生徒会室に疑念は踊る-3
「それで、どういった問題が起きたのですか?」
席に座ってもらったリントさんへ事情を聞かせてもらえるように話を促す。
緊張しているのか、居心地が悪いのか、それとも問題が深刻なのか。
まだ一年生だというリントさんには似つかわしくない疲労が見て取れる。
生徒会長があえて口を出さないとする所からしても普通ではない出来事が起きているのでしょう。
「リフィルさんはこの学園の生徒会長はどうやって決まっているか知っていますか?」
彼が話し始めたのはこの学園にいてあまり気にしていない事柄だった。
というのもこの生徒会というのは基本的に貴族がなるものであり平民である私には関係がないからです。
開放的にな風潮が主流になりつつあると言ってもそこにはまだまだ明確な壁があります。
この学園も時代にそぐわない物は変化していっていますが、急に全てが変わることはありません。
生徒会に所属する者は貴族である。
これもそんな中の一つです。
しかし、そんな私でも流石に生徒会長の選び方くらいは知っていました。
「前生徒会長の信任で決まるのでしたか?直接指名するとか聞いたことがありますが」
「そうです。基本的には指名制です。あからさまな問題が無い限りはこの指名が教師によって否認される事はありません」
この学園の生徒会役員というのは一種のステータスです。
卒業後も箔がつくし人脈にも繋がる強い要素。
だからこそ優秀な者が生徒会長として選ばれるべきです。
本来であればそれを選ぶ事に貴族と平民という壁はあってはなりません。
しかし、貴族と平民が入り交じるこの学園で万が一にでも平民が生徒会長に選ばれるような事があっては色々な意味で荒れるのは間違いがありません。
貴族が後任を選ぶなら貴族になるのが普通。
あくまで生徒が選ぶという建前を保ちつつ、貴族の立場を損なわないようにと大昔に決められた制度という訳です。
トラブルが無いようにと決められている制度。
しかし、そこで今回問題が起きてしまったようだった。
「でも、今回カーリアン会長は後任を指名しませんでした。その理由については追々お話しますがそうなるとどうすると思いますか?」
後任を決めるべき会長が決めなかった。
私が知る限りではそんな事は初めて聞く事でした。
大きな役得の一つである後任者の指名権を放棄する。
そうした時にどうなるか?
私は少しだけ考えて一般的だと思われる答えを口にする。
「うーん……立候補でしょうか?」
生徒会長という立場は色々な苦労があるにせよ箔が付くのは間違いがありません。
なりたがる人間は後を絶たないでしょう。
何かと問題が起こりそうではありますが立候補を募るのが自然な流れには思えます。
それに、普通に考えれば後任者が指名というのは腐敗の温床です。
世襲が基本の貴族からすれば問題は無いように思えるのでしょうけど。
「違います。現生徒会のメンバーから貴族の生徒による投票で決められるんです」
しかし、リントさんは首を横に振りました。
「なるほど……生徒会はあくまで貴族の生徒が運営するもの……ということですか」
私の言葉にエクサスさんがバツが悪い顔をする。
だが、私にはそれが当然の物であるという認識も合った。
なぜならこの学園は今でこそ平民も普通に通っているけれど設立当初は貴族のものであっただろうからです。
当然、生徒会も優秀な生徒に人の上に立つ動きを学ばせるための側面があったはず。
そして、人の上に立つという事は貴族の役割である。
ルールを作った人はそう考えたのでしょう。
それに、貴族はそう簡単に利権を手放さない物です。
「そんな顔をしないで下さい。私は別に学園のルールの正否をあなたに問おうとは思っていませんよ」
「うっ……すまんな」
「平民が生徒会長になる時代がいつか来るかもしれませんが……それはまだまだ先である事は私にもわかっています」
今はまだ学園のルールではあくまで生徒会は貴族のものであるということです。
以前よりは開かれた場になったとしても身分の差というものはありますし、それは今は必要な要素でもある事も理解していますしね。
悪習ではあり正されるべき制度なのかもしれませんが現実問題として平民が生徒会長になったりすれば軋轢が生まれるでしょう。
生徒会というシステムを円滑に動かすためには生徒会長は貴族である必要がある。
それは私にも理解ができます。
良い事なのか悪い事なのかはなんとも言えませんが。
「それに身分に関係なく生徒会長に相応しい人がなればいいだけの話です。現生徒会長のカーリアン先輩などはその最たる例でしょう」
「たしかにカーリアン会長のような人がなってくれれば問題は無いのだろうが……」
「それに平民が生徒会長になどなれば余計な問題が起きることはわかります。それを防ぐ措置を敷いておくのは正しい面もありますよ」
「まぁ……そうだな。将には将の兵には兵の役割がある。お互いの立場を尊重する事が大事という事か」
エクサスさんは基本的に貴族としての側面を強く出すことを嫌ってはいます。
しかし、大貴族である自身に課せられた役割的に民を導く必要があることも理解しています。
平等であろうとはしても譲らない一線がある。
それが彼にとっての貴族としての誇りなのだと思います。
そういう態度が多くの女子を惹きつけているのでしょう。
「まぁこの学園のルールはわかりました。それが問題なのですか?」
少し横道にそれてしまった話の軌道を戻すためリントさんへ私は話の続きを促す。
それに軽く頷いた彼が話を続けます。
「会長が後任を指名しない。だから現生徒会の中から生徒会長を投票によって選ぶ事になったのです」
「確か……生徒会は四人でしたか?」
「そうです。現生徒会のメンバーは僕を含めて四人います。そのうち最高学年の四年生であり、今期で任期を終える会長を除けば対象は僕たち三人」
「ですが、リントさんはまだ一年生でしょう?流石に生徒会長になるのは大変だと思いますけど……」
話の流れからはリントさん自身にも生徒会長となる権利はあるように思える。
しかし、流石にまだ一年生であり、進級したとしても二年生だ。
彼が生徒会長に相応しいかと言われると首をかしげてしまう。
しかし、その事については彼自身も理解しているようだった。
「はい。ですから現三年生である副会長のレイヴン先輩か会計のジェイド先輩から次の生徒会長を選ぶための投票が行われました」
「ちなみに俺も投票には参加したぞ」
「でしょうね」
何故か自信満々に胸を張るエクサスさんを横目にリントさんを見る。
そうすると彼の顔がよりいっそう沈んで行くのがわかってしまった。
つまり問題はそこで起きたのであろう事が彼の表情から読み取ることができてしまう。
「その結果に何か問題があったのですか?」
そう聞いた私に対して彼は苦い顔を向ける。
本当にそうであれば良かったのにという感情が込められている表情。
本題がここからだという事がありありとわかる。
リントさんの忙しなく動く指がそれを物語っていた。
「結果が出ていれば問題はなかったはずです。先輩方はきっとどのような結果であれ受け入れていたと思います」
そうして彼は目を伏せながら何故私に相談をしにきたのかという事を口にした。
「結果が出る前に……その投票結果が何者かによって台無しにされてしまったのです」
それが彼ら生徒会に降り掛かった大きな問題。
良好な関係だったはずの仲間たちを引き裂くこととなった大きな事件だった。
◇
彼が口にした言葉に私とエクサスさんは驚き顔を見合わせてしまいました。
エクサスさんが連れてくる相談者の傾向からして、てっきり生徒会の中での人間関係の問題だと思っていました。
選挙妨害となると、それは立派な事件です。
「結果が台無しにされた?それはどういう事だ?」
投票の結果が台無しにされる。
それはどういう事なのか。
そして、そんな事がこの学園で行われているという事が信じられませんでした。
彼を問い詰めるエクサスさんの表情も今まで以上に険しい物となっていました。
「エクサス先輩は知っているとは思いますが投票は専用の投票用紙を使って行われます。用紙に1か2の数字のどちらかに丸を付けるだけの簡単な物です。1がレイヴン先輩であり2がシェイド先輩の得票になる。そんな単純な物です」
投票は匿名性であるため筆跡が判断されたりしないために名前を記入したりはしない。
単純に1か2を選ぶだけ。
普通であれば問題など起こりそうにありません。
しかし、そこで何かが起きてしまった。
「休憩が終わって生徒会室に戻った時、投票用紙が清掃用に水を張っていた桶の中に投げ込まれていたのです。水に濡れてしまった用紙はグチャグチャになってしまい集計ができる状態ではありませんでした」
声を今まで以上に潜めてリントさんが言う。
この話を聞いた私も息を呑んでしまいます。
これは言ってしまえば普通に教師に報告する内容でしょう。
選挙の妨害となれば学園の運営に対して明確な障害となるのですから。
「それは……その……結構な大事では?私に相談をするようなレベルを超えているような気がしますが」
「えぇ……本来は外部に話を持ち出すことはするべきではありません。先生に報告するのが一番良いのは僕もわかっています。ですが……」
私はそう思いましたがエクサスさんが首を横に振ります。
「それは最終手段だろうな。貴族には面子という物がある。生徒会役員ともなればそれは俺たちが思っているよりも大きいはずだ」
「面子ですか?そんな物に拘っている場合では無い気がしますが」
「勿論、解決しないようなら最後にはそうなります。でも、その前にできる限り僕たちの範囲内で解決をしたいのです」
彼の表情からも苦渋の決断だった事が伺える。
そもそも生徒会長が指名では無いという時点で異例なのです。
そこに投票結果が何者かによってダメにされたなんてトラブルも抱えているなんていう事が知られれば痛くもない腹を探る人が出てきてもおかしくないとエクサスさんは言います。
それに問題はもう一つある。
恐らくはそちらのほうが本命なのだろう。
「犯人が身内かもしれないと思うと軽々に動けない……という事ですか」
簡単な話だ。
生徒会長選挙の結果を無かった事にする事件が起きた。
さて、これによって利を得るのは誰か?
害されるのは誰か?
そのどちらもが現生徒会の役員だ。
そうなれば被害者も加害者も身内の中に居ることになる。
今まで仲間だったはずの人間がお互いを疑い合う状況が出来上がってしまったのだ。
「……リフィルさんのおっしゃる通りなんです。今問題となっているのは選挙結果がダメになった事というよりも“誰がこんな事をしたのか”という事なんです」
「それで揉めているのですね。疑心暗鬼で身動きがとれなくなったという事ですか」
「はい。具体的にはレイヴン先輩とシェイド先輩が真正面から喧嘩になってしまっているんです。お互いがお互いを犯人だと罵りあってしまって……」
投票結果は闇に葬られてしまった。
紙の投票用紙が水に投げ込まれてしまったのであれば最早復元は不可能だろう。
どう足掻いても結果が戻ってくることはない。
そうなれば犯人を探して罰するしかできる事はない。
有力な容疑者が対立候補であるならば尚更だ。
「自分が犯人じゃないなら対立している側が犯人だという思考ですか……当然と言えば当然ですが……」
「はい……そして証拠も何も無ければ話に決着が付くことはありません。犯人がわからなければ再投票をしてもらっても同じ事が起きるかもしれません。頼りになる会長も傍観に徹しています。ですから、第三者に……あなたに意見を求めたいんです」
何も証拠が無いのであれば起こるのは水掛け論だ。
お前が犯人だ。いいやお前こそ犯人だ。
延々とそれを繰り返すだけの不毛な議論。
決着を付けることができる権力者が口を出さないのであれば話が進展することはない。
だからこそ、外部の力を借りてでもという事なのでしょう。
「うーん……話はわかりました。確かに当事者では見えない物というのはあるかもしれませんし、私も平民とは言えこの学園の生徒です。生徒会に協力するのは吝かではありませんしね」
「っ!ありがとうございます!」
私が話の乗るという事がわかって今まで非常に暗かったリントさんの表情が少しだけ明るくなる。
果たして私にこのような事件が解決できるのかはわからないけれど物は試しというやつです。
それにエクサスさんの仲介となれば断れませんしね。
そんな事を思っていたらリントさんが席を立った。
「すみませんが、ここから先の話は生徒会室で行いたいので移動をお願いしても良いですか?」
「それは構いませんが……」
「大きな声では言えないのですが……もう一つだけ事情があるんです。それについては先輩方と一緒に説明をさせて貰おうと思います」
そうして私は何とも言えない顔をしているリントさんと共に生徒会室へと足を運ぶこととなりました。
このもう一つの事情が事態を更に混乱の渦に叩き込んでいるなどとは思いもせずに。




