明鏡も裏を照らさず-1
一日が終わる。
今日も何事も無く平和な一日。
ここ最近はゆっくり本を読む時間が取れない日が多かったりもしましたが、そういう日ばかりでは疲れてしまいます。
騒がしい日々も悪くはないですが、静かな日々もそれはそれで必要。
何事もバランス。
むしろ、リフィル・ラインズとしてはこのような平穏な日々こそが日常。
騒がしい日は特殊なのです。
「ふわぁ……さて、そろそろ寝る時間ですね」
私は今まで読んでいた本を閉じて一息をつく。
最近は長編の物語を読む時間が取れないためさっと読み終える事ができる物ばかりを読んでいました。
それが悪いとは思いませんがやはりある程度の文量があるほうが読み応えがあります。
ですが、長編はある程度まとめて読まないと話の内容が頭に入っていかないのも事実。
私の周囲が少し落ち着いたようなので私は以前から読もうと思っていた長編のシリーズ物へ手を伸ばしました。
「まだ最初ですから何とも言えませんが……これから面白くなるのでしょう」
私が読み始めたのは所謂、恋愛小説。
『トルメニの百合』
とある傲慢な貴族に見初められた平民の女の子。
家の事情のために素直になれずに捻くれていった貴族だが、あまりにも純心な娘の心に惹かれていく
そんな内容の恋愛物語だ。
恋愛小説の事ならば誰にも負けないと豪語するグレースさんが勧めてくれた王道の一品……だそうです。
特に拘りが無く本であれば何でも読むと自認している私でも勿論好みはあります。
一番多く読んでいるのは推理小説になるでしょう。
やはり論理で謎を解くというのは私の性に合っています。
劇中で手がかりが全て提示されている場合でも私が想像が付かないような内容だったりする素晴らしい物語に出会った時は興奮して眠れないもの。
次いで多いのは学術書などになるかもしれない。
興味が湧いた事、疑問が湧いた事について書かれている物を詳しく解説してくれているような内容の物。
それらは知識を高める事にもなるし、何よりも自分自身が今知りたいと思っている事が書かれているわけだから面白くないわけがない。
必要のない知識などありません。
使う場所が無かったとしても知っているという事はそれだけで価値のある事なのですから。
次いで多いのは冒険小説や伝記などになるでしょうか。
私には想像もできないような冒険譚に心を踊らせる事もあります。
事実であれ創作であれ、私には体験できない人生だという事は共通しています。
心を踊らせ熱くさせる御伽噺。
現実を忘れさせてくれる甘い幻想
それこそが物語の原点と言っても良いかもしれません。
自分には手が届かない物に思いを馳せ、それらを疑似体験させてくれる書物はやはり良いものです。
私と知己の中である元冒険者のリバイス卿も自叙伝を出すという事ですから少しだけ楽しみにしていたりもします。
そんな私ですがあまり手を付けていないジャンルというのも当然あります。
それが恋愛小説。
年頃の女の子であれば一番手に取っていてもおかしくないジャンルだが私はあまり読んだことはありませんでした。
色々と思うところがあったので恋愛というものに忌避感があったりしたのは否定できないでしょう。
とは言え、ここ最近では何故か人の色恋沙汰に巻き込まれる事が多かったりもしますし、自分自身としても考える余裕というのが出てきたようにも思いますし、今まで避けていたジャンルだから挑戦してみるのは悪いことではないはずですし……
食わず嫌いは良くない。
そう私は思ったわけでして、何事も挑戦という事です。
「どうにも主人公の女性が感情的すぎて肌に合いませんね。一息ついて冷静になれば解決する問題が多い気がします」
私は明日の用意をしながら今日読んだ小説の内容を反芻した。
小説を読む際に重要となるのはやはり主人公でしょう。
彼、彼女に感情移入ができるかどうかは大きな問題となります。
ここが合わないとどんな物語も最大限に楽しめなくなってしまいます。
私は今までこの問題はあまり感じたことがありませんでした。
物語を読む場合に感情移入を最大限に行うために登場人物に自分を置き換える人とあくまで別人として見るという派閥があるそうです。
そして、私は基本的に後者となります。
常に登場人物を俯瞰して見るようにしているので、自身の感情と合わなかったとしてもそこまで気にした事はありませんでした。
それでも余りに理解不能であり自身の考えと合わないとなると読むのが辛くなってしまう事もあります。
読み始めた恋愛小説の主人公というのもまさしくそれです。
私ならこうするのになぁ、なんて事を考えながら読むのも楽しいものではあるけれど、それにしてもあまりに私の考えと乖離しすぎていると楽しみづらいものです。
これが冒険小説であれば完全に別世界の事と捉えられるのでしょう。
私はどうやっても手から火を出す事はできませんし、大男を一撃で倒すような腕力もありませんから。
しかし、恋愛小説となると言ってみれば私の身に起こり得るような身近な出来事が題材と言っても良いので、中々に受け入れづらい。
そういうものなのだと思います。
以前まで敬遠していた理由はこれだったのかもしれません。
婚約をしている自分に自由恋愛の話というのは近くて遠い、手が届きそうで届きはしないもどかしい距離だったのだと今になって見ればわかります。
そして、手が届くようになったからには、もう少し納得の行く行動をする主人公の物語だと読みやすいのですが……
「まぁ何にせよまだまだ序盤の物語。これからに期待ですね……っと」
明日の準備も終わり、あとは就寝するだけとなった私は常に行っている行動をしようとして足りない物に気づきました。
「……?どこにいったのでしょう……?」
机の上の物をひっくり返し、足元を見てもそれは影も形もありませんでした。
手元の本をパラパラと捲っても見つかりはしません。
「…………教科書かしら?」
少しだけ嫌な汗を搔きながら私は鞄から学園で使う教科書類を取り出して確認していきます。
そんな所にあるわけはないと思いつつも全ての教科書を取り出して順番に手にとって行きます。
確認作業はとても簡単です。
ページをパラララと捲ればそれで良い。
そうして確認した結果としてわかったのは私の捜し物が無いという事。
あるべきものがあるべき所に無いという事実。
「……ない……ない?……そんなわけが……冷静になりなさい……」
寝る前だったはずの私の脳内が高速回転をしていくのがわかります。
しかし、その回転は早いだけであり空回りしているのが現実です。
少量だったはずの汗は額からも大量に吹き出し、湯浴みをしてサッパリしたはずの身体を嫌な感覚が支配していくのがわかります。
脳内を駆け巡るのは久しく感じる事がなかった感覚。
「おおおおおちつきなさいリフィル・ラインズ……無いわけが……無いでしょう。そんな事はありえません」
私は最近手に取った記憶がある全ての本を確認する。
そして、その度にどうしようもない事実が浮き彫りになっていく。
認められない、認めたくない。
それでも認めるしかない現実。
どれだけ信じられなくとも、どれだけ信じたくなくとも、目の前にある現実が変わりはしない。
それは私がいつも念頭に置いている事柄。
「し……」
目の前にある事実からは目を逸らしたとしても逃げることはできはしない。
「栞がありません!」
私が愛用している栞。
エクサスさんから頂いたとても大切な栞。
それが手元にないという事実がそこにはあったのでした。




