友の友は友となるか-3
少しだけ肌寒くなってきた今日此の頃。
動いていればまだまだ暑さを感じるのだろうけど流石に座っているだけだと風が少しだけ冷たい。
こんな時期に並んでベンチに座って会話をしている男女を見て行き交う彼等はどう思うのだろうか。
「まぁ……確かにここは多くの人が見ていますから密談とは言われないでしょうね」
「そういう事さ。隠すから想像するしかなくなる。隠さなければ想像の余地はない。そう思わないかい?」
彼が言うことは一理ある。
隠すからこそ人はそれを暴きたくなる。
暴きようがないならば想像を膨らませる。
それが何の事実もそこにない妄想になってしまったとしてもそれを止めることはできない。
だから隠さない。
コータさんが取った行動はそういうものだった。
「僕はリフィルさんと話をしたい。それは君の人となりを知りたいからだ。だったら人目を避ける必要など無いからね」
「これはこれで変な噂が立ちそうな気もしますが、それならコントロールできるようにという事ですか」
「そうだね。ただ友人同士が話をしているだけだというのに邪推する人間は何をしても悪く捉えるものさ。そういうのは考えるだけ無駄だしね」
それが正しいかはわからないが理屈はわかる。
「それにね。人が人を判断する要素に距離感と立ち位置というものがあるんだ」
コータさんが気楽そうに語る。
「こうして横に並んで座る。これだけでも効果はあるんだよ」
「そうなのですか」
「もしも僕がリフィルさんを口説いているのであれば対面に立って真正面から君の顔を見るべきだ。横に並んで相手の顔を見もせずに女性を口説く男なんているものか」
「確かにそうですね。そして話をするだけならばこうして横並びでも問題は無いと」
彼が言うことはわかる。
確かにもしも本気で女性にアプローチをするならばこうしてお互いに興味を無さそうに並んで座る事はしないだろう。
今の私達を見て誰が甘い言葉を囁きあう仲だと想像をするだろうか。
そうして場が整ったのであれば話を進めるだけだ。
彼は私と話をしたいだけだと言った。
だけど、それを素直に受け取るほど私は純心ではない。
「さて、私の人となりを知りたいと言いながらも聞きたい事があるのでしょう?」
「ふふっ。本当に話が早いね」
「そうでもなければ日が傾けばすぐに気温も下がってしまうこの時期に中庭での雑談は厳しいでしょう」
私はベンチに並んで座りながら話を促す。
日が落ちるまでまだまだ時間はあるとは言え彼に目的があるなら早いほうが良い。
それはコータさんもそう考えているはずだ。
「単刀直入に聞こう。何故、エクサスとの婚約を解消したんだい?」
「今更ですか?」
それは大事件ではあった私とエクサスさんの関係が変化した切掛。
もうほとんどの人が既知の出来事として受け入れたために聞かれるのが凄い久しぶりに感じる事柄だった。
「僕がそのことを知ったのは留学から帰ってきてからだから最近の話なのさ。リフィルさんにとっては結構前の話だろうけど」
「……普通に考えてこれはデリケートな話題ですよ。私が素直に答えないとは思わないのですか?」
「例え君がはぐらかしたとしても、それでわかる事はあるさ」
「はぁ……まぁ良いですけどね」
コータさんに聞かれて改めて考えて見るが答えは以前と変わらずに一つしか無かった。
「単純に彼とは合わないと思ったからですよ。それはあちらも同様に感じていたようですけど」
本当にそれだけの話だ。
あの頃はエクサスさんの事などほとんど知らなかった。
お互いに避けていた弊害だ。
今ならばまた違う選択をする事ができるとしても当時、私が持っていた情報で考えれば何度考えても同じ結論にたどり着くだろう。
「カリニオン家の次期当主の妻の座を蹴るほどにですか?」
「あまりそこは重要ではありませんね。こんな事を言ってしまうと批判されてしまうかもしれませんが私はカリニオンという家名には魅力は感じていません。ラインズの家という看板だけで十分すぎるほどの恩恵を得ていますから」
「なるほどね……」
私がもしも上昇志向を持っている人間であればエクサスさんとの婚約解消など絶対に首を縦に振らなかっただろう。
カリニオンの家に嫁ぐというのは普通に考えればそれだけの価値がある事だ。
ただ、私からすると貴族になるというのは面倒事が増えるだけという印象が強い。
それは私が商家の人間だからだ。
「貴族の名誉や面子とか、私はあまり馴染まない考え方なんですよね。理解はできますけど」
「リフィルさんはそんな感じするね」
「そういう世界に入れられるくらいなら商家の娘であるほうが気楽なんですよ。商売は数字が判断基準に使えますからね」
私の答えに目の前の彼は小さく笑いながら頷いた。
恐らくだけど彼も同様に考える事はあるのだと思う。
だけど、私と違って彼は貴族だ。
馴染まなくても受け入れなければならない彼と距離を置くことができる私。
そこは大きな違いだろなと思った。
「それじゃぁ」
「待って下さい」
先程の問いに納得した彼は立て続けに私に質問をしようとした。
しかし、それを私は止める。
「私はあなたと親交を深めるために話をすることに応じました。しかし、尋問を受ける謂れはありません」
「尋問とは人聞きが悪いなぁ」
彼の口調は穏やかで表情も和やかだ。
しかし、それはあくまで表面上なだけであり目の奥はどうにも笑っていないように思える。
それに状況だけ見れば私が問い詰められていると見ることもできるだろう。
それは決して友人同士の掛け合いでは無い。
「そちらが一方的に私に問い続けるのは雑談ではないでしょう」
「じゃぁどうするんだい?」
私は隣に座る彼には目線を向けずに語る。
周囲から見れば私と彼は横に並びながらてきとうに時間を潰しているように見えるだろう。
しかし、実際は何かの交渉をしているような緊張感があった。
お互いがお互いに見えない何かを探り合っている。
私としてはこんな雰囲気になるのは想定外ではあったのだけど。
「こちらからも質問をします。それがフェアではないでしょうか?」
「僕が素直に答えるとは限らないよ」
「それなそれでわかる物がある。はぁ……コータさんが言葉のやり取りが好きなのはわかりました」
「少し仲が深まったかな?」
コータさんが背もたれに身体を預けて天を仰ぐ。
「それじゃぁリフィルさんは僕に何が聞きたいのかな?」
彼を横目に見ながら私は問いを投げかけた。
「そうですね……こちらも一番気になるところから聞きましょうか。あなたは私と話したいと思った。その理由は何故ですか?」
それは何故このような場を彼が設けたのか。
私が口にしたのは最初からわからなかった一番の疑問だった。
「それこそ単純な話しさ。君はエクサスの友人だ。そしてエクサスは僕の友人だ。だけど僕と君は友人ではない。だから知りたいと思った。それだけだよ」
「それだけでは無いですよね?」
「うーん、そう言われても困っちゃうな。信じられない?」
「えぇ信じられませんね。あなたの言う通り、私とあなたの共通の接点はエクサスさんです。しかし、私達同士が無理に繋がりを持つ必要はない」
「そうかな?」
私が親友であるエクサスさんの友人だから。
一見すればその答えは筋が通っているように思える。
だけど、それはあきらかに不自然な点がある。
「あなたがエクサスさんと親しい間柄の全ての人と交流を持つべきと考えているような人間であれば、もっと前に私に接触をしてきているはずです」
「……」
「実際の事は兎も角、肩書だけを見れば婚約者の方が友人よりも親しい存在でしょう。しかし、今まで私達は全く面識がありませんでした」
エクサスさんの身近な人間の人となりを確かめたい。
そう考えるのであれば婚約者であった私に対して何かしらのアプローチをするべきだろう。
しかし、コータさんは今まで私に接触してきていなかった。
これは少しおかしく思える。
「では私自身に興味を持った?それは無いでしょう。ですから、あなたの口から正直な言葉を期待したのですけどね」
自問自答してみればすぐに答えが出る事ですが私に興味があってという線は薄いでしょう。
特にわざわざ今の私へ手を出そうとする事はリスクがあります。
エクサスさんの友人であれば尚の事。
そうなると理由が思いつかないというのは私の本音だ。
私の言葉をぶつけられた彼は曖昧な表情をしたまま背もたれに体重を預けている。
今までと何も変わらないその姿、声音、雰囲気。
何を聞かれているのかわからないと全身で示しているが、私には惚けているようにしか見えなかった。
「困ったな。正直に答えたんだけど」
「あなたがそういう態度で臨むのであれば話はここまでですね」
コータさんは私の何かを見定めようとしている事はわかる。
だが、自分の手札を晒さずに私を査定しようとするならば話は終わりになるだけ。
どんな事でも対価は必要。
特に私のことを知りたいと言うのであればそれなりに払ってもらわなければならない。
私は膝の上で手を組む。
周囲の喧騒から切り離された中庭は時間が止まったように静かだった。
少しの間の沈黙。
言葉を交わさない事でできた静寂を崩したのは彼がついた溜息だった。
「…………わかった。わかったよ。ただしこれはエクサスには秘密にして欲しい話になる。それでもいいかな?」
コータさんは少しだけ悩んだ末に出した結論は継続だった。
そこにどのような葛藤があったかわからない。
エクサスさんには知られたくない話らしいので私を信用して良いのかを考えていたのでしょう。
ですが、ここで話を打ち切ればほとんど何もわからずに終わることになる。
それでは意味がないという事は彼も本意ではないという事です。
「えぇ。それは勿論。人様にベラベラと個人情報を流すような事はしませんとも」
彼の中で何かしらの折り合いができたのか体勢を変えて前屈みになった彼は言葉を口にするのだった。




