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私情と事情と純情と-5

 俺の話を聞いてくれ。

 眼の前のサボニスさんはそう言った。

 その姿からは真剣さしか伝わってこず、そこに何の含みもないような態度だった。

 勿論、彼が演技をしているという可能性は多分にある。

 言葉だけではなく表情や仕草すら武器にするのが外交の世界。

 そこに一家言あるであろう彼の言動は全てを疑ったとしても仕方がないだろう。

 しかし、話を聞かずに判断する必要もない。


 さらに言えば、私は既に興味を持ってしまっていた。

 自分で持ちかけた縁談を自分から反故にするような事をなぜ眼の前の男性はしたのか。

 そして、これだけは聞かずにはいれない事が一つだけあった。

 

「あなたは先程“話に聞いていた通り”だと言いました。また、私に話をするようにと言った友人が居るとも。あなたの話を聞く前にその情報源が気になります」

「そう怖い顔をしないでくれよ。可愛い顔が台無しだぜ」

「……それが本来のあなたの立ち振舞という事なのですか?」

「まぁそういう事。肩肘張った態度は好きじゃなくてね。素の俺で話をさせてもらう。それが俺が示せる誠意だ」

「誠意ですか、そうは見えませんけど……」


 私は思わず半目で睨んでしまう。

 あまり軽薄な人は好きではない。

 個人的にはやはりもっとこう真面目というか……いや、私の好みは全く関係が無いだろう。

 さらい言えばこの軽薄さが何かの罠にも思えてしまってどうにも飲み込めない。

 私に罠を張る必要など無いのだから考え過ぎなのだろうけど。


「はっきり言って俺はあんたに不義理を働いている。しかし、俺の話を聞いて欲しい。だからご機嫌を取らなきゃならん。どう考えてもあんたのほうが立場が上だろう?」

「そう思っている人はそんな言葉は口にしないものです」

「いやいや、これは友人から聞いたあんたの好みを考えた結果さ。回りくどい事は嫌いなんだろ?」


 その言葉に私は眉尻を上げる。

 回りくどい事が嫌い。

 確かに私のことを知っている人からしか出ないであろう言葉だ。

 私は交友関係が決して広くないので私の好みを知っている人など限られている。

 それを会ったこともない目の前の彼は多少なりとも把握しているのだ。


 初対面の相手に見透かされたような事を言われるのは思っているよりも気分が良くないものだった。

 自然、私の視線も鋭くなってしまう。

 だけど、そんなものを気にするような相手ではない。

 

「おぉっとそう睨まないでくれ。別に隠す気もねぇよ」

「では、どこから私の話を聞いたのですか?」


 戯けたような仕草で私の視線を怖がるふりをする彼からは先程一時だけみせた真剣さが消え失せたように見える。

 だけど彼の本来の姿がこれならば今も至って真剣なのかもしれない。

 

 それに先程、彼が語った内容は間違ってはいない。

 彼は私に誠意を示す必要がある。

 どういった話をされるかはわからないがそれを私が真剣に聞くように、彼に好感を持つように仕向けなければならない。

 私の質問に素直に答えるという事はその第一歩なのだから。

 

「英雄リバイス・テクスジェア卿さ。正確には彼とその奥方からとなるかな。あんたとも親交があるんだろう?」

「あぁ……合点が行きました。確かにあの方たちはクランベリーとのツテが出来たと仰ってた気がします」

「元々はリバイス卿の他国への遠征についての支援をクランベリーが請け負うはずだった。だけど電撃引退をしただろう。あれには驚いたぜ」


 それは少し前の事。

 この国の英雄とも言える実績を持つ冒険者であるリバイス卿が突然に引退を表明した。

 一人の英雄の終わりを感じさせるその出来事は多方面へと波及した。

 しかし、嘆き悲しむ必要は無く彼は今では夫婦で足並みを揃えて冒険者を育成、支援する新規事業を立ち上げていた。

 余談だが、彼が引退の理由を「本当に欲しい宝は隣にあった」と言ってアリシアさんにプロポーズしたという逸話に数多の御婦人が熱を上げたらしい。

 実際は憔悴しきった姿で私の家に訪問してたりしていたわけで、決して格好良くはなかったのだけど。


「新しい事業にクランベリーも一枚噛ませてもらう事になって何度か家に招いた時に仲良くなってな。その中であんたの話も出てきたのさ。あの引退劇の立役者なんだろう?」


 英雄が夢と愛を天秤にかけて愛を取った。

 その顛末に私とエクサスさんは大きく関わる事となった。

 むしろ、私が引き金を引いたと言っても良い。

 偶然にも良い感じに話が纏まったけど個人的に色々と反省するべき所があった出来事。

  

 どうやらサボニスさんはリバイス卿と新規事業の話をする内に親しくなり、その話を彼から聞かされたようだった。

 果たしてどのように私の事を口にしたのか。

 悪くは言っていないようだが、なんとも不安を煽られる情報源だ。

 

「あの方達の言うことは話半分に聞いてください。かなり大げさに語っているでしょうからね」

「半分にしたとしてもあの人達の幸せそうな顔を考えれば十分な貢献をしたんだろう?それに学園じゃ魔女って呼ばれてんだろ?ハハハッ!すげぇな魔女って!」

「うるさい人ですね……本当に私の機嫌を取る気があるのですか?」

「悪ぃ悪ぃ。真面目な雰囲気は嫌いなんだよ。どうにも茶化したくなるのは俺の悪い癖だな」


 全く貴族らしくないその姿に私の振る舞いもぞんざいになっていってしまう。

 恐らくは改める気がないであろうその態度だがどこか憎めない。

 私の放言も全く気に留めることもないその姿からは器の大きさを感じさせるものもある。

 これがクランベリーの次期当主。

 どうにも彼のペースに乗せられている気がしてならない。

 彼が言うには私の立場の方が強いはずだが、全くそう思えない。

 やりづらい相手です。


「はぁ……それで、リバイス卿は何と言っていたのですか?」

「単純は話だぜ。なにか悩みがあれば相談してみれば良い、そう言われたんだ」


 面白そうに笑いながら彼は言葉を続ける。


「最初は軽く受け取った。いくらリバイス卿の悩みを解決した事があるって言っても何でも解決できる魔法使いな訳がねぇ。俺の問題まで華麗に解決してくれるなんて考えるのは無理がある。あんたが本当の魔女でも無い限りな。そうだろう?」

「そのとおりです。ですが、そう思うのであればあなたはこの縁談を仕掛けて来ない」


 口ではそう言いながらもわざわざ私に縁談の話を持ってきた。

 そもそも話を聞きたいだけならこんな回りくどい事をする必要は無いはずなのだ。


「ダメ元って感じだったけどな。まぁ都合の良い相手を探してたってのもある。お袋がいい加減ブチ切れそうだったんでな」


 全く悪びれもせずに言うサボニスさん。

 

「誰かと縁談をしないと家の雰囲気が悪くて仕方ねぇ。だから縁談を持ちかけて、すぐに断っても良い相手を探してたんだ」

「それが私ですか?」

「あぁそうだ。カリニオンの貴公子すらお眼鏡に敵わなかったんだ。俺なんか相手にされなくてもおかしくないだろ?」

「巫山戯たことを言っている自覚はありますか?私の機嫌はまた傾きましたよ」

 

 その言葉を私は鼻で笑ってしまう。

 クランベリー家からの縁談なんて私以外の娘が聞いたら泣いて喜んでもおかしくない。

 そして、それが断ることを前提に仕掛けられたとなったらどれだけ失礼な話だろうか。


 ティーカップを持ち上げて温くなってしまったお茶を一口含む。

 私だから問題がなかったが私以外なら大問題だ。

 ジト目で睨むも効果が薄い。

 私のほうが立場が上などよくこの様子で言えたものです。 

  

「そう機嫌を損ねないでくれよ。そっちも最初から断るつもりだったんだからそこはおあいこだろ?」

「そうだとしても面と向かって言われるのは愉快な物ではありませんね。あなたはこう言っているのですよ。この女なら傷つけても良いだろうと。理由もわからなければ尚更です」


 クランベリーほどの名家が持ちかけた縁談が成立しなかったとなれば何かしらの理由があると誰もが思う。

 そして、その理由が家の事情に無いとなれば当人たちの資質に問題があったとなる。

 

 今回の場合、問題があるのはどちらだろうと噂されるだろうか?

 間違いなく私に非があるとなるだろう。

 サボニスさんの評判も決して良いものではないが貴族の男性がある程度火遊びをするのはよくある事。

 対して私にはカリニオン家との婚約を解消しているという信じられないような前科があるのだから当然だ。

  

「オーケーオーケー。説明させて貰いますよお嬢様。それが俺の聞いて欲しい話にも繋がるからな」


 何を言おうと軽薄な態度が崩れることは無い。

 この人は本当に私に何かを頼む気があるのだろうかと疑ってしまうくらいだ。


「そもそも何故、この縁談を持ちかけたかと言うと。さっきも言ったが両親からの圧力があまりに強すぎて逃げられなくなったからだ」

「それはわかります。というか私も全く同じですから。誰とも付き合う気など今は無いというのに相手を探せと言われても困るのですよね」

「ハハハッ!そうかそうか!どこの家も同じだな!」


 私の言葉に彼は笑って同意した。

 歳頃になって決まった相手がいなければどこの親も同じ行動を取るようだ。

 サボニスさんは私よりも幾分か歳上だし、何よりも次期当主という立場もあるのだから、そのプレッシャーは私よりも強かった事だろう。

 

「だけど、そっちと俺との明確な違いが一つある」

 

 そして、その笑いをすぐに引っ込めて今までに無い真剣な顔をして私に告げた。

 

「俺には愛する人がいる。伴侶にするにはその女性以外は考えられないほどに愛している人がいる」


 それが縁談を成立させることができない理由だと彼は言い切ったのだった。


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