればやはりレイヴンかシェイドとなる。それはわかるが……そこまでしかわからん」
「でも、二人共ですけどちょっと苦しいような……トイレに行ったと言っていたシェイド先輩は時間的に厳しいですし……」
「教師と口裏を合わせないと不可能なレイヴンもどうかという感じだな……」
難しい顔をしている二人に対して柔和な笑みを浮かべるカーネリア会長が笑いかける。
「ふふっ。あなた達が悩んでいる間に魔女さんは答えがわかったみたいよ」
「本当ですか?!流石は図書室の魔女!噂通りです!」
歓喜に湧くリントさん。
その姿を見ても私は喜ぶことができません。
これから告げる言葉によってこの状況がどう転ぶか。
それが私にはわからないからです。
しかし、それを告げないわけには行きません。
引き受けたのであれば全力を尽くす。
それが私の信条だからです。
そうして私は口にしました。
選挙を妨害したのは誰か。
この茶番を仕組んだのは誰か。
その答えを。
「結論からお話します。投票用紙を水浸しにしたのはカーリアン会長。あなたですね」
室内の空気が凍った。
先程まで歓喜の笑顔を浮かべていたリントさんはその評定のままに動きを止めている。
一瞬にして静寂が支配した生徒会室の中に柔和な笑みを浮かべる女性が一人だけ居た。
カーリアン・ウィズ生徒会長。
誰もが認める才女であり、誰もが認める理想の女性。
そして、私がたどり着いた事件の首謀者。
彼女は微笑みながら頬に困ったように手を添えていた。
私が突きつけた言葉も彼女に対して何ら痛痒を与えていない。
恐らくはこれもまた彼女の想定内だからだ。
「うーん……そうね。まずはそう思った理由を聞かせてもらおうかしら?」
自身が糾弾されたというのに嬉しそうに、面白そうにしているその仕草が既に私の考えが正解だという事を現しているようにも思える。
はっきり言って普通の反応ではない。
怒るのでもなく、狼狽するのでもなく、不安がる様子も何もなく。
ただ、平静のままに私の言葉を受け止める。
『さぁ、採点の時間ですよ』
彼女からそんな心の声が聞こえてくるようにさえ思えるほどの余裕。
私はそんな彼女に飲まれないように背筋を伸ばし真正面から彼女を見る。
何故、私がカーリアン会長を犯人だと考えたのか。
それはとても単純な理由だった。
「あなたにしかできないからです」
カーリアン会長にしか投票用紙を水桶に入れる事はできない。
単純にそれだけの事だ。
「あら?レイヴン君とシェイド君にはできないのかしら?」
会長の表情は変わらない。
先程までと同じように私に疑問をぶつけてくる。
逃げようとしているわけではなく誤魔化そうとしているわけではなく、ただ私が出した答えの理由を聞くために彼女が問う。
「話をまとめた結果としてわかった事は彼らには無理だという事です」
レイヴンさんは教師と一緒にいた事の証言が取れている。
シェイドさんは食堂と生徒会室の位置関係から時間的に無理だと言う事がわかっている。
リントさんはそもそも一人になっているタイミングが無い。
これだけを考えれば最初から犯人は一人しか居ない。
だけど、誰もがそうは考えなかった。
それには当然ながら理由がある。
「ちょっと待って下さい!レイヴン先輩達に無理だというなら会長にだって無理なはずです!」
私の言葉に反論するようにリントさんが声を上げる。
彼としては私が出した答えは不服な物だと思う。
自分が連れてきた協力者が敬愛する会長を疑うというのは彼の想いとは別だというのは理解できる。
だが、私はこの答えが一番真実に近いという確信があった。
「それは会長とリントさんは常に一緒に居たからですか?」
「そうです!会長は一人になったタイミングがありません!それなのに会長が犯人だというのはおかしいです!」
机に強く手を突いてリントさんが疑問の声を上げる。
その考えは間違っていない。
今までの流れではこの答えにたどり着きはしない。
それには理由がある。
彼らは一つの可能性から目を背けているのだ。
「リントさんがそう考えるのはわかります。いえ、リントさんだけではありませんね。レイヴンさんとシェイドさんも同じように思い込んだ」
「全くわからん……思いこんでいる?」
私と一緒に彼らから事情を聞いたエクサスさんも同様に思いこんでいる勘違い。
「エクサスさん、投票用紙が水桶に投げ込まれたタイミングは何時だと思いますか?」
それは“どのタイミングで投票用紙がダメになったか”という事だ。
「ん?それは確か……会長とリントが生徒会室を出て休憩をして二人が生徒会室に戻る。この間が犯行時刻なんじゃないか?」
「そうです。鍵が掛けられた生徒会室に出入り出来るのは四人。そして事件の発覚までの長くない時間の中で誰にも見られずに実行できるのはその間だけ……だけだと思い込んだ」
「思い込んだ?」
「……」
声を荒らげていたリントさんが。
今も微笑みながら表情を崩さないカーリアン会長が。
私へと視線を注ぐ。
「実際は投票用紙を水桶に投げ込める瞬間があるんです」
生徒会の皆が考えていたタイミングでは誰一人として犯行は不可能。
それぞれに無理な理由があり、この中に犯人がいるというのは現実的ではなくなってしまう。
だけど、犯行のタイミングがズレていれば一人だけ票の束を水桶に入れる事ができる人間がいるのだ。
「それはカーリアン会長が生徒会室を出る前。もしくは昼食を取って生徒会室に戻ってきた後です」
鍵が閉められて出入りができない時間ではなく、彼女が部屋に居ることが自然だったタイミング。
ここで犯行が行われたと私は考えました。
「なにぃ!?」
「そんな……そんな事……」
「可能性が高いのは恐らくは昼食後のタイミングでしょう。生徒会室に戻ってきた会長は何気なく票の束を手に取り、水桶に投げ入れた後に声を上げたのです」
そう。
票の束が投げ込まれていると叫んだその直後。
その時こそが恐らくは犯行の時間。
誰にも見られる事なく。
全く無理なく投票用紙を処分する事ができる最良のタイミングだ。
「自分で桶に投げ入れて叫んだ……つまり……自作自演という事か!?」
エクサスさんが言ったように会長の自作自演。
それが私が辿り着いた結論だった。
「前提が違ったのです。生徒会室に鍵をかけられた後からカーリアン会長が部屋に戻るまでの間に犯行は行われたと思われていました。しかし、真実は違った」
そもそもの前提が崩れてしまえば疑われる人間も変わる。
私の考えが間違っていないのであれば、それができたのはただ一人。
カーリアン会長だけだ。
昼食を食べている間に犯行が行われたというのが今まで思いこんでいた前提。
それを元にしてしまうと全員の犯行が不可能になってしまう。
しかし、事実として票の束は水浸しだ。
だから、私は別のタイミングで票の束が水桶に入れられたと考えた。
「そして、思いこんでいた事はもう一つあります。むしろこちらのほうが重要でしょう」
まるで必ず満たさなければいけない前提条件であるかのように皆が考えている事柄。
しかし、実際は必要ではない事。
「リントさんとカーリアン会長は容疑者であるのに深い疑いは掛けられていませんでした。それは何故ですか?」
「……動機か?」
私の問いかけにエクサスが答える。
そうレイヴンさんとシェイドさんにあって、リントさんとカーリアン会長には無いもの。
それは動機だ。
「エクサスさんのおっしゃる通りです。二人に疑いがかからなかった理由はただ一つ。動機の有無」
この生徒会長選挙において利害関係があるのはレイヴンさんとシェイドさんの二人だけだ。
だから、二人はお互いに疑いあった。
それは間違いじゃないと私も思う。
普通に考えれば一番怪しいのはその二人なのだから。
それでも私は会長が犯人だと結論を出しました。
「そうです!リフィルさん自身が言ってるじゃないですか!動機がないって!会長は元々次の生徒会長の指名権を持っています!そんな会長が選挙の妨害する意味なんてないでしょう!」
「う~む……確かにリントの言う通りだ。俺にはカーリアン会長がこんな事をする理由が見当たらんぞ」
私が出した結論。
それに対してリントさんは真っ向から否定をしました。
エクサスさんも懐疑的です。
彼らが言う事も理解できます。
何故なら、それについては私は全くの同意でした。
「はい。私にもわかりません。会長がどうしてこんな事をしたのか、全くもってわからないのです」
「え?」
「わからない……のか?」
私達のやり取りの中、カーリアン会長は未だ一言も発さずに微笑むだけ。
その微笑みが一体どういう意味を持つのか。
この女帝が何を考えているのか。
それは未だ不明のまま。
ですが、それでもやはり犯人はカーリアン会長なのです。
「理由はわかりません。ですが、そんな事は関係が無いのです」
確かに今ある情報だけではカーリアン会長の心の裡はわからない。
何故こんな事をしたのか。
それは全くわかっていない。
「理由がなくとも会長しか犯行を行えないのであれば、会長が犯人なのです」
私の言葉にエクサスさんとリントさんが言葉に詰まる。
彼らもすぐに気がついたのだ。
他に出来る人間が居ないのであれば、出来る人間が犯人なのだと。
例えばの話、私一人だけが居る密室で机の上に現金が置いてあるとする。
その事を皆が知っており部屋には絶対に誰も入ることができないとした時。
もしも、部屋の中からその現金が消えたとしたら取ったのは私しか居ない。
私は裕福な商家の娘であり、金銭に困っている事はないので盗む理由がなかったとしても、私しか盗る事ができないからだ。
つまり、理由が無いというのは疑いを晴らすための絶対的な条件にはならないのだ。
「私は捜査が本職の衛兵ではありませんので詳しく調べれば第三者が関わっている可能性があるのかもしれません。それでも私が聞き取った話の中で考えるのであれば犯人はカーリアン会長です」
私が断定する言葉を発してもカーリアン会長は眉一つ動かさなかった。
彼女の姿を見て私は気を引き締め彼女に問いかける。
「どうでしょうか?私が出した答えは」
ここからが本番だ。
何故ならこんな選挙妨害をした理由もわからないが一番私がわからないのは私達の介入を許した理由だ。
この生徒会に君臨する美しき白髪の女帝に私達が招かれたのかどうか。
彼女の中でこの結論を出す私は“客”なのか“敵”なのか。
それが未だわからない。
返答によってどう話が転ぶのか全くわからないのだ。
「ふふっ……選挙を妨害する理由が無いのに私が犯人?それって良いのかしら?」
頬に手を当てて困ったように彼女が口を開く。
聞き分けの悪い後輩がヤンチャをしてしまって困っている。
そんな風に思ってしまうような素振り。
傍から見れば私がカーリアン会長に根拠の無い言いがかりをつけているように見えてしまうような構図。
それほどまでに彼女の態度は今までと変わりがなかった。
「人間は理不尽な生き物です。私はそれをここ最近色々なことから学ばせてもらっています。他人からは理解できないような行動をする人。理屈に合わない考え方をする人。様々な人が居ます。ですから、会長にも動機はある。ただ、見えていないだけなのだと……そう私は思っています」
理由が無い。
だけど、理由なんていうものは外から見てわかる物では無い場合がある。
「無いのではなく見えないだけね……本当にわからないのかしら?」
「えぇ。わかりません」
わからないと正直に答えるしか無い。
事実、動機という点で考えればカーリアン会長を犯人扱いするのは的外れも良い所だ。
単純に彼女にしか出来ない。
それが私が導き出した答えの理由だからだ。
「本当に?あなたは魔女なのでしょう?」
「嘘を言ってどうするのですか。大体ですね……会長は魔女をどういう物だと思っているのです」
「ふふっ。ごめんなさい。でも、そうね……」
愉快げな問いかけにどう返すのが正解だったのか。
私の率直な返答に彼女は面白く無さそうに息を吐く。
果たしてどのような答えを彼女が求めていたのかわからないが、望み通りの返答を返すことは私にはできなかった。
そうして少しだけ考える素振りを見せた彼女。
その仕草を契機にこの事件が終りへと向かい始めるのだった。
「まぁここまでかもしれないわね」
「会長?」
困惑を隠すことができないリントさん。
険しい表情で見つめるエクサスさん。
そして、一挙手一投足を見逃さないように睨みつける私。
そんな三人を前にして彼女は机の上で手を組みながら言うのです。
「リフィルさんの言う通りよ。私が投票用紙を水桶に投げ入れたの。生徒会室に戻ってすぐにね。背中越しだったしリントもわからなかったでしょ」
美しき女帝が罪を認めた。
しかし、その姿から余裕が消えることはなく。
私達の視線が集まるこの状況すら、彼女の掌の上であると私は思ってしまうのでした。




