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友の友は友となるか-4

 少しだけ遠い眼をして彼は語り始めた。

 それはエクサスさんとの意識の違い。

 友人同士だと思っているはずの二人の絶対に交わる事はないであろう認識の違いだった。

 

「エクサスは僕の事を友人だと思ってくれている。僕も彼のことは友人と思っている。だけど、それだけじゃない」

「……」

「彼は僕の主となるべき人だ。それだけの能力や尊敬すべき人格を備えている。彼の下で働きたいと思わせてくれる。それだけの器量がある男だ」


 顔を見なくてもわかる。

 彼は今、恐ろしいほど真剣な表情をしているだろう。

 同年代の友人を主と仰ぐ。

 それはエクサスさんには伝える事ができない感情。

 きっと、エクサスさんはコータさんの事を対等な友人だと考えているのだろうから。

 それはわかった。

 だが、私の疑問はまだ解決していない。

 

「それが何故私を知りたいという事に繋がるのですか?」


 コータさんがエクサスさんの事を尊敬している。

 それは私には関係が無い。

 だが、彼は私の問いに答えることはなく別のことを私へと問いかけた。


「リフィルさんは英雄が堕落する要因を知っているかい?」

「……?」


 苦笑した彼が指を一つ立てて話し始める。

 英雄が堕落する要因。

 それだけ聞けば何かの演劇の一節かと思わせるそれ。

 だけど、その声音は真剣そのものだった。

 

「一つは権力だね」


 多くの人を救った英雄が権力欲に取り憑かれて災厄へと変わる。

 御伽噺だけではなく現実でも耳にする事がある話だ。

 人の上に立つという事はそれだけで快楽だ。

 一度でも権力を振るう快感を覚えてしまったら英雄であろうとも狂ってしまう。

 正しく振るわなければ権力は暴力となり、名君は暴君になる。

 人間性を変えてしまう麻薬の一つ。

  

「エクサスは生まれながらにして王者の血筋だ。振るえる権力は絶大。エクサスはそれに振り回されてしまう。そんな男だと君はそう思うかな?」

「……そうはならないでしょうね」


 権力欲に取り憑かれたエクサスさんというのは想像しづらい。

 何故なら今でも彼は大きい権力を持っているというのにそれを振りかざしている姿は見たことが無いからだ。

 既に大きな力を持っている彼の権力が少しばかり増えたところで何かが変わるだろうか?

 そうは私には思えない。

 それくらいの事はコータさんもわかっているはずだ。

 

「そう。エクサスに権力欲というものは無い。それは身近にあって当然の物であり、忌避する物でも渇望する物でもない。使うべき時に使うだけの道具だ。こう聞くと傲慢ではあるかもしれないけど、それが事実」

「ただの道具にしか思っていない物に振り回される事は無いでしょうね」


 コータさんの言葉に私も納得する。

 身近にあって当然な物だからこそ、彼は権力に取り憑かれる事はない。

 特別な物と感じていないからこそ正しく道具として扱ってくれると思わせてくれる。

 エクサスさんはそういう人だった。 


「話を続けよう。英雄が堕落する要因として挙げられる物。それは財力。エクサスは名家の跡継ぎなのだから何不自由なく暮らしてきた。エクサスは贅沢に溺れてしまう。そんな男だと君は思うかな」

「それも無いでしょうね」


 コータさんがわかりきった答えを聞く。

 贅沢三昧するエクサスさんというのもこれまた想像しづらい。

 以前、一緒に買物に行った時も語っていたが彼は高価であるという事には価値を感じていないだろうからだ。

 使えるかどうか。

 使えるならばそれが華美である必要は無いと考えているのは私としては好ましい考え方だと思った記憶がある。

  

「そうだね。エクサスは物の価値が値段では無い事を知っている。真贋を判別する目がある訳じゃない。単純に有用な物であれば高価である必要は無いと考えているからだ」


 コータさんは二つの要因を語り、そして否定した。

 つまり、最後の三つ目こそが彼が危惧している事。


「では何が彼を堕落させる要因になるだろう?英雄を狂わせる最大の原因が何か。リフィルさんにはわかっているだろう?」


 権力、財力とくれば次に来るのが何かはわかる。


「ふぅ……つまり色欲ですか」


 色欲。

 性欲と言っても良いだろう。

 いわゆる女性問題。

 それこそがコータさんが考えるエクサスさんが堕落する要因になりえる最大の問題。

 

「そうだね。英雄が堕ちる時、その傍らには毒婦が居るものさ」


 彼の顔がこちらを向く。

 彼の眼が私を見る。

 私を見定めようと心の奥底を睨みつけてくる。

 

「そして、エクサスが果たして悪しき誘惑を見定めることができる人間なのか。それを僕は判断できない。情報が足りない」

「……それには同意します。彼には女性に関係するサンプルが少ないからですね」

「リフィルさんと婚約関係にあった頃、エクサスは本当に女性を近づけようとはしていなかった。勿論、女性に対する事はあったけど、それは全て対外的な立場としての立ち振舞いだったからね」


 穏やかな表情でありながら私の奥底を見定めようしている視線が刺さる。

 つまり、彼はこう言っているのだ。


「なるほど……わかりました。つまり私がその毒婦かどうかを見極めたいという事ですね。まぁエクサスさんは私のことを友人としか見てはいないと思いますけど」


 エクサスさんの隣に急に表れたこの女は危険人物なのかどうか。

 それを知りたいとコータさんは言っていた。

 普通に考えればやり過ぎだが、エクサスさんにはプライベートで親しい女性という者が居なかったのが伺える。

 それは彼が余計な心配をしてしまった原因なのだろう。

 

「気を悪くしたなら申し訳ない。エクサスと君が既に婚約を解消しているのも理解はしている。だけど、君は間違いなくエクサスに一番近い位置にいる女性なんだ」

「それは理解できます・・・が、一つ質問があります。婚約者時代の私には一切接触してこなかったのは何故ですか?」


 これは気になる所だ。

 コータさんがエクサスさんに害のある人物を排除するために動くのであれば以前の私の事も対象に入っていたはずだ。

 だけど、接触してきたのは今が初めてだ。

 これは少しだけ不自然だろう。

 理由は想像がつくけど、やはり聞いておきたい。

 そう思って出した問いに対して彼は軽く答えた。


「それは簡単な話さ。家同士が決めてしまっていたならば僕が介入する余地はない。だけど今は違うでしょう」


 それは私が想像した内容ではあった。

 流石に家同士が決めた婚約者をコータさんが排除する事はできない。

 エクサスさんから何かしらのアクションを起こしたとすれば最大限に手を貸しただろうけど、以前の彼は異性関係の話題を忌避していたらしいので私の話もほとんど出なかったのだろう。

 しかし、今の私が相手ならばいくらでもやりようはある。

 個人同士であればコータさんが“あの人から距離を取れ”と遠回しに進言する事はできるでしょう。

 

「はぁ……つまり、私が邪魔になると感じたら排除しようと考えたわけですね」

「そういう事だね。だけど、その可能性は低いと思っていたよ。そもそも君が質の悪い女だったら婚約解消後に揉めてただろうから」

「それで?どうですか?私は悪い魔女ですか?それとも良い魔女ですか?」


 私が問うたのは恐らくは今回の本題。

 これさえ判断できれば彼の目的は達せられるだろう。

 その答えはどうだったか。

 穏やかな眼をしている彼を見れば想像はできる。


「そうだね。わかってはいたよ。エクサスの人を見る目は間違いが無いんだ。君が悪い魔女だとすればエクサスがあんなに心を開くことはないってね」

「それは合格を貰えたということで良いのですね」

「元々、僕には合否を判断する権利はないのだけどね」


 彼が出した答えに私は心のなかで胸を撫で下ろす。

 自分がエクサスさんに不利益を及ぼした覚えはないが、やはり彼の友人に嫌われてしまったりはしたくない。

 彼等は私にとっても貴重な男友達なのだ。

 

「こんな人を試すような事をして、エクサスさんに知られたら怒られますよ」

「それはそうだろうね。これは僕が勝手にやってるお節介だから。だから黙ってて欲しいってお願いしたでしょう」

 

 悪びれもせずに言う彼に少しだけカチンと来たので釘を差す事にする。

 普通に考えればとても失礼な事をしている事をコータさんはわかっているのかと。

 直近で私に極大の失礼をしたどこかの道化師はわかっててやっていたわけだが、意識せずにやってしまうと今後のトラブルの元になってしまう。

 そして、その時に巻き込まれるのは恐らくはエクサスさんで、その案件を持ってこられる私なのだから。


「私以外の人にやったら間違いなく怒られますよ。それだけは理解しておいて下さい。そして、失礼を相手にしたのであれば言わなければならない言葉がありますね」

「……本当に悪かったよ。すみませんでした。こんな事は今回だけにします。許してくれるかな?」


 少しだけ不機嫌そうに彼を睨んだ私。

 そんな私に対して大げさに彼は手を上げて降参のポーズを取る。


「仕方がありません。今回だけですよ」


 私は少しだけ戯けたその姿の奥に見えた反省の色を私は信じることにしたのでした。

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