明鏡も裏を照らさず-3
授業が終わった私は足早に目的地へと向かいました。
まだ開いたばかりの図書室は閑散としており私以外に人は居ません。
そんな中、私は図書室の奥の方へ突撃し私が手に取った記憶がある詩集達を数冊手に取ってテーブルへ向かう。
ここで全てが解決する。
私はそう信じて一冊ずつ確認をしていきました。
しかし、そこに待ち受けていたのは厳しい現実でした。
「無い……ですね。いえ、わかってはいました……そうです、わかっていたことです……」
図書室の担当教諭への挨拶もそこそこに一直線に向かったのは私が先日手に取った記憶がある詩集達が収められている書棚だ。
そもそも詩集を読む生徒自体がそんなに多くなく、さらに日数が何十日も経過したわけでもないので、その棚は私が最後に触れた時から全く動いていないように見えた。
そこから記憶にある限りのタイトルの本を取り出してテーブルへと積み上げ順番に確認していった。
その結果はある意味では予想通りでありました。
「私の考えは正しかった……そうです……詩集に栞を挟んだりした記憶はありませんでしたから、無いのはわかっていたのです……わかって……いたのです……私は間違っていなかった……」
私はテーブルの上に広げた詩集達を前にして溜息をつく。
肘を付いて頭を抱えるなんていつ以来の事だろう。
私は口では強がりながらも諦めきれずに一度ならず二度、三度と確認してみるがそこに捜し物があるなんていう事はなく虚しくなるだけ。
可能性が少ないことはわかっていました。
しかし、これで見つかれば万々歳であったのにという気持ちはあったのです。
まぁ、そんな希望は早々に打ち砕かれたわけですが。
「どうしたんですかリフィル先輩。そんな難しい顔して」
「珍しいですねー」
打ちひしがれる私に声をかけてきたのはレイラーニさんとグレースさん。
グレースさんは以前から図書室の常連だったのですが最近はレイラーニさんも徐々に入り浸ってきているように思えます。
彼女は貴族の令嬢に相応しく書への造詣もそれなり以上にありました。
私との交流でそれが目覚めたのであれば嬉しいことです。
そんな二人は普段では見られないほどに焦燥しながら詩集を前に沈み込む私をなんとも言えない顔で見てきます。
自分でも珍しいかなと思うのですから外から見ればそれはそれは貴重な醜態でしょう。
取り繕う気力も起きません。
私は机に突っ伏したままに二人に答えます。
「その……少し問題がありまして、はい……その……まぁ問題がありまして……」
私が顔を伏せながら伝えた言葉に彼女達は顔を見合わせてるのが顔を見なくてもわかります。
身体を起こすこともなく、長い髪がテーブルに散らばりながらも私はそれを正す気が起きません。
そんな姿を晒している私を見て彼女達が心配しないわけがない。
そう思いはしつつも今の私にそれを気遣う余裕はありませんでした。
「大丈夫なんですか!?」
「どどどどうしたんですか!」
そうして一拍間を置いた後に上がった叫びは私が思っている以上に大きな声であった。
自分でも心配をかけるであろう行動をしているという自覚はありましたが、それでもその反応の大きさに驚いてしまいます。
上体を起こした私は二人に向けて声を抑えながらも注意をする
「ちょっ!お二人共声が大きいですよ!」
「そりゃ大きくもなりますよ!どうしたんですか先輩!」
グレースさんが鬼気迫る表情で私の肩を掴みながら体を揺する。
その姿を横にしながらレイラーニさんも頷いている。
「リフィル先輩がそんなになるなんて……私達で協力できる事とかありませんか?」
「そうですよ!先輩が困ってるってなればみんな力を貸してくれます!そうだ!とりあえずエクサス先輩に」
「ダメです!」
エクサスさんの名前が聞こえた瞬間に私は自分でも思ってもいなかった大きな声が出てしまいました。
「あっ……その……すみません。私が大きな声を出してしまいました……でも、そのエクサスさんには黙ってて欲しいというか……」
私が少しだけ恥ずかしそうにそう言うと彼女達は余計に怪訝な表情になりました。
「あ~……エクサス先輩絡み……ですか?」
「うっ……」
グレースさんがなんとも言えない表情で私に聞いてきます。
それはそうです。
どれだけ鈍い人でもあれだけ過剰反応をすればエクサスさんが何かしら絡んでいるのがわかるでしょう。
いえ、これは悪くない展開だと思いましょう。
私一人ではもう思い当たる節が無いのです。
何かしらの助けが必要なのは間違いがありません。
「そのですね……はい、少し……力を貸していただけると助かるのですが……」
そうして私は愛用の栞の捜索隊員として心優しいニ名の人員を確保したのでした。
◇
席について貰った二人に対して私は今抱えてる問題。
愛用の栞を無くしてしまった事。
心当たりとしてはやはり図書室であり、直近で読んでいた詩集を確認したところだった事を説明しました。
「なるほど……いつも使っていた栞がいつの間にか無くなって見当たらないと……」
私が事情を打ち明けるとグレースさんは顎に手を当ててそう言いました。
私には出来ない思考をするという意味では恐らくこの場で一番頼りになるのはグレースさんです。
彼女は私と真逆と言って良い性質の人物ですから何かしら進展が望めるかもしれません。
視点が違えば私が見えていなかった何かが見えるかもしれないからです。
「あの栞ってエクサス先輩からの贈り物だったんですね。愛用している品なのは知っていましたけど」
そう言うのはもう一人の捜索隊員のレイラーニさんだ。
彼女と私が知り合った時には既にあの栞は私のお気に入りになっていましたからそう思っても仕方ありません。
事さらに見せびらかせたりはしていませんでしたが、それでも私が気に入っていた品だった事はわかっていたでしょう。
「はい。彼が私に初めてくれた贈り物でして……その……とても気に入っていたんです」
「それは……絶対に見つけないといけませんね」
ふんっと鼻息を荒くしながら腕を組んで思案するレイラーニさん。
彼女は理知的でありながら私とは違ってとても女性らしさを持った人です。
これもまた私が見逃しがちな点を指摘してくれそうです。
偶然ではありますが声をかけてきてくれた二人が私に無い発想を補ってくれそうでとても頼もしい。
「ん~……二日前まではあった……いつの間にか無くなった……」
「リフィル先輩の考えでは直前に読んだ本に挟んだままにしていると思ったわけですね」
「えぇそうです。ですから記憶にある限りの詩集を引っ張り出したのですけど……」
その結果は見ての通りだ。
テーブルの上に重なっている詩集の間に挟まれているものはなく、私の当ては外れてしまった。
「今日までの間に誰かが詩集を手にして、間に挟まっていた栞を持っていったという事はありませんか?」
グレースさんが言う事は私も考えた。
約二日、この詩集と私の間には空白期間がある。
その間に誰かが手にとって、その際に栞を発見して持っていってしまったという可能性だ。
「無いとは言えません。しかし、その可能性は低いかなと思います」
「何でですか?」
「元々、図書室の利用者は少ないですからね。見慣れない人間が来たら記憶に残ると思います」
「たしかにそうですねー、誰か来たら目立つかぁ」
「私は図書室が開かれて一番最初に来ましたし、流石にこの短い間に誰かが持っていったとは考えづらいです」
こう言っては何だけどこの図書室は私のテリトリーだ。
ここに立ち入る人間のほとんどは私の顔見知り。
静かに読書に勤しむ彼等は友人であり仲間だと私は思っている。
もしもこの図書室で誰かが私の栞を見つけてくれていれば必ず私に届けてくれるだろう。
それくらいの親交はあり、そう思える信頼がある。
だけど、そういう事はなかった。
それこそ、担当の教諭に見つけた栞を預けてくれるだけで私の手元に戻るのだ。
そんな展開が起こることを期待してたりもしていたが、そう上手くはいかなかったわけです。
そうなると第三者が偶然に私の栞を手にしたという可能性は低い。
そう思っていた私はレイラーニさんが口にした言葉で凍りつくこととなった。
「……その……あの栞はエクサス先輩からの贈り物なんですよね?で、あれば悪意を持って盗まれたという事はありませんか?」
それは私が考えていなかった可能性。
考えられる中でも最悪と言って良い展開を示唆する物だったのでした。




