友の友は友となるか-5
私達は日が傾き始めるまで中庭で話をした。
渡り廊下を歩く生徒たちが時折好奇の視線を向けるも気にはしない。
私達は友人同士で会話を楽しんでいるだけなのだから。
コータさんが話すエクサスさんのエピソードはどれも彼の良い面が伺える話だった。
困難に立ち向かった話。
後輩を導く姿を見せた話。
倒れても挫けずに立ち上がった話。
そのどれもがコータさんが心中で英雄と認めている男の話だった。
それに対して私が話すのは彼が微妙に情けない姿だった。
暴走するイルドさんに振り回された話。
ティピカに誂われてタジタジになっていた話。
喧嘩した後輩カップルの仲裁を無責任に私に押し付けてきて後悔していた話。
コータさんはそういう話を聞きたがった。
学園の貴公子として名を馳せるエクサスさんのそういう姿は親友であるコータさんからしても珍しいとの事でよく笑ってくれた。
そうこうする内に私は肌を撫でる風が冷たい事に気が付いた。
いつの間にか結構な時間が経っていたようだ。
私が小さく震えた事に気が付いたコータさんがベンチから立ち上がる。
「色々と楽しい話をありがとう。自分を見つめ直す良い経験になった気もするよ」
「ふふふっ……そうですか。私も思っていたよりも楽しかったです」
「リフィルさんは聞き上手だね。魔女様に相談する人の気持ちが少しだけわかったよ」
「魔女というあだ名は不本意なのですけどね……」
「ハハハッ!中々悪くないあだ名だと思うけどね」
最初に話した時とは比べ物にならないくらい明るい表情で彼が私に向き直る。
「さて……質問をする順番ももうわからなくなっちゃったけど。今日、僕からの最後の質問をして良いかな?」
「……?」
「リフィルさん。君はエクサスの事を」
彼が何かを口にしようとした時、よく通る声が中庭へ響いた。
私達のほうへと歩き寄りながら片手を軽く上げて挨拶する姿は私達の共通の話題その人。
「おぉ!そこに居るのはリフィルとコータか!珍しい組み合わせだな!」
エクサス・カリニオンさんだった。
最後の質問を遮られたコータさんは一瞬だけどうしようか迷ったように見えた。
口にしようとした問いを飲み込んで無かった事にするべきか、それとも無理にでも話を続けようとするべきか。
だけど、彼はすぐに笑顔になってエクサスさんへと挨拶を返したのだった。
「やぁエクサス。今日の訓練は終わりかい?」
「あぁ。今から帰る所だ。そっちは……何か取り込み中だったか?」
私とコータさんがそこまで親密な仲では無いことはエクサスさんもわかっている。
考えられるのは私がいつもやっているようにコータさんから何かしらの相談を受けたのかと考えたのだろう。
実際は私は相談されるわけではなく見定められていたなど、彼にはわかるわけもない。
そう思うと私とコータさんだけのちょっとした秘密のようにで少しだけ楽しく思えてしまった。
「全くそんな事はないさ。偶然リフィルさんを見かけたから僕が留学に行っている間の君のことを聞かせてもらってたのさ」
「ふふふっ。そういう訳で少しだけエクサスさんのエピソードを話していたというわけです」
彼の話に乗りながら私もベンチから立ち上がる。
私達の話の中心だった本人が登場してしまったのだ。
今日はこれでお開きという事。
それを私もコータさんも理解していた。
「おいおい。あんまり格好悪いところを話さないでくれよ。どうにもリフィルには情けない姿ばかりを見せてしまっているからな」
「そんな事はありませんよ。格好いい姿も……あったような無かったような」
「笑っているではないか!」
私達に向けて怒ったふりをしているがエクサスさんも笑っていた。
普段の彼からすればこういう冗談を言われるのは実際は珍しいのかもしれないですね。
「確かにエクサスの面白エピソードってあんまり無かったからね。これはリフィルさんから色々聞き出さないとダメかもしれないね」
「私もコータさんの話に興味がありますよ。昔のエクサスさんの姿を私は知りませんから」
「やめろやめろ!お前達に弱みを握られたら怖いことになりそうだ!」
「酷いなぁ~」
「酷いですね」
エクサスさんが大仰に怖がっている姿に私達は揃って笑った。
最後にコータさんが口にしようとした質問。
それが何なのか少しだけ気になりはする。
だけど、今日はここまで。
きっと聞く機会はこれから何度でもあるだろう。
私とコータさんは友人になれた。
そう思うから。
「リフィルさん。今日はありがとう。とても楽しい時間を過ごさせてもらったよ」
「いえいえ。こちらこそ有意義な一時でした。それでは失礼しますね」
「おぉう?もう行くのか?」
「はい。エクサスさんもまた明日」
エクサスさんとコータさんに挨拶をして別れる事とする。
校庭が茜色に染まっている。
寒風が肌を刺すような時間だ。
そういえばエクサスさんと仲良くなった時期はもっと暖かい季節だった。
時間が経ってしまうのは早いものです。
それが楽しい時間であれば尚の事。
そう思いつつ中庭から出るために歩き出した。
◇
僕達に軽く挨拶をして颯爽と魔女はあるき出した。
その背中は真っ直ぐで立ち振舞にも気品がある。
黒く長い髪が風に揺られる。
僕と、そして何よりもエクサスが居るというのに媚を売るような素振りなど一切無く、自然に彼女は僕達から離れていった。
その姿に僕が懸念していた毒婦の影は微塵も無い。
彼女の背中を見つめながら僕はエクサスへと言葉を投げかけた。
「ふふっ。どうしたのエクサス?僕とリフィルさんが何を話してたか気になる?」
「んっ?いや、その……まぁ気にならないと言えば嘘となってしまうが」
彼のこんな表情は以前までは見ることもできなかった物だ。
僕とリフィルさんが仲良くなるのは嬉しい。
だけど、それだけじゃない何かを胸の内に抱えてしまっている。
それが顔に出てしまっている。
本当に貴重な表情だ。
「ハハハッ!本当に……本当にだね!」
「なんだなんだぁ?コータがそこまで笑うなんて珍しいな。本格的に何の話をしていたのか気になってしまうぞ」
「大丈夫!大丈夫だよエクサス。僕とリフィルさんは似ているところがあるけど、だからこそ合わないだろうね。君が心配しているような事は何も無いさ」
「何も心配はしていないのだが……」
憮然な表情の彼の顔を見て僕は破顔してしまう。
無意識にエクサスが心配しているのがどういう事かはたやすく想像できる。
彼はわかっていないだろうけど僕はわかってしまう。
ここまで彼のことがわかりやすいなと思った事は初めてだった。
それが微笑ましくてついつい笑ってしまうのだ。
「心配と言えばリフィルさんはこれから帰宅するみたいだよ。家まで送ってあげなくて良いのかい?」
「それはそうだが……」
「僕はこれから少し用事があるんだ。だから気にしないで彼女を送ってあげてよ。婦女子をエスコートするのは男の役目だろ?まだ明るいけど君も心配だろうしね」
「そ、そうか?」
「あぁ、早く行ってあげてよ」
エクサスの背中を押してあげる。
そうして魔女の背中を追って走り出した英雄を見て僕は笑顔を浮かべる。
僕は英雄が堕落させられるかもしれないと懸念していた。
リフィル・ラインズが一体どういう人間かそれを知るために使った時間はとても有意義だった。
少しだけ話をしただけで彼女が悪い女性ではないと確信できた。
それを確信させてくれたのは本題が終わった後にした雑談の内容だ。
下らない馬鹿みたいな話。
本当に他愛無い日常の風景。
僕が知らない情けない英雄の姿。
それこそがエクサスがどれだけ真剣なのかを如実に僕に示してくれた。
そして、そんな姿を好意的に受け入れているリフィルさん。
それが僕の疑念を無くしてくれたのだった。
英雄が誰にも見せなかった姿。
その姿を自然に受け入れている彼女はきっと善良な人間だ。
そう思えた。
「うーん!なるほどね」
歩きながら体を伸ばす。
父の言葉と姿を脳裏に浮かべながら貴公子と魔女とは逆方向へと歩く。。
いつも、母の前では頼りない姿を晒していた父。
屈強であり大きく強いはずの父。
母の前では滑稽で情けない父。
そんな父が苦笑しながら僕の頭を撫でながらかけてくれた言葉を思い出す。
「男というのは想い人の前では幼稚で拙劣になってしまうものだ。なんて嘘だと思っていたんだけどね」
用事も何も無い僕は一人校舎へ足を向ける
いつか僕が滑稽な姿を見せてしまうような女性が現れる事があるのかどうか。
そんな下らない事を考えながら。
何事も格好悪い所を見せてしまうくらいが本気かなって。
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