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明鏡も裏を照らさず-5

「なんだなんだ?この暗い雰囲気は……一体どうしたというのだ?」


 私が涙を必死に堪えている所に現れたのはエクサスさんでした。

 いつもならば何かしら私にトラブルやら相談事やらを運んでくる彼を少しだけ呆れながらも歓迎するところですが今の私にそれはできません。

 彼が私のために贈ってくれた栞を自分の不注意から無くしてしまった。

 その事実が彼を直視する事を許してくれませんでした。


「エクサスさん……」

「うぅむ……お前には悪いがまた勉強を教えてもらおうかと思ったのだが……」


 エクサスさんは私の暗く沈んだ姿を見て心配そうな顔をしています。

 私のせいで彼にまで暗い顔をさせてしまのは不本意です。

 しかし、今の私にはどうしようもありません。

 自然に俯いてしまう顔を止めることはできませんでした。


「……お前がそんな状態では古代史を教えてもらうというのは難しそうだな……」

「はい。申し訳ありませんが今日はちょっと……はい。ごめんなさい」

「謝るな。元々は俺が不得手な科目を教えて貰う立場なのだ。感謝こそすれ、謝られるとどうすればいいかわからなくなる」


 私の雰囲気がいつになく暗いことに当然エクサスさんは気づいている。

 だけど、深くは聞いてこない。

 私の中で想いが整理出来ていないことをわかってくれているのだろうか?

 今はその心遣いすら苦しい。

 

「……ふむ……なにかあれば俺に言うのだ。お前のためならば俺にできることは何でもするぞ」

「ありがとうございます……」

「ふぅ……無理には聞かん。言えるようになったら相談してくれ」


 彼は頭を搔きながら困った顔をしている。

 自分が手を出すべき事なのか、それとも違うのか。

 私が何も言わないのだから判断が付かないのでしょう。

 特に彼は私の判断をかなり信頼してくれていますから、その私が話さないと判断しているのであれば無理強いはできないと思ってくれたのだと思います。

 ただ、私は彼に対して行ってしまった不義理がバレるのを恐れているだけだというのに。

 今は少なくなってしまった栞が無事に見つかるだろうという小さな可能性に縋っているだけだというのに。

 彼からの信頼を私は利用している。


「では、今日はこれだけ返して退散する事にしよう」


 そう言って彼は私の目の前に古代史の教科書をドサッと置きました。

 勉強会はできないと伝えたというのに何故彼は私の目の間に教科書を置くというのか?

 その意味がわからず私はエクサスさんの顔を見上げた。


「先日の勉強会の時にな、どうやらお前は俺の教科書を持って帰っていたようなのだ。閉まる時間ギリギリまで粘ったからなぁ。慌ただしく帰り支度をしたから間違えたのだろう」


「……………………エクサスさんのと……間違えた?」


 その言葉に私は目の前に置かれた教科書を手に取る。

 そこには見慣れた古代史の教科書。

 そう、見慣れすぎた教科書だ。


 私は目の前の教科書をパララッと捲る。

 そうすればすぐにページがある場所で止まる事となった。

 何故か?

 そこにあるものが挟まってたから。

 ただ、それだけが理由。


 私の考えは間違ってはいなかった。

 私が手に取った書物の中に栞は挟まっていた。

 無くなった原因はエクサスさんと行った勉強会が原因だった。

 だけど、いくら探しても見つからないわけだ。

 私の栞はずっと私の教科書に挟まっていたが、私の手元から離れていたのですから。

 

「あぁ……良かった……良かった……本当に……私の栞……」


 私の手にはシックなデザインの栞が戻ってきた。

 いつしか手元にないと落ち着かなくなった必需品。

 眼の前の彼が私にくれた初めての贈り物。

 お互いの立場を白紙にした直後にくれたプレゼント。

 ラインズ家の許嫁に贈った物ではなく、友人としてのリフィルに送られた大切な栞。


「あーーーーっ!リフィル先輩の栞です!」

「エクサス先輩が持ってたんですか!」

 

 ついに見つかった栞を目にしたグレースさんとレイラーニさんが声を上げる。

 私達が探し求めていた栞は何のことはない、私の教科書に挟まっていた。

 ただ、私の手元に無かったのだから見つかるわけがなかったのだ。


「ん?俺が持っていたというか、リフィルの教科書に挟まっていただけだが……まぁ俺が持っていたという事になるのか?」

「もー!ダメですよ!その栞はリフィル先輩がすっごい大切にしてたんですから!」

「そうですよ!どれだけそれを探していたか!もっと早く持ってきてください!」

「おぉう?」


 唐突に浴びせられる非難に訳がわからずエクサスさんは疑問符を浮かべたままだ。

 私はゆっくりとした動作で足元にある鞄から古代史の教科書を取り出す。


「つまり、私が今持っているこの教科書はエクサスさんの物で……」

 

 彼からすれば取り違えた教科書を返しに来ただけ。

 きっと、私の教科書に栞が挟まっていることにも気づいていなかったはずです。

 目の前にある二つの教科書を冷静に見ればわかります。


「おう、こちらががお前のだな。内容は同じでもその……お前の……女子の物を使うというのは座りが悪いからな。今日はこれを返すだけはしておこう」

 

 学園支給の教科書だから何も違いは無いように見える。

 しかし、注意深く見てみれば私が鞄から取り出した教科書はまるで新品のようです。

 そう。

 彼の教科書は綺麗過ぎるのです。

 授業で使ったことなど無いかのように。

 何故こんな事に気がつけなかったのか。

 平常心であればすぐにでも気がついたような違いだというのに。

 それに気づいていれば、こんなにも心が千切れそうになるまで悩むような事はなかったと言うのに。

 そう思ってしまえばいろいろな感情が胸の奥底から沸き上がってきました。

 

「うぅぅぅぅぅ…………ウゥゥゥゥゥゥ!」


 図書室に軽い音が響き渡る。

 何かを叩く軽く音。

 それは何のことはない私がエクサスさんの胸元を叩く音です。


 私は込み上げてきた何らかの感情に振り回されたまま彼を叩き続けます。

 もうそうするのが絶対的に正しいかと確信をしながら彼の身体を叩きます。

 そうしないと色々なものを堪えられない気がしたので仕方がないのです。

 そんな私の行動に面をくらいながらも彼の身体はびくともしません。

 

「ん?なんだ?どうした?」

 

 私の全力の攻撃も彼からすれば撫でられているのと同じような物なのでしょう。

 ポフッポフッという音がするだけで彼はくすぐったくしているくらいです。


「良いんです!黙って叩かれてください!もうっ!もうっ!あぁぁぁぁぁうぅぅぅぅ!」

「おぉぅ……本当にどうしたというのだ?」


 彼は全く悪くありません。

 教科書を取り違えたのは私。

 それに気づかないくらい焦ってしまったのも私。

 焦って色々と溢れ出してしまったのも私。

 教科書が取り違えられている事に気づいて私の所に来てくれたエクサスさんには感謝こそすれ恨みをぶつけるなど筋違いという事は理解しています。

 それでも私のこみ上げる感情をぶつける先はやはりエクサスさんしか居ないのです。

 

「私の教科書を持ってきてくれて!ありがとう!ございますぅぅぅ!」

「何故だ!?感謝をされながら叩かれ続けてるこの状況は一体なんなのだ?」


 全く痛くなさそうに私の攻撃を受け切る彼を唸りながら上目遣いで睨んでしまう。

 初めての感情に振り回されてどうしようも無い行動を取る私を友人二人がニヤニヤと生暖かく見守っているのがわかる。

 訳もわからず困惑する彼の姿が憎らしい。

 何もせずに私をここまで振り回した事を全くわかっていない彼。

 罰与えなければなりません!

 そう。

 私が愛用している栞を持っていった罰を!


「はははっ!まぁお前が叩きたいなら叩くが良い!はははははっ!」

「うぅぅぅぅ!うぅ!」


 唸りながら何度も腕を振り回す。

 童女のように。

 一心不乱に。

 私は腕を振り回す。

 自分で制御できない心に振り回されたこの一日を振り返りながら。

 湧き上がる感情の赴くままに私は彼を叩き続けるのでした。

賢明な人にも注意が行き届かないところがある。

制御できない気持ちもある。


ちょっと更新が遅くなってしまいました。

寒いとダメですね、色々と鈍くなってしまいます。

暑くてもダメだけど。


評価してくれた人、ブクマしてくれた人、いいねしてくれた人、そして読んでくれた人、いつも言っていますがありがとうございます。

もしも気に入っていただけたのであれば次の更新をゆるりとお待ち頂ければと思います。

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[一言] 魔女がかわいくて死ぬ
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