生徒会室に疑念は踊る-1
「お前がやったんだろう!いい加減に認めたらどうなんだ!」
怒号が鳴り響く。
室内には四人の男女が居た。
短髪で体の大きな生徒は怒りに満ちた表情で眼鏡をかけた男子に食って掛かり。
詰め寄られた眼鏡をかけた男子は眉間に皺を寄せながら不快さを隠そうとしていない。
そんな二人を見て困惑した表情を浮かべる少年と目を瞑って何かを思案している少女が居た。
彼らは所謂、生徒会のメンバー。
学園を運営する生徒主体の組織。
彼らは今まで力を合わせて学内で行われる行事を執り行ってきた。
当然、チームワークは抜群であり良好な関係。
そんな四人の間にいまだかつて無いほど険悪な雰囲気が漂っていた。
「何を根拠にそんな事を言ってくるのか理解に苦しみますね」
眼鏡をかけた少年が冷静に言葉を紡ぐ。
その言葉からは冷たさしか感じ取ることができない。
彼は生徒会のメンバーであり会計であった。
「あぁん!?」
冷たい言葉を投げかけられた男子が苛立ちながら声を出す。
いつも陽気な彼は多少口が悪いところはあったが、それが相手を攻撃するための物では無いことはこの場の全員が理解していたはずだった。
しかし、今の彼の言葉に含まれている敵意は明らかだ。
彼は生徒会のメンバーであり副会長だった。
お互いが部屋の中心で睨み合う。
一人は激情を持って相手を討ち倒そうばかりに。
一人は冷徹に迎え撃つように。
お互いがまるで仇を見るかのように。
騒ぎの中心に居る二人は友人同士のはずだった。
今、お互いに睨み合っている姿からはそんな関係性は想像することができないだろう。
それほどに激しい感情が二人を支配していた。
今までであれば陽気に笑いに変えるだろう。
数日前であれば冷静に受け流していただろう。
しかし、今はそうはならなかった。
「せ、先輩方!落ち着いて!落ち着いて下さい!」
そんな二人を止める少年は騒動の渦中に居る彼らに比べて少しだけ幼さが残っていた。
少年は争っている二人の後輩であり、生徒会の書記を務めている。
少年は彼らの事を尊敬していた。
いつも場を盛り上げて雰囲気を明るくしてくれる人を惹き付ける魅力を持つ副会長の事も。
いつも冷静に物事を判断し、正しい答えを導き出そうとする会計の事も。
どちらの事も大切な先輩であった。
その二人がお互いに敵意を向けて争っている。
何故、こんな事になってしまったのか少年はオロオロと困惑するばかり。
何よりも少年が解せない事はいつもならばこんな事態を許すはずが無い生徒会長がこの争いを止めようとしていない事だ。
「会長ぉ!会長も二人を止めてくださいよぉ!」
少年が助けを求めた先には一人の少女が居た。
混沌とする場において何一つ発言をせず静かに眺めるだけの少女。
この場において最高権力者である生徒会長。
「うーん……止めたほうが良いのはわかるんだけどね」
何にも汚される事はない美しく長い白い髪。
いつも絶えることがない微笑み。
容姿端麗、文武両道。
誰にでも公平に接し、不正を許すことをしない。
貴族と平民が混在するこの学園において、その双方から理想のリーダーだと謳われる存在。
そんな彼女が目の前の争い事に口を挟むこと無く傍観している。
その事が少年の混乱を助長させてしまっていた。
少年の声が聞こえたのか先程までお互いに威嚇しあっていた二人の視線も少女へと注がれた。
騒動の渦中にいる副会長と会計の二人も会長を見る。
その目には絶対の信頼が宿っていた。
「……会長は……会長はどう思ってんですか?」
「そうですね。会長の意見を聞きたい所ですね」
生徒会長であれば自分の言い分を信じてくれるという独りよがりの信頼ではあったが。
その思いに気づいているのか居ないのか会長は頬に手を当てて困ったように微笑む。
「私はもう会長から退く時だし、これからは問題は君達で解決しなくちゃならないでしょ?それなのに私が口を出すのはどうかなって思うのよ」
確かに生徒会長の任期はもう終わりだった。
そもそもこの争いが起きている原因はそこに深く関わっている。
だからこそ会長の言い分もわからなくはないと少年は考えてしまう。
会長は任期を終えて卒業してしまう。
いつまでも生徒会長に頼ることはできない。
今、もしも会長が場を収めようと動けば二人の争いは止まる。
会長の仕切りで落とし所を決めて貰えばどれだけ不平不満があろうともその時点で終わりだ。
それだけのカリスマが会長にはあるし、それだけの信頼を会長は生徒会の面々から受けている。
それをこの場の全員がわかっている。
しかし、だからこそ会長は口を出さないと言う。
「でも!でもですよ!」
「でもも何も無いわ、私は口を出しません。私がどちらかに味方したら、それが正しくても正しくなくても結論が出てしまうでしょう」
毅然とした態度で会長が断固とした態度を取る。
少年は理解せざるを得なかった。
彼女がどうあっても助け舟を出してくれないという事を。
今までこの生徒会においての意思決定の流れを使ってはいけないという事を。
少年だけではない。
この場において争いを起こしている二人も同時に悟った。
絶対的な存在に頼ること無くこの騒動に決着を付けなければならないという事を三人ともが理解したのだ。
そうなれば起こるのは先程までの続きだ。
それが不毛な行いであっても双方に引く気がないのであればやることは同じなのだから。
「つまり、てめぇが素直にゴメンナサイするしか無いってわけだ」
一瞬は収まったかに思えた険悪な空気が室内に再度漂う。
会長から視線をお互いの敵に戻した二人が再度睨み合う。
「あなたがその不快な口を閉ざして部屋から出ていけば解決しますね」
最初は小さな火だったかもしれないが今は轟々と燃え盛っているのがわかる。
仲間だったはずの二人の間に燃える憎しみという名の炎が勢いを増していく事に少年は頭を抱えた。
こんな事になるなんて数時間前までは考えられなかったと。
こんな場面を見たくはなかった。
充実した学生生活を彩ってくれいてた現生徒会としての活動の最後がこんな形で終わりになるなんていう事に少年は耐えられなかった。
しかし、だからと言って少年がこの場を収める事などできそうになかった。
「へぇ……言ってくれるなこの軟弱野郎が」
「どうします?殴りますか?良いですよ。あなたを排除できるのであれば一発くらい殴っていただいても安いものです」
二人は一触即発で今にも掴み合いの喧嘩に発展してもおかしくなかった。
尊敬する先輩たちが醜い顔で殴り合うなんていう姿は見れたものではない。
しかし、自分ではどうしようもできない。
だけど、何もしない訳にはいかない。
少年は考えた。
どうすれば良いのか。
素晴らしく輝かしい思い出を汚さぬよう、現生徒会の最後の仕事を綺麗に終えれるようにはどうすれば良いのか。
そうして彼は思い付いた。
「先輩方!僕の話を聞いて下さい!」
場の空気に飲まれないように少年は大声を出した。
部屋にいる人間の視線が集中する。
先程まで争っていた二人から注がれる視線は少年が相手ではないというのに身を竦めるような苛立ちが籠もっていた。
そして、場を見守っていた会長からはこんな時だというのに何を期待するような、面白がっているような感情があるように思えた。
少年は息を整え、頭を整理する。
この問題を解決するにはどうするべきなのか。
「会長はいつも言っていました……“できない事を人に任せるのも大切”だと」
それは恐らくはこの学園に置いて万能であり何でもできる生徒会長がよく言っていた言葉。
何事にも得手不得手があり出来る事、出来ない事がある。
出来ない事を無理にやろうとするくらいなら出来る人に任せれば良いと。
「会長が手助けをしてくれないなら僕たちにこの問題は解決できません!お二人が冷静にならないなら尚更です!」
恐ろしい形相の先輩に負けないように少年は及び腰になりながらも引きはしない。
自分にできる事を精一杯やる。
それもまた、この生徒会の先輩方に教わった事なのだから。
「ですから!第三者の意見が必要だと思います!僕たち以外の人間に判断してもらうのはどうでしょうか!?」
自分たちで解決ができないのだから他からできる人間を呼ぶ。
それは他力本願という事ではない。
適材適所という事だ。
「……まぁ確かに話は平行線だ。お前の言うことはわかる」
「ですが、誰の意見を聞くというのですか?」
二人の先輩は決してお互いを憎み合っているわけではないし、建設的な意見を拒否するような浅慮な人間ではない。
より良い意見に耳を傾ける事ができる人だ。
客観的に判断されればそれを受け入れてはくれる。
問題は“誰が客観的に判断をしてくれるのか”という一点。
少年はこの問題を解くための最適な人間に心当たりがあった。
ありのままの事実を告げてくれる人。
なにかに忖度するような事をしない人
貴族であり、権力者である生徒会の面々を相手にしても引けを取らない人。
そんな人間が必要だった。
そして、そんな存在を少年は知っていた。
深く息を吸って吐く。
果たしてこの選択が正しいのかどうかはわからない。
自分が提案するこの行動でどのような結果がもたらされるかわからない。
だが、間違いなく話は進展はする。
その結果が良いものであると少年は信じるしかなかった。
「“図書室の魔女”に話を聞いてもらいましょう」
この学園には魔女が居る。
人の悩みを解決してくれるという魔法を使えない魔女が居るのだった。




