私情と事情と純情と-8
ラインズ家とクランベリー家の縁談は無事に破談となった。
元々、成立させる気が全くなかった私とサボニスさんとしては当然過ぎる結末ではある。
これをセッティングした私の母とサボニスさんの母は怒り心頭かもしれないけど。
当分は母の顔を見ればそそくさと立ち去る生活が続きそうだ。
予想通りの不成立であったが予想外の事もあった。
それは私が縁談を行っていた事が私の友人知人達の多くに知られていた事だ。
私はそんなに多くの人に話をした覚えはないというのにだ。
私の身の上の事など誰が興味を持つのだろうと思うことだが、どうやら心配をしてくれていたようだった。
「そうかそうか!話は上手く纏まらなかったのか!なるほどなるほど!」
そう大声で言いながら笑顔を浮かべるのはエクサスさん。
知らせた覚えは無いというのに知られていた人物の一人だ。
「なにが“なるほど”なのですか。人の縁談が失敗したというのは笑うような事ではないですよ」
授業が終わり。
いつも通りに図書室で読書をし終えた私は家に帰ろうとした。
そして、ちょうど同じく帰宅するタイミングだったエクサスさんとバッタリ顔を合わせてしまう。
そうなれば紳士な彼は私を放っておくわけもなく家まで送ってくれるという。
少しだけ日が傾きかけてくる時間。
後少しすれば夕日が街を茜色に染め上げるだろう。
そんな道を二人で歩く。
今までも何度かあった出来事。
そこで出てきた話題は先日行われ、即日に無しになった私の縁談の話だった。
「すまんすまん!いやぁそうかそうか。無しになってしまったか。残念だったな!」
「全く残念そうじゃありませんね」
人の不幸を笑うのは良くない事だろうに哄笑する彼を半目で睨む。
とは言え、この破談は私にとって別に不幸でもなんでも無いので笑われても問題はないのであるけど。
「そう言うな。相手方の噂もあまり良くなかったのでな。少し心配していたのだ。そう、少し!少しだけな!」
「はぁ……それはありがとうございます」
どうやらエクサスさんは相手の事も知っているようだった。
カリニオンとクランベリーは名家中の名家なのだからお互いに親交があってもおかしくはない。
どうせ知られてしまうなら彼に最初に話を聞けば良かったなと思った。
そうすればサボニスさんの人となりがもう少し理解できたのかもしれない。
「それにしても相手のことまで知られているとは……」
一体どこから情報が回っていったのかと思うが、よく考えれば私はレイラーニさんに話をしたのだからそこから伝わったのでしょう。
レイラーニさんからイルドさん、そしてエクサスさんという流れだろう。
エクサスさんに情報を漏らしたであろうイルドさんへの報復を考えなければいけませんね。
個人情報の取扱には注意が必要だというのに。
レイラーニさん?
彼女は何も悪くないので報復などありえません。
「クランベリーの次期当主は俺も少しだけ話したことはあるが何というか……その……軽い感じだったからな。なんというか……派手に遊んでいるという話もあったようだし……お前には合わないと思うんだ。うむ、ああいうのはお前には合わん」
「でも、噂とは違って面白い人でしたよ。軽薄なのは間違いがありませんけど。ふふっ……ほんと噂なんてものは当てにならないものですね。意外と私と相性が良いかもとか少し思いましたよ」
「なっ!なんだと!」
なにやら微妙に挙動不審のエクサスさんを伴にして家路をゆく。
そうして我が家の近くまで来た時、門の前に一組の男女が居るのが見えた。
彼らはまさしくラインズ家を訪ねようとしている所だったようだが、遠目に見えた私達を見てこちらへと向かってくる。
そしてニヤリと笑いながら私に声をかけてきたのだ。
「よう!二日ぶりだな魔女殿!」
私の眼の前で不躾に笑うのはサボニス・クランベリーさん。
二日前に私がこっ酷くフッた事になっている人だった。
クランベリー家とラインズ家がお見合いを行った事は社交界で話題になるだろう。
そして、結果として私が女癖が悪いサボニスさんを一刀両断したという顛末になる事で二人の間で調整済みであった。
まだ世間には知られていないが、そのうち広まってしまう事になるだろう。
「なにが魔女殿ですか。全くどこからどういう噂を仕入れているのか本当に一度洗い浚い教えていただきたいですね」
「ハハハハッ!情報源は言えねぇなぁ!信用問題ってやつに関わるからな!」
数日前に会ったときよりも表情が明るい。
そして、その隣にメイド服を着た女性がいるのだからなぜ私に会いに来たかというのもわかるというもの。
あの日、私に話していた心から愛する女性。
その人とどうなったかを伝えに来たのだろう。
そして、彼の顔からして悪くはない結末になったことは容易に想像ができる。
だが、彼は私を放おっておいて別の人物で遊び始めるのだった。
「サボニス・クランベリー殿。お久しぶりです」
「ん?おぉ!エクサス君じゃねぇか!!ブワハハッ!魔女にこっ酷くフラれた大貴族が二人揃ったぞ!これは中々見れない並びだな!」
「んなっ!わ、私は別にフラれたわけではっ!」
「隠すな隠すな!俺もつい先日に思いっきりフラれたんだぜ。俺たちは同じ女にフラれた仲間だな!カリニオンの貴公子もクランベリーの道化師も魔女殿の前じゃ形無しだったな!」
「ちょっ!肩を組まないで頂きたい!」
「魔女殿に撃墜された仲だろぉ~邪険にするなよぉ~仲良くしようぜフラれ男同士な!」
私の隣に居たエクサスさんのほうが良い玩具になると判断したのかヌルリと隣に移動したかと思えばうざ絡みを始めるサボニスさん。
生真面目なエクサスさんは対処が難しいのか防戦一方だ。
相性が悪いのもあるし、対人関係においてはサボニスさんのほうが一枚もニ枚も上手という事だろう。
眼の前で行われる謎の状況。
理解不能なこの場を収めるために動いた人が居た。
「サボニス様。お戯れはそこまでに」
そう言いながら片耳をつまんで引っ張りサボニスさんをエクサスさんから引き離すのは彼が連れてきていたメイド服の女性だ。
どう考えてもこの人がサボニスさんの想い人なのだろう。
少しだけサボニスさんより歳上と聞いていたが、確かにその姿は恋人というよりも悪戯好きな弟を叱る姉のようだった。
遠慮なく彼を叱れる関係性。
それが彼には心地よいものだったのかもしれない。
「痛い痛い!待って待って!耳が裂ける!」
「全く……礼を言いたいというから来たというのに迷惑をかけてどうするのです」
「迷惑なんかじゃねぇよなぁエクサス君。これは魔女殿に傷付けられた者同士の慰め合いってやつだ。そうだろ?」
「全っ然っ違います!」
荒く息を付いてサボニスさんの魔の手から逃れて距離を取るエクサスさん。
中々こういう態度を取る人間はエクサスさんの近くに居なかったのだろうと思われる。
それはそうだろうな。
エクサスさんにここまで気安い態度を取る人間は早々居ないだろう。
「はぁ……それで。本当に今日はどうしたのですか?私に用があるようですが」
エクサスさんを弄り続けようとしているサボニスさん。
このままでは話が進まない。
私が進めなければいけない。
何なんだこの状況は。
「改めて礼をな。あと、結果の報告もだ」
「あなたの幸せそうな顔を見ればわかりますけどね」
「あぁそうだ。俺はこの女と一緒になる」
サボニスさんはお付きのメイドを抱き寄せてそう私に告げた。
私は彼が強引になるべきだと、覚悟を決めるべきだと伝えた。
そうして彼は即日に行動をしたのだろう。
即断即決。
驚くほど早い行動。
それだけ切羽詰まっていたという事かもしれませんね。
「おめでとうございます」
「おう!おめでたいだろう!祝ってくれ!っ痛ぇ!足を踏むな!俺は次期当主で次期夫だぞ!」
強かにサボニスさんの足を踏みつけるメイドさん。
これは公的な立場はともかくプライベートの力関係は推して知るべしという事か。
澄まし顔でこちらへと身体を向けた彼女がとても綺麗な所作で私に頭を下げる。
その姿からは流石は大貴族の次期当主、そのお付きのメイドだという風格を感じ取る事ができた。
「申し訳ありませんリフィル様。この度は我が主が本当にご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、これからあなたが苦労するであろう事柄を考えれば私は余計な事をしてしまったかもしれません」
「ご心配して頂き痛み入ります。でも、良いのです。サボニス様が覚悟を決めたのであれば、私は今まで通りに付いていくだけですので」
彼女が微笑む。
その顔はとても幸せそうで眩しかった。
同性の私も見惚れてしまう満面の笑み。
その笑顔を向けられるサボニスさんがまるで少年のように照れて笑う。
そこに居たのはクランベリーの次期当主とお付きのメイドではなく、お互いを想い合う二人の男女だった。
(全く、呆れるほどに幸せそうです。少しだけ羨ましくなってしまいます)
これから訪れるであろう苦難や苦労。
それらをわかっていたとしても二人で立ち向かうと決めた。
その姿に心からの激励を送ろう。
「本当に……本当におめでとうございます」
「まぁ……よくわからんがおめでたい事なの……か?」
「そうですね。とても。とても喜ばしい事です」
一体何が起こっているのか把握しきれていないエクサスさんが頭にハテナを浮かべながらも祝福を口にする。
そうして気を抜いた一瞬にサボニスさんがエクサスさんとの距離を詰めて再度肩を組み何やら小さな声で囁いた。
私には聞こえないように。
「エクサス君。俺が魔女殿から授かった大切な事を教えてやる」
「……大切な事?」
「そうだ。俺もお前も似たような立場のはずだ。だから通ずる物があるかもしれん。特別サービスだ」
小さく潜めたその声を私は聞くことができない
半目で睨むが口元を隠す徹底ぶり。
一体何を話しているのやら。
「魔女殿のような気難しい女はちょっと強引に行った方が良い」
「ご、強引っ?なっ!ちょっ!」
チラチラとこちらに向ける視線が気になって仕方がありません。
何やら私の事について話していた気がしますが内容がわかりません。
サボニスさんが絡んでいるのだからイヤらしい事かもしれませんね。
男同士で密談などするのですから、どうせそういう事でしょう。
エクサスさんも男の子ですが、サボニスさんのようにはならないで欲しいものです。
そうして何やら慌てふためくエクサスさんを解放したサボニスさんが笑う。
「ハハハッ!世話になったなリフィル・ラインズ!この借りは何らかの形で返す!それを言いに来ただけだ!」
本当にそれを言いに来ただけなのだろう。
何ともフットワークが軽いことだ。
これから色々と大変だろうから、時間が取れなくなる前に挨拶に来たという所だろうか。
それにしても大貴族とは思えない腰の軽さだ。
この人を制御しなければならない奥方の苦労が想像できるというものです。
「楽しみにお待ちしていますよ。その時はまた愉快な惚気話を聞かせてくれると嬉しいですね」
「任せろ任せろ!胸焼けするほど話してやるよ!」
「ちょっ!なんですかそれは!サボニス様!そんな事は聞いていませんよ!」
茨の道を選んだ彼らに祝福を。
訪れるであろう苦難も、付いてしまうであろう傷も、全てが幸せと変わるように。
私達の少しだけ先を歩いている彼らの背中を羨望の眼差しで見つめ続けることができますようにと祈るのでした。
強引さも時には必要。
思った以上に長くなってしまいました。
もう少しコンパクトに纏まると思ったんだけどな。
不思議です。
拙作ではありますが評価してくれた方、ブクマしてくれた方、いいねしてくれた方、励みになっています。
自分で思う以上に話数が多くなってきましたが今も読み続けてくれている方、新しく読み始めてくれた方、本当にありがとうございます。
誤字脱字の指摘してくれた方、大変助かります。
マイペースに書いてるので不定期更新ではありますが気長にお待ちいただけると幸いです。




