生徒会室に疑念は踊る-2
外では雪がちらつき、街中はより静かになっている今日このごろ。
私はあいも変わらずこの図書館で本の虫となる。
平穏無事こそ全人類が目指すべき幸福。
その幸せを噛み締めていました。
お気に入りの栞を何度も挟みながら呼んでいる本は『トルメニの百合』という恋愛小説。
グレースさんから勧められた王道恋愛小説も巻が進み、中々に面白さが増してきていました。
どうにも最初は馴染めなかった主人公の思考にも慣れ、前よりは物語を楽しめるようにはなったように思えます。
それでもやはり自分とは考え方が違うなという事を感じはするけど、それも物語の楽しみ方の一つということでしょう。
ちょっと前に醜態を晒してしまった時の事を思い出せば、まるで自分とは思えないような行動を取ってしまっていました。
それを考えれば物語の主人公の行動であれば自分が思い描くような行動を取らなくて当然という事です。
そんな私の静かな時間はやはりいつも通りに破られる事となります。
「リフィル。ちょっと良いか」
声が掛けられた方へと体を向ければ真剣な顔をした貴公子がいました。
言わずとしれたエクサスさんです。
最近は明るい笑顔を見ることが多かった彼が真剣な顔をして私を訪ねて来るというのは久しぶりな気がします。
そして、そのエクサスさんの傍らには真剣を通り越して深刻な表情を浮かべた男子生徒がいました。
それだけで私はこの後の流れに予想がついてしまいました。
「エクサスさん、どうしました?と聞くのも野暮な気はしますが……」
「あぁ……すまんな。うむ、ちょっとこいつに力を貸してやって欲しくてな」
私はエクサスさんの横にいる男子へと視線を向けました。
恐らくは後輩。
背が小さく、肩身が狭そうにしている姿からは小動物を連想させられてしまいます。
「こいつはリント・ケネス。生徒会の書記をやってる。お前を紹介してくれと強く頼まれてな」
「なるほど。何やら見覚えがあると思いましたが生徒会の方でしたか」
彼をどこかで見たことはあるような気がしたのは生徒会のメンバーだったからのようでした。
生徒会のメンバーは言うなればこの学園の代表。
色々な行事などの中心人物となり表に立つ事がありますからその時に私も見たのでしょう。
少しだけ頼りなげな少年がエクサスさんに背中を押されて前に一歩踏み出し、頭を下げながら挨拶をしてくれます。
「はじめまして。エクサス先輩が言ってしまいましたが僕は生徒会の書記をしているリント・ケネスと言います。あなたの力を貸してくれないでしょうか?」
礼儀正しく自己紹介をしてくれた彼の顔からは焦りを感じる事ができてしまいました。
初対面である私からしても見るからにわかる焦燥。
相当な事が起きていることは察することはできますが私には一つの疑問がありました。
「……生徒会のメンバーが私を頼るのですか?」
「おかしいでしょうか?」
「そうですね。はっきり言って不自然に思えます」
エクサスさんが悩みを抱えた人間を連れてくるのはいつもの事。
連れてこられた人が深刻な顔をしている事も何度もあります。
それでも私が訝しげな表情をして首を傾げてしまうことには理由がありました。
「生徒会にはカーリアン会長がいらっしゃるでしょう?」
現生徒会長カーリアン・ウィズ。
私達の先輩にあたり、恐らくこの学園において一番優秀な人。
全校生徒の中で一番リーダーに相応しいのは誰かと言えば間違いなくこの人が選ばれるだろうという才女。
生徒会長という重要な役職につくにあたって家柄も人格も行動も何もかもが申し分ない女性。
身近にそんな人がいるのだから私に相談する必要は無い。
そう思ってしまいます。
魔女だ何だと言われはしますが私は相談する相手が居ない場合の駆け込み寺です。
生徒会のメンバーであるならば会長に相談するのが一番良いのは誰が考えてもわかる事のはずなのです。
「それは……色々事情がありまして……」
「だから私にという事ですか?」
その言葉に少しだけ身を固くするリントさん。
私としては何気ない問いだったのですが彼は違う形に取ってしまったようでした。
「気を悪くしてしまったならすみません。確かに会長を頼れないのであなたの所に来たと言われたら否定はできません」
「あぁ……その、別にそういう意味ではなかったのですが」
リントさんはバツが悪そうに苦い顔をしていました。
そんな彼を見かねてエクサスさんがリントさんへと声をかけます。
「リフィルはそういう細かい事を気にする女じゃない。単純にカーリアン会長が助けてくれないという状況を不思議に思っているだけだ」
「確かに私は生徒会長よりも優先度が低いという事を気にしたりはしませんが、その言い方では私が図太い女だと聞こえませんか?」
思わずエクサスさんをジト目で睨んでしまう。
私はこれでも繊細な心を持っていると自負しているのですがどうにも彼は私を勘違いしています。
おかしいです。
『トルメニの百合』の通りであれば私のような物静かな女性は心も繊細だと男性は捉えるはずなのですが。
まぁ、今は関係が無いので追求はしませんが覚えておこうと思います。
「会長は今回の件について手を出さないと言い切りました。僕たちだけで解決するようにと仰っしゃられたんです」
リントさんが語った所によるとカーリアン会長が手を出さない理由は納得ができる物でした。
会長は任期を終えて生徒会から居なくなるのだから手を出さない。
そうなると少し疑問が湧くこともある。
「私が……というか生徒会と関係ない人間が関わるのは良いのですか?」
「それについては問題がありません。会長は自分ができない事はできる人に任せるのも必要と言ってますし、今回の件についても了承しています」
その言葉を聞いてカーリアン会長とは関わったことがありませんが思っているよりも柔軟な人のようだと感じました。
何でもできる人は全てにおいて自分でやろうとして他人に頼ることをしない。
そういう人はいるようですがカーリアン会長は違うようです。
自分の能力が高い事を自覚していながら、それでも他人に任せることができる。
貴族的に考えれば人を使うという事も上手だという事なのでしょう。
「会長がダンマリを決め込んでしまって行き詰まってしまったようでな。その時にお前の噂を思い出したようなのだ。それで仲介を頼まれてな」
「はぁ……魔女の噂ですか。今更ではあるのですがあれは何とかならないのですか?」
「なんともならん!」
今となっては噂を止めるような事はしていませんし流れに身を任せている私ですが流石にこの学園一優秀と誰もが認める会長と比べられては恐縮してしまいます。
「あの万能な生徒会長の代わりが私に出来るとは思えませんけど……」
カーリアン会長は私自身としても見習わなければいけないと思う所が多い尊敬できる先輩です。
貴族平民別け隔てなく接し、大規模な行事を平穏無事に運営するだけではなく周辺地域への貢献などもしています。
はっきり言ってどうやったらそれだけ精力的に動けるのかと思ってしまう人です。
比べられるのが烏滸がましいというと少し卑屈かもしれませんが、そう思っても仕方がないと思える人なのです。
そんな私の感情の機微を察したのかエクサスさんが私へと声をかけてくれます。
「確かにカーリアン会長は優秀な人だがお前も負けてはいないと思うぞ」
エクサスさんにそう言われれば悪い気はしませんが、その感情を出したりはしません。
少し前にエクサスさん相手には醜態を晒してしまっていますからね。
こんな私でも多少はイメージを気にするというものです。
彼がそう言ってくれるのであれば私も少しでも期待に応えなければという気持ちになるというものです。
私は軽く咳払いをして背筋を伸ばします。
「とりあえず話を聞いてみて……で、よろしいですか?」
そう言って私は正面の席を彼に勧めるのでした。




