友の友は友となるか-1
僕の周りには幼い頃から女性が多かった。
姉が三人いたからだ。
女性ばかりの貴族の家に生まれた男の子である僕は大切に育てられた。
貴族としてはやはり跡取りでもある男子が生まれたというのは大きな理由だったのだと思う。
そうして騎士であり貴族である家の長男としてコータ・クォンサムは育つこととなった。
家族仲は悪くなかったと思う。
父と母と三人の姉。
僕は一番末っ子だったというのもあって意見する権利なんてなかった。
だから父はいつも圧倒的な女性陣の意見に押されていた。
それを笑って許す懐の広さが我が家の円満の秘訣だったのだと思う。
どれだけ理不尽であり理屈が通らない事でも父は母や姉の意見を飲むことが多かった。
その時に、父は苦笑しながらある言葉を言った後に頭を撫でる。
「コータにもきっとわかる時がくる」
父は世間では優秀で立派な騎士だと言われていた。
多くの部下を引き連れ、尊敬を集め、勇猛果敢である男。
そんな騎士である父は母や姉の前では形無しでどうにも情けない姿を晒すことが多かった。
数多の羨望を集める男が家庭では母達に頭が上がらないなんて誰が想像するだろうか。
僕はそんな父をどうしようなく情けなく感じてしまっていた。
僕にかける言葉も外面を取り繕うための言い訳だなんて幼心に思っていたものだった。
本当に子供だったんだから仕方ないんだけど。
◇
成長していけば自分ではどうにもならない壁にぶち当たる事が出てくる。
それは僕にとっては体格という問題だった。
僕の体は小さく顔は童顔だった。
自分ではどうにもできなかった。
当然、努力はした。
体が小さいというのはハンディキャップだという事は自覚している。
どう頑張っても体格で負けているのだ。
スタート地点からして僕は不利な状況だった。
身体の小ささを補うために身体を鍛えるだけじゃなくて効率的に動かすために思考も働かせた。
両親も姉達も文武両道だと喜んでくれた。
それが僕が抱えるコンプレックスのせいだとはわからずに。
姉は僕が何をしても「可愛い」と褒めてくれた。
それがどれだけ僕のプライドを傷付けるかを考えずに愛でてくれた。
きっと姉達は深く考えて口に出していた言葉では無いはずだ。
姉達は僕の事を愛してくれている事は間違いがない。
それを僕はわかっていた。
でも、それを僕は素直に受け取れていなかった。
そうして僕はいつしか女性という物が苦手になっていった。
別に姉が悪いというわけじゃない。
恥ずかしいけどきっと反抗期という奴だったんだと思う。
ただ、幼い頃に刷り込まれた苦手意識は中々拭える物じゃない。
考え直すと赤面物だ。
女性は誰も彼もが自分の事を侮り馬鹿にしている。
そんなのは拗らせた子供の妄想だと今ならわかる。
その思いは女性という枠を越えていつしか人間を斜に構えて見るようになっていった。
僕は中途半端に優秀だったからというのもあったと思う。
周りの同年代の皆が馬鹿に見えていた。
身体が僕よりも大きい同級生を叩きのめすことが快感だった。
そんな嫌な子供だった。
世界は誰もが考えるほど温かい物ではないけれど、全てに悲観するほど冷たい物でもない。
当時の僕はそんな単純な事もわかっていなかった。
僕を認めてくれるのは僕だけだなんてどれだけ思い上がっていた事か。
そして、そんな恥ずかしい僕の反抗期を終わらせてくれた男が居た。
それは学園に入学してすぐの長期行軍訓練のメンバーを決めようとしていた時だった。
長期行軍訓練は四人一組で行う。
メンバー選びから実習は始まっていると言っても良い。
優秀なメンバーを集めた者が優秀な成績を残す。
高名な家系の者はそれだけ優秀な人材が集まりやすく有利。
平民や下級貴族はそういった権力者に取り入るのが成功への近道。
これも単純な話。
社会の縮図だ。
「コータ!俺と組まないか!」
それなのに彼はいの一番に僕に声をかけてきた。
僕は不思議でならなかった。
僕の体は小さい。
それは侮られる原因だし、見るだけでわかるデメリットだ。
わざわざこんな僕を選ぶ必要は無いはずだ。
家柄も彼と釣り合うほど良くは無い。
僕に取り入る意味なんてものは無い。
何よりも彼は生徒の中で誰よりも良い家柄だったし、それになによりも彼の周りには常に人が居たんだから。
家名にすり寄っている者も居れば、彼の魅力に引き寄せられている者もいた。
多くの人が彼と組みたいと考えていたはずだ。
斜に構えている恥ずかしい子供に声をかける理由なんて無いはずだった。
それでも彼は僕に声をかけてきた。
「……何故?」
「ん?それはお前が凄い奴だからだ!俺は知っているぞ、お前は身体は小さいがそれを補って余りある能力がある!特に俺のようなあまり頭が良くない人間からすれば喉から手が出るほど欲しい人材だろう!」
胸を張ってそう宣言する彼の顔が憎たらしくて、それ以上に魅力的だった。
誰からも羨望を集める正しく王者。
入学して間もない時期であってもある程度の格付けはできる。
人間がある程度の人数集まればそこに平等という言葉はなくなる。
どうしたってヒエラルキーが発生する。
その頂点に立つ男。
それがエクサス・カリニオンという男だった。
こうして僕は彼と親交を持つこととなった。
彼は明朗快活な性格な少年であり、質実剛健を好む戦士であり、何よりも威風堂々とした王者であった。
そんな彼の事を羨望の眼差しで見るのは何も女子だけではない。
男子だって彼から目を逸らす事はできない。
最初は嫉妬を懐き、敵対的な態度を取る者もそのうちに気づくのだ。
彼こそが人の上に立つ人間なのだと。
そうして彼の周りには人が集まっていく。
僕はその中にあって埋もれずに彼の隣に立つことができた。
これは本当に幸運な事だったと思う。
それを感じたのは彼と格闘訓練をするようになってすぐだった。
「おぉ!コータは強いな!いや、強いというよりは上手なのだ!立ち回りが!戦い方が上手い!よく考えられてるのがわかるぞ!」
小さい体を小賢しく使う姑息な僕の戦い方。
基本的に僕よりも背の高い者に対して片足を執拗に攻める。
低い姿勢を常に保ち、機動力を奪う事に集中し、絶対に真正面から相対する事はしない僕。
貴族らしくは無い戦い方だという自覚はあった。
それでも体格に恵まれなかった僕が格闘戦で勝つにはそうするしかなかった。
僕に負けた誰もが顔を顰める。
内心で“卑怯者”と罵っているのが僕にはわかった。
正々堂々と戦えばあんなチビには負けない。
そう思っているのを感じていた。
そんな事は僕は気にしないけど良い気がするものではなかった。
でも、エクサスは違った。
真っ直ぐな瞳で僕の勝利を祝い、褒めてくれた。
小さい身体を効果的に使う上手な戦い方だと言ってくれた。
だけど、僕は自信が持てなかった。
彼が褒めてくれた上手い戦い方というのは僕が勝つために選んだだけの小狡い手段だからだ。
彼のように真正面から相手を叩き伏せるような戦い方はできない。
だから、自信に満ち溢れるエクサスが眩しかった。
エクサスは体格に恵まれていた。
大きな体、鍛え上げられた筋肉、身体から溢れ出ている自信。
僕は恨めしかった。
僕だって身体を鍛え抜いていた。
努力していたからこそ負けたくは無かった。
だから、自分よりも身体の大きい同級生に勝つ戦法を取った。
そして、事実として僕は強かったはずだった。
それでも勝てない相手は居る。
当たり前の話だ。
「君は良いね。身体が大きくて」
荒く息を吐く口から出たのはエクサスに負けた僕の負け惜しみだった。
体格さえ同じだったら負けない。
それは僕に負けた人達が考えたであろう負け惜しみと同じレベルの妄言だ。
そんな自分がとても惨めで情けなかったのを覚えている。
恵まれた者が弛まぬ努力をすれば、恵まれなかった者が弛まぬ努力をしたとしても勝てはしない。
そんなわかりきった結果だったとしても悔しかった。
勝者である彼は僕を嘲り笑うだろう。
あの時の僕は本気でそう思っていた。
なんて下らなくて卑屈な想像だろう。
だけど、彼はそんな小さい人間じゃなかった。
地面に倒れた僕を立たせた彼に手を差し伸べながらこう言ったのだ。
「紙一重だったな!それでは二本目をやろうではないか!」
「……良いのかい?僕は今回で君の動きを学んだよ。次は僕が勝つだろうね」
「それは楽しみだ!五本先取でどうだ?」
彼はニヤリと笑って言った。
そうして僕達は実技の授業の度に競い合うことになった。
徐々に僕の動きを学習していく彼にはやっぱり敵わなかったけど、それでも彼は僕の戦い方を褒めてくれた。
それが僕は嬉しかった。
今振り返ればこの時が彼のことが自分の中で特別な存在だと感じた初めての瞬間だったのかもしれない。
同年代の友人に抱く気持ちでは無い事はわかっている。
彼が僕の事を認めてくれた。
その事実にとても誇らしい気持ちを抱いてしまった。
肩を並べたいと思いながら、自分の上に立って欲しいとも思う矛盾した感情。
絶対的な敗北感と同時に感じる充足感。
あのときの僕はよくこの気持を受け入れて整理したものだと思う。
そうして僕はエクサスの隣に居る事が自然となっていった。
それを堪らなく嬉しく思っていったのは何時からだったろうか。
◇
ぼんやりと中庭で座って時間を潰していた。
特に何も考えずにリラックスする時間は必要で、その日も僕は何とはなしに弛緩した身体を放り出していた。
授業も終わり、各々が自由な時間に繰り出していた。
ある者は自らを鍛えるために校庭に向かい。
ある者は自由を満喫するために街に繰り出す。
それぞれの時間の使い方がある。
その中にあってもここまで何も考えずに過ごしている人間はそう居ないだろう。
そうして怠惰に過ごそうとしていた僕の目にある人物が映った。
長い黒髪が小さく揺れる。
ピンと背筋を伸ばして歩く姿には品がある。
女性としては少しだけ高めの背丈が渡り廊下を移動していく。
感情が見えない瞳が向かう先は恐らくは図書室。
何故なら彼女のあだ名は“図書室の魔女”なのだから。
(……リフィル・ラインズさん……か)
僕はその姿を眼で追ってしまう。
彼女について僕が知っている事は多くない。
元々、彼女はエクサスの婚約者であった。
しかし、それなりに親しくなっていたというのに彼は自分の婚約者の話になると顔を顰めて口を閉ざした。
あまり触れてほしくない話題だと言わんばかりに。
以前、少しだけ調べようとしたときも大した情報は出てこなかった。
彼女自身が目立つような事を嫌がる性分というのもあるだろう。
一番に出てくる情報はエクサスの婚約者であるという事。
それによってやっかみを受けてしまい悪い噂を流されてしまったりもしているという事。
それだけだ。
カリニオン家とラインズ家は親密な関係にある。
彼女がエクサスの婚約者であった事には何の不思議も無い。
当人たちが不仲だから婚約を解消する。
それもまた理解できる。
わからないのはその後の展開だ。
何をどうやったら婚約を解消した当人同士が親密になるのだろうか?
僕としてはそこに疑問を持ってしまう。
彼女が一体何を考えているのか。
何かを企んでいるのか、それともそうではないのか。
それが読めない。
僕は確かめなければいけない。
あの女性は僕の友であり主となるべき人物の隣に居て良い人間なのか。
リフィル・ラインズ。
彼女は人を導く善い魔女なのか。
それとも人を堕落させる悪しき魔女なのか。




