私情と事情と純情と-6
愛する人がいるから縁談を成立させるわけにはいかない。
その予想外の言葉に私は目を丸くしてしまった。
私が聞く限りのサボニス・クランベリーという男性像からはかけ離れた言葉だからだ。
「私が事前に耳に入れた情報ではあなたは中々に女遊びをしていると噂になっていましたが、それは真実では無いという事ですか?」
「ん~……難しい所だなそりゃ。女遊びを全くしてなかったかって言えばそういう訳じゃねぇ。随分と昔の話だけどな。でも、今もそう言われるのは心外だぜ」
「昔はしてた事は否定しないのですね」
火のないところに煙は立たない。
サボニスさんにはそういう噂を立てられるだけの理由がある。
そして彼自身にも自覚があったという。
女としては軽蔑の視線を向けてしまっても仕方がない事だろう。
「そりゃぁな。俺も男だ。火遊びが好きな時代もあった事は否定しねぇよ。だけど、もうそういうのは終わってんだ。ここ数年は俺は女遊びなんて一切してねぇ。神に誓ってな」
誰にでも後ろ暗い過去はある。
子供の頃の火遊びと女遊びを同列に語られたくは無いが今は違うと彼は言う。
その態度からは真実しか感じ取ることはできず彼が嘘をついているようには全くもって見えない。
それこそ、敬虔な信徒のような真剣さがそこにはあった。
「ここ最近もお付きのメイドに手を出しているとか聞きましたが?」
「ハハハッ!それは間違いじゃないな!」
「神に誓ったのは何だったのですか?虚言を弄するならば話は終わりです」
真剣だと思わせておいてそうではなかったらしい。
なんだこの人は。
真実だと思えば虚言、戯言と思えば本気。
全くもって掴みどころがなくて翻弄されてしまう。
恐らく彼は私を翻弄する気など微塵もないだろうにどうにもペースが乱される。
本当にもう席を立ったほうが良いように感じてしまった私の気配を敏感に感じ取ったのか彼が焦ったようにストップをかけた。
「待て待て早まるな。俺は何も神の誓いに背いてねぇよ」
女遊びはしていない。
だけどメイドには手を出している。
そして神の誓いに背いてはいない。
これが成立させる結論は一つしか無い。
「そのお付きのメイド。彼女こそ俺の最愛の人なのだから」
少しだけ照れながら彼が真剣な胸の内を明かすのだった。
「俺よりもちょい歳上の人でな。小さい頃から見守ってくれてるまぁなんつーか姉っつーか、そういう感じの人だったんだけどよ。今にして思えば女遊びしてたのだって彼女がちょっと嫉妬してくれたりしねぇかなぁとか……そう思ってたのかもしれねぇ」
頭を軽く搔きながらそっぽを向いて語る彼の顔は確実に先程までよりも赤みを帯びており、それこそが今まで靄がかかって見えていなかったサボニス・クランベリーという男の人の本当の顔なのだと思えた。
「俺もいい歳になって、チラホラと縁談の話が出てきた時に思った。このままじゃ彼女は振り向いてくれないまま流されるままに俺は結婚しちまう。それは絶対に嫌だった。俺の心は幼い頃に彼女に奪われたままだったんだからな」
それは身近な歳上の女性への憧憬だったのかもしれない。
それを大人になっても変わらず持ち続けたのであればそれは純愛だろう。
「だから俺は彼女に思いを打ち明けた。俺の胸の内をぶつけて、彼女も受け入れてくれた……受け入れてくれたけどよ、よく考えりゃわかる事だが、そりゃ俺がクランベリーだからかもしれねぇ」
「……まぁそうですね。雇い主のご子息。紛うことなき大貴族です。断れる立場になかったから受け入れた……そう考える事もできます」
どうしても立場という物はある。
サボニスさんが純粋な愛から彼女を求めたとしてもそこに付随する要素を抜きに考える事はできない。
彼は次期当主で彼女はメイドなのだから。
「だから俺は絶対に彼女と結婚すると心に決めた。家だなんだは関係が無ぇ。俺が愛しているのは彼女だけだってのを証明するためにな」
力強く拳を握って語る彼の姿。
それは一途で純情な男のそれだった。
先程までの軽薄な姿を忘れてしまうほどに彼の思いは真っ直ぐだった。
「だけど俺が真剣な話をしようとすると彼女は俺の想いを有耶無耶にしちまう。何を遊びに本気になっているんだってな。そんな事は無いと言っても寂しそうに笑うだけだった……」
先程までの力強い彼とは一変して彼は肩を落とした。
「そのウチお袋が色々な女との話を持ってくるようになったわけよ。俺は受ける気は無いと何度も突っぱねたけどお袋も納得をしねぇ」
今の私の状況にも通じるものがあるが、どうしたって親というのは子供結婚相手を心配してしまうものだ。
よりよい相手、相応しい相手が現れることを願ってしまう。
当人がどう言おうとも、それはあくまで子供の言う事と考えてしまうのでしょう。
「そうして俺が縁談を断り続けている内にお袋の我慢が限界に達した」
縁談から逃げ続ける息子。
理由はわからないが身を落ち着けようとしない放蕩息子をどうすれば良いと考えたか。
それは今この場に繋がる話だった。
「正式に縁談を組んで逃げられないようにする。温い口約束みたいな物じゃない。ウチと同等な正式な契約を結ぶための縁談相手を探し始めた。クランベリーと同等の家と話がまとまっちまえば流石に俺も逃げる事はできねぇ。これでも一応は次期当主だからな。他家まで巻き込んじまったら我を通すのは難しくなる」
今まで彼が逃げ続けられたのはあくまで内々の話だったからだ。
だけど、正式な契約となれば話は違う。
それはサボニスさん当人の話だけではなくクランベリー家の話となる。
そうなれば彼は逃げる事ができなくなる。
当主になる人間というのはそういう人だからだ。
「お袋はお見合いさえすれば話を進めれると考えている。普通に考えればウチとの縁談を断るなんていうのは考えられねぇ。政略結婚的に考えればどの家だろうがかなり旨味のある話のはずだからだ」
「それはそうでしょうね」
若い内は次期当主という立場だからこそ遊んでこれた。
だけど、今は次期当主だからこそ家の事を考えなければならない。
そういう立場になってしまったと彼は自嘲気味に笑った。
「ウチと同等の契約を結ぶってことは相手側の家も相当に大きな家になる。不義理をすればどうしたって相手の顔に泥を塗る事になるわけで、それはクランベリーの家としたって不味い」
母親が世話を焼いて冗談交じりに持ってくるような物とは違う。
正式に、家と家の話として持ってくる。
かなりサボニスさんは追い詰められていた事だろう。
そんな彼へと天啓を授けた人が居た。
「そうして頭を悩ませていた時にリバイス卿にあんたの話を聞いたんだよ」
「そこで彼が登場するのですね……」
リバイス卿は新規事業のために有力貴族の間を駆け回っていると聞いた。
当然、カリニオンの家にも顔を出していたし、私の家に足を運んできた事もあった。
幸せそうなリバイス卿とアリシアさんの姿は色恋から遠い私でも羨望の眼差しで見てしまうものだった。
「話を聞けば聞くほどあんたに縁談を持ち込むべきだと確信した。だから、お袋が相手を決める前に俺から指名させてもらったわけだ。それは正解だったな」
普通に考えれば困難極まりない条件だ。
縁談を持ちかけておいて、持ちかけた方から破談にする。
そのような無法を働いたとしても許してくれるだろう国内でも有数の力を持つ家。
そんな都合のいい存在が彼の目の前に現れたわけだった。
「クランベリーと張り合えるだけの家柄を持ち、縁談を成立させる気がない相手ですか。自分で言うのもなんですけど私以外には居なかったかもしれませんね」
「俺は時間がほしかった。一時凌ぎにしかならないかもしれないけど考える時間が欲しかった。そのためには一度だけでもお袋の言う通りに縁談を進めるしかなかったわけよ。絶対に成立しない縁談をな」
八方塞がりだった彼に私の存在を教えたリバイス卿はまさしく救いの神だったことだろう。
どのように紹介されたかはとても気になってしまうが。
「こうして話してみてもわかった。この話が破談になったとしてもあんたには傷一つ付かないだろうってな」
「そんな訳がないでしょう。私はただでさえカリニオン家との事で色々と噂をされて傷付いているのですよ」
「嘘をつくな嘘を」
手をひらひらと振りながら軽薄に笑うサボニスさん。
全くもって心外なコメントだ。
私の諸々は既に傷だらけだというのに。
不満そうな私に対して彼がニヤリと笑って付けくわえた。
「俺をこっ酷くフッた事にしてくれて良いぜ。あんたなら泊が付くだけだろう。悪名は無名に勝る。カリニオンの貴公子を袖にするような女傑がクランベリーの道化師を返り討ちにしたってな!そのほうがあんたにも都合が良いんじゃないか?」
「女傑になどなった覚えはありません」
「だけど、間違ってはいないだろう?」
彼が言うのは確かに正解だ。
フラれたよりかはフッたほうが幾分か私に利がある。
私にはカリニオン家の次期当主との婚約を解消した事実があり、さらにクランベリーの次期当主を拒絶すれば当分は私に対してアプローチをするような男性は減るだろう事は想像に難くない。
普通に考えて、頭のおかしい女と思われてしまうような暴挙の連続だ。
それはこれから来るかもしれない面倒な事柄を避けるための布石になるのは否定ができない。
それでも言っておかなければいけない事もある。
「正誤と快不快は全く別物です。私はか弱い女性なんですから、そこを間違えないように」
「はいはい。わかりましたよお嬢様」
ニヤニヤと笑いながら私に大仰に頭を下げる彼の姿からは真摯な物は何一つ感じることはできない。
先程、愛する女性の話をしていたときとは真逆すぎる態度だ。
だが、これで今日の私の問題は片付いたと言える。
縁談は不成立。
後はここで時間を潰してお別れするだけ。
しかし、そう思っていたのは私だけだったようだ。
「さて、一番大きな問題は片付いたわけだが、これで解散なんてした日にゃ何を言われるかわかったもんじゃない。少しは時間を潰さなきゃならん」
「そうですね。形だけでもお見合いをしっかりと行った事にしなければ私も母からお説教です」
「だから、この時間を利用して俺の相談に乗って欲しい。これが最初に言った俺の話を聞いて欲しいって事だ」
「相談?これ以上なにかあるのですか?」
「あぁ、ある。むしろ俺としてはこちらのほうが重要だ」
「どちらにせよ。私が聞く必要はないのでは?」
そう言う私を面白そうに笑って彼は見る。
その表情は私を馬鹿にしているわけではないが面白そうに見ているのは間違いが無い。
何が面白いというのか。
「俺はリバイス卿から話を聞いた後にあんたについて少しだが調査をさせてもらった」
「はぁ……私を調査ですか?」
「縁談を申し込もうって相手だから調べるのは当然だろう?まぁその中で色々と面白い情報も拾うことができた」
「……面白い情報ですか。私にはあまり面白くなさそうな話ですけど」
「クククッ。あんた、色んな奴の相談事を解決して回ってんだろ?リバイス卿もそれで世話になったって言ってたしな」
私は眼の前のテーブルに額をゴンと落としてしまう。
学園だけならまだしももしかして外にもその異名が広がっていってしまっている?
嘘でしょ?
頭を抱えてしまう事実がまさかこんな所で聞かされるとは思っていなかった。
「だったら俺の話を聞いてくれても良いだろう?それとも時間が過ぎるまで無言で過ごすか?そんな無駄な時間はあんたも面白くないだろう?」
「味気ないのはあなたの言うとおりです」
「それにだな。あんたは結構なお人好しだ。俺が勝手に話したとしても無視はしねぇ。そういう人だ」
「……はぁ……まぁそうですね。確かに私はお人好しなのかもしれません。最近そう思う事が多い気がしますよ」
確かに私はこれから少しの間は彼と一緒にこの場を動かずに時間を潰さなければならない。
一応は今は縁談の最中なのだから。
この人はその時間と私の性根を利用して自分の悩みを解決しようとしているわけだ。
「ハハハッ!俺はクランベリーだからな。人を見る目には自信があるんだ!あんたは間違いなく良い人だよ」
「あなたから見ればわたしみたいな小娘はわかりやすいのでしょうね」
「拗ねるな拗ねるな。俺はあんたくらいにしか相談するような相手が居ないんだからな」
双方にとって不本意な縁談の着地点を決める。
それ以上に重要な事柄。
それはまさしく彼にとってはもっとも大事な問題。
「単刀直入に聞く。どうしたら彼女は俺の愛を信じてくれると思う?」
そんな事を私に聞かれてもと言う難題であった。




